第26話:死力を尽くして / Mit letzter Kraft
ニーナはスタジアムを見渡した。
高輝度魔導灯の白い光の下で、真っ青な塗装のトラックと手入れの行き届いたみずみずしい芝生が、浮かび上がるようなコントラストを描いていた。
巨大なCの字を描く観客席には、VIP席からこちらを見下ろす貴族達の姿が見え、その上を、リング状の近代的な屋根が覆っている。
屋根に張られたテント幕には照明が設置されていて、トラックと同じ青い光が透過性の高いその幕の中で反射し、それはまるで光の輪が天空に広がっているように見えた。
「……」
ニーナは王立闘技場での叙任式を思い出していた。
あの時と同じなのは、自分達は今夜もまた力を試される立場にいるということ。
だがあの時と違うのは、勝ちたいという明確でシンプルな目的を抱き、自分の意志でここに立っているということ。
見据える先には、銀の光を灯すブローチを装着したエレオノーラと、照明を浴びて煌めく白銀のアーマギアが抜き身の剣を携え、こちらを見つめている。
目を閉じて深く息を吐く、再び目を見開いたニーナは、深紅のアーマギアを引き連れ足を踏み出した。
ドレスの裾を揺らして、青いトラックを横切る。
一歩一歩を踏みしめるように芝生を進み、エレオノーラの前に立つ。
今宵、派閥長の座を奪い合う〈エレナント〉と〈ベアラー〉が対峙する。
最初に口を開いたのはエレオノーラだった。
「大したものよ、ニーナ=リリエンタール。ジークフリートは確信してたみたいだけど、あなたがここまで来るかどうかは、正直に言って五分五分だったわ」
「勝てと言ったのは、エレオノーラさんです」
「そうだったわね。そしてあなたは、それを現実にした」
エレオノーラはそこで言葉を区切ると、ニーナに向ける視線に力を込めた。
フィールドに落ちる投光器の光が、彼女の瞳に反射して鋭く揺れる、その眼差しに込められているのはもう、敵意や嫌悪ではなかった。
「もう侮ったりしないわ。あなたの力も、その女の実力も。でも、だからこそ私たちは負けるわけにはいかない」
「私たちも、負けるつもりでここに立っているわけでは……ありません」
「なら聞かせてほしいわ。私たちを打倒してでも貫きたい正義が、あなたにあるのかしら」
「……」
ニーナは少し考えた。
ない、と答えるのが正直だろう、実際、ここへ至ってもなお、勝つ事以上の目的なんてない。
派閥長戦なんて、本来出る必要もなければ、そのために背負う大義も信念もない。
ただ何かを変えたくて選んだ道、これは、自分の始めた闘いなんだ。
だから、その最後まで拳は下ろさない。
そして決着をつける、勝利をもって。
「勝つことに、正しさは必要ありません」
ニーナは言った。
握った右の手の甲には、装着したブローチから赤い光が爛々と燃えている。
その手を持ち上げ、エレオノーラへ突き出した。
「でもこの拳が、正義を背負うに足る力を持っていることを示します。それが……私の闘いです」
「潔いな」
黙していたジークフリートがそう呟いた。
フルフェイス・シールドに覆われたその表情は見えないが、彼の声色は楽しげだった。
「あんたの入れ知恵か?〈鉄拳令嬢〉」
「まさか。ニーナさんはご自身の足でここへ至った。私はニーナさんの進む道に立ちはだかるものを、残らずぶっ飛ばしたまで。無論、あなたたちも例外ではございませんわ」
そう言って、リディアもまた深紅のアーマギアの拳を掲げ、エレオノーラとジークフリートへ突きつけた。
エレオノーラは目を伏せる、そして眦を決すると、その瞳に銀の光を宿した。
「いいわ、あなたたちを敵として認めてあげる。そして迷いも、一片の情けもなく___」
燦然と、彼女のブローチから光が溢れる。
エレオノーラはその右手を頭上高く掲げ、ニーナとリディアへ向け、振り下ろした。
「___この剣で敗北を与えるわ!」
瞬間、空気の弾ける音と共に、スタジアムの芝と土が舞い上がる。
「ジークシュヴェルト、“シュタルク”___起動ッ!」
ジークフリートが、剣を構え、飛び出した。
同時に、リディアもまた弾かれるように突撃する。
白銀の騎士が振り下ろす刃と、深紅の闘士が打ち出す拳がぶつかり、甲高い音と共に衝撃がスタジアムを突き抜け、芝生を揺らした。
エレオノーラがふたりから距離を取るのを見て、ニーナもまたリディアの邪魔にならないよう後ろへ下がった。
2,500ルクスの明るさを必要とするナイターフィールドを隈なく照らす魔導灯の白い光の中で、赤と銀の閃光が激しく煌めいては消え、そして無数の火花が咲き乱れる。
横凪の一閃をリディアがダッキングして回避、落とした上体を起き上がらせる勢いで拳を打ち出し、それをジークフリートがスウェー、剣を振り下ろして反撃、リディアが弾く。
レオンハルトも手強い相手だったが、それ以上にジークフリートが強敵であるのは、エレオノーラとの間にある強い絆だ。
だが、それならこちらだって負けていない。
時間は彼女達に及ばずとも、困難な闘いをふたりで乗り越えてきたのだ。
