第6話:蠢く陰謀 / Die wirbelnde Verschwörung
「___失礼。今、なんと仰ったかな」
首都リヒターハーフェン。
軍務局局舎ビル、アイゼンベルク最上階のワンフロア。
ヘルベルトは訪ねて来た人物の発言に、そう言葉を返した。
「ではもう一度言いましょう、ヴァルクライネ伯爵。アレを引き渡して頂きたい」
ダークオークの壁材を背に、来客用の黒のベルベットに深く腰掛ける礼装の男性は、ヘルベルトに対してそう答えた。
彼の片目を覆うバイザーのような機械が、オフィスへ差し込む首都の光を、鈍く反射する。
嵌め込まれたレンズの奥に湛える暗闇が、ヘルベルトをじっとりと捉えていた。
「はて、どちらのことか。アレとだけ仰られても、僕にはいったい何のことか……」
「このアイゼンベルクの地下5階で貴殿らが管理している怪物……モンストラムの死骸を、私の技術局へ引き渡して頂きたいのです」
モンストラムという言葉が出て来たことで、いよいよヘルベルトの表情からはいつもの穏やかさは消え失せた。
車椅子の背もたれから体を前へ浮かし、その人物を凝視する。
「ドレスタイン伯爵。それについては一連の事件の片付くまで、僕の管理下に置くと議会は結論を出したはずです」
「ええ。ですが、これは公爵陛下からの勅令です」
「我々の耳には入っていない」
ヘルベルトの後ろで、控えるように立っていたヘレーネがそう言った。
彼女の言う通り、ヴァルツァー公爵から直接、あるいは元老院からは、そのような令達は軍務局へ届いていない。
「必要なら書状をお持ちするが?」
「いえ、結構」
ヘルベルトは即座に断った。
確認したところで、どうせ本物に違いない。
「何故今更、そちらへ移管の必要がある」
「陛下のご判断に異存があると、中将殿」
「そうだ」
臆する事なくはっきりと答えるヘレーネ。
ドレスタイン伯爵と呼ばれたその男性は、少し息を漏らして立ち上がると、長いコートの裾を揺らして窓際へと向かった。
眼下には、荒天にさらされるリヒターハーフェンの夜が広がっている。
「先日、新たな個体が現れ、港湾区で再び事件が起きましたが……」
「今はまだ、状況からの推測に過ぎませんよ。誰も、モンストラムの姿を見ていないからね」
「ですが、警務局はその線で捜査を進めているのでしょう?ただ、件の怪物に対しては警務局の分析にも限界がある。まして軍務の地下で放置したところでどのような進展があると言うのか」
吹き荒ぶ雨が窓ガラスにぶつかって砕け、流れ落ちていく。
窓辺から見えるホログラムは、暴風のせいかノイズを伴って歪に揺れていた。
「我らの美しき公国に忍び寄る喫緊の脅威について、その正体を早急に解明すべく、技術研究局で専用のチームを用意するようにと、陛下から仰せつかりました」
「あんなものの正体を暴いたところで、何になると言う」
ヘレーネが食い下がる。
「無論、より効果的な兵装、戦術……必要とあらば魔導アーマーの強化や増産のご提案が可能です」
「莫迦げた事を抜かすものじゃないぞ。魔導アーマーの強化も増産も、これ以上は大陸協定に抵触する」
「非殺傷兵器としての範囲で、でしょう?___話が逸れました、私が言いたいのは……いえ、ヴァルツァー公爵のご判断の根底にあるのは、国民を前例のない脅威から守るため、そして、対応に当たる警務官や軍務士官のリスクを最小限にすべきであるという思いです」
もっともらしい言い分だ、それ故に怪しさを拭えないが、公爵の権力をちらつかせられては無理に追い返すような事もできない。
「いいでしょう。公爵殿のご命令ならば、こちらにそれを拒否する事はできない」
「ヘルベルト……」
「構わないよ、ヘレーネ叔母さん。いずれにせよ、持て余していたのは事実だ。技術局のほうで役立ててもらえるなら、それに越した事はないさ」
ヘルベルトはドレスタイン伯爵を見やる。
「輸送はこちらで手配しましょう。よろしいかな、伯爵」
「ええ。助かります」
頷くと、彼はコートを翻して出口のほうへ向かった。
オートマチックのドアが開く、彼はオフィスの外へ足を踏み出すと、肩越しに振り返ってこう言った。
「お忘れなきよう。身を置く派閥や抱える組織が違えど、我々は、公国を守る使命を共にしているということを」
ドレスタイン伯爵の姿がドアの向こうに消える。
静寂の訪れた長官室、口を開いたのはヘレーネだった。
「腹に据えかねるな。あの男には必ず裏がある」
「同感だね、どうにも胸騒ぎがする。とは言え、うちの諜報部に見張らせるのは越権行為だ、リリエンタール男爵に伝えて、警務局のほうで動きを追ってもらうとしよう」
「男爵殿も、気苦労が絶えないな」
「僕も、彼と同じくらいの年齢にはひどく苦労したものさ」
豊かな顎髭の下で口角を上げながら、ヘルベルトは肩を竦めた。
その彼に、ヘレーネは胸の下で腕を組みながら尋ねる。
「……しかし、ドレスタイン伯爵の管理下に置くというのは果たしてどうなんだ。奴は親帝派の中心人物だろう。苦労して手に入れた証拠を、相手の息のかかった連中に手渡すようなものだ」
「帝国との関係がもつれてなければ、ただの杞憂で済むんだけどね……。魔導アーマーの輸出額を増やすのを大公へ進言したのも彼だ」
帝国はここ数年、露骨な軍拡に力を入れている。
それもこれも、落ち着きを見せない彼の国の情勢に端を発していると考えられていたが、それだけでは片付けられない事が増えているように、ヘルベルトには思えていた。
魔導義装の痕跡を持つあの異形、モンストラムにしてもそうだ。
あれが帝国の何らかの技術やその実験による産物であるのはおそらく間違いないだろう、だが、その成否はともかくとして、国内の暴徒を鎮圧するためだけにあのような化け物が果たして必要だろうか。
加えて、帝国には既に魔導アーマーを輸出している。
大陸協定機構の枠組みに従い、厳しい制限と条件を設けて輸出額を決定したが、帝国側は様々な言い分を述べてさらに寄越せと要求してきている。
肘掛けのスティックを操作して、ヘルベルトが車椅子を窓辺へ寄せる。
その隣にヘレーネが立ち、窓の向こうを見渡した。
「美しき公国とやらを守る技術を、わざわざ他所へ売り渡すとは」
「凡そ、あの仮面の宰相殿と取引があったのさ。これは聞き流してほしい噂だけど、向こうはセンチュリオンの公国配備を交換条件にしてるそうだ」
「例の四足か。あんな品のない兵器など、それこそ公国には不要だ。そのためにアーマギアがあるんだ」
「帝国が真に欲しがっているのは___あるいはアーマギアなのかもしれないね」
ふたりの見下ろすリヒターハーフェン、断崖をなす高層ビルの谷で複雑にうねる突風が、遠吠えのような不吉な声を震わせていた。
「ようやく掴みましたよ、警務補」
リヒターハーフェン、警務官詰所に戻ってきたエリックが、肩の水滴を払いながらミアをつかまえてそう言った。
ミアはリナリー達と、例のペーパーカンパニーと思しき企業の背後関係を調査している最中だった。
「掴んだ?」
ミアが尋ねる。
彼は、書類が雑多に散乱する机の上にブロートヴェルクの紙袋を置くと、中からライ麦パンのサラダサンドとコーヒーを取り出しつつ、答えた。
「身元不明だったあの被害者、帝国を逃れた難民だったようです」
「難民?」
「タイラー=ソーン、男です。ギャングと治安維持部隊の抗争で住居を追われ、公国へやって来た」
「よく分かったわね……」
「検死担当のおかげですよ、体内から、金属片のようなものが見つかったんです」
「金属片、ですか?」
リナリーが聞き返した。
「遺体の損壊も酷い上発見現場も港湾区でしたから、何かの破片がたまたま混入したと思っていたそうなんですが___」
彼は齧ったパンをテイクアウトコーヒーで流し込んで、再び口を開いた。
「その金属片、骨格と癒着していた痕跡があったんです。しかも、金属片と遺体の一部から、僅かに魔導エネルギーが検出された」
「まさか……魔導義装?」
エリックはコーヒーカップを持った手で人差し指を立て、ミアへ向けた。
「当たりです。それが決定打になった、リヒターハーフェンの連邦移民・難民局に問い合わせて、何とか割り出せましたよ」
「ですが、そのような方がどうして港湾区で……」
「そこなんだ、新人」
彼はまたコーヒーを啜った。
再び口を開くと、今度は新人巡査のリナリーが理解しやすいよう、少し丁寧に説明を加えた。
「公国と帝国とでは言語も違えば文化も当然違う。要するに、諸外国から流入してきた者はおのずと独自のコミュニティを作るんだが、」
巡査時代のパトロールではミアも、そうしたコミュニティどうしの小競り合いの仲裁に関わった事は少なくない。
当時は巡査長として上司であったエリックだが、管轄区域での彼の顔の広さには驚いたものだ。
曰く、巡回中に移民と見るや片っ端から声をかけ、何かあれば自分を頼るようにと伝えて回ったという。
「タイラーを知る者はほとんどいなかった。帝国人向けのパブもしらみつぶしに聞いて回りましたが、どうにもよそよそしい客だったと」
「つまり、ただ事件に巻き込まれただけの被害者ではないと、そういうこと?」
エリックが頷く、ミアは頭の痛くなる思いだ。
そのミアへ、エリックはさらにこう付け加えた。
「滅多な事を言うもんじゃないのは百も承知ですが、警務補」
「これ以上、いったいなにかしら」
「BAMFが言うには、ですよ。近頃は、帝国と懇ろなドレスタイン伯爵が、人道的配慮を名目にして、迅速な受入処理をするよう裏で圧力をかけてるそうなんです」
「……本当に頭が痛くなってきたわね」
ミアはこめかみを押さえた。
エリックの話を踏まえるならば一つの莫迦げた仮説が浮かび上がってくるが、それを口にする事は控えた。
まだ何の証拠もないのだ。
「とにかく、できることに手を回しましょう。特殊部隊に要請して、とにかく巡回を強化するわ。エリック巡査部長は引き続き被害者の事件当日までの動きを洗って。出来るだけ、詳細に」
「無茶言わないでくださいよ〜」
露骨に肩を落とすエリック、当然だろう、タイラーを特定するのでさえ相当骨を折ったはずだ。
「現場の警務官に必要なのは、とにかくタフであること。私に教えてくれたのはエリック巡査部長だったはずよ」
「こんな熱血警務官になるなんて思ってもみませんでしたよ……」
そうぼやいて、エリックはサラダサンドの残りを口に押し込み、またコーヒーを流し込んだ。
空になったカップとパンの包み紙を紙袋へ放り込んで、まとめてぐしゃぐしゃに丸める。
「では、引き続き捜査に行ってまいります」
「ええ。気をつけて」
「了解。新人、警務補を頼むぞ」
「もちろんです、巡査部長」
再び詰所を出て行くエリックへ、リナリーが背筋を伸ばして敬礼する。
ミアは再び机の資料へ視線を戻す。
モンストラムの出現を巡る事件は、その輪郭を見せ始めてきたように思うが、今はまだ茫漠としたままだ。
エリックの残していった苦いコーヒーの香りが、どうにも鼻に残っていた。