胸に激るリディアの闘志に意識を集中させる。
ここまで来て出し惜しむ必要なんてない、全力で、いや、死力を尽くして、エレオノーラに打ち勝つ。
ニーナの瞳が赤く光る、アーマギアに伝わるその鼓動を感じ取ったリディアから、さらなる胸の高鳴りが返ってきた。
「___“闘争の野生を解き放て”ッ!」
リディアの一挙一動が疾く、鋭くなる。
深紅の光を纏う彼女の拳は、火線のような尾を引いてジークフリートへと降り注ぐ。
再び打撃と斬撃の攻防、どちらも一歩たりとも遅れを取らない。
リディアの打ち出したストレートを紙一重でジークフリートが回避、身を捩った体勢から剣を振り上げた。
その剣に光が走り、外装板が音を上げながら分割して拡張、内側から迫り上がるように巨大化したその剣を、白銀のアーマギアが振り下ろした。
「“リヒトヴェレン”___ッ!」
目の中で光が爆発した。
視界が真っ白に覆われ、数瞬の後、轟音が振動と共に押し寄せる。
解放されたエネルギーの波動は、スタジアム全体を銀色の波で飲み込んだ。
手足がばらばらになったかと錯覚するほどの衝撃が、ニーナの体をなぶった。
おそらく、リディアはほぼゼロ距離で一撃を浴びたのだろう。
「か___はっ、あぅ……っ」
たまらず膝をつきそうになる、呼吸すら苦しくなって胸を押さえた。
それでもまだ、リディアの鼓動はこの胸に伝わってくる。
歯を食いしばり必死に踏ん張った、〈エレナント〉の力を途絶えさせてはいけない、その瞬間に、自分達の敗北が決定してしまう。
たぐり寄せるようにリディアの鼓動に意識を集中させた、張り裂けそうなほど激しく脈打つ心臓から、沸るほどの血液がニーナの全身を駆け巡って、さらなる闘志を激らせる。
ニーナの睨む先、立ち込める土煙に銀の魔導エネルギーの残光が鈍く瞬いていた、その中に赤い光が見えたかと思うと、傷だらけになった深紅のアーマギアが石火のごとく飛び出した。
「!」
必殺の一撃をふたりが耐え切ったことに、ジークフリートの判断が僅かに遅れた。
逆袈裟に斬り上げられるジークシュヴェルトをリディアはぎりぎりでスウェー、そのまま足を踏み出す。
引き絞った腕から魔導エネルギーが噴き出し、その紅き鉄拳を、ジークフリートの側頭目がけて叩き込んだ。
「ぐッ!?」
金属の割れるような音が響いた、足を地面から無理やり引き離され、浮き上がった彼の体が吹き飛ぶ。
「ジ___っ、ジークっ!」
呻めくような声でエレオノーラが叫んだ、その顔はアーマギアからフィードバックされた苦痛に歪んでいる。
芝生と土を巻き上げてフィールドを転がるジークフリート、剣を地面に突き立てて体を起こすと、ひび割れたフルフェイス・シールドに構うことなくすぐさま走り出した。
「勝つことだけを考えろ、エレオノーラ!」
その言葉で、エレオノーラの瞳に力が戻る。
ジークフリートのアーマギア、その頭部のひびに光が集まり、傷を埋める。
再び光芒一閃の剣戟と打撃の応酬、火花が飛び、赤と銀の閃光が目まぐるしく交差する。
攻守を奪い合う拳と刃から放たれる魔導エネルギーの余波が地面を抉り、土を削り取って小石や芝生を滅茶苦茶に舞い上げる。
ジークフリートの剣が再び光を散らして外装板を拡げた、ほとんど予備動作もなく、ジークフリートはまたあの一撃を放とうと巨大な剣を振り下ろす。
「リディアさんっ!」
ニーナが右手を突き出すのと、リディアが右ストレートを打ち出すのは、ほとんど同時だった。
前腕の装甲から噴き出す魔導エネルギーを逆転させ、拳の前方へ向けて放出、ジークフリートの剣から放たれるエネルギーと激突する。
生み出された衝撃波が、フィールドを真っ二つにするほどの亀裂を走らせスタジアムを揺るがした。
魔導エネルギーどうしの干渉と反応、対消滅によって、アークが縦横無尽に迸る。
拳と剣の押し合い、〈ベアラー〉の腕力と〈エレナント〉の供給するエネルギー、その総和___いや、相乗の大きい方が制する。
数秒が永遠に感じられる程の濃密な根性比べだ。
「……ッ!」
ニーナの拳に、僅かだがリディアの押し返す手応えが伝わってくる。
このまま押し切れる、そう思った刹那、ジークフリートのアーマギアを光が駆け抜け全身の装甲が開き、銀色の光を放った。
そして、リディアの拳もろとも叩き伏せるように光の刃を力技で振り下ろす。
深紅のアーマギアを白銀の渦が飲み込み、吹き飛ばした。
「ぅが……あッ!?」
今度こそ、胴体が千切れたかと思った。
悲鳴にもならない音が喉奥から押し出され、ニーナは体を押さえ込むようにその場にくず折れた。
リディアはすぐに受け身を取って跳ね起きたが、彼女も相当なダメージを受けているだろう、アーマギアを通じて心拍数の上昇を感じる。
「……褒めてあげるわ、私にこれを使わせたこと」
エレオノーラの声が聞こえ、顔を上げた。
彼女は汗だくになりながらも毅然と背筋を伸ばし、その瞳に煌々と、異質な気配を宿す光を揺らしていた。
ニーナの頭に、あの時見たカトリーナの姿が思い浮かんだ。
「ベル……ゼーレ……」
その言葉が口から漏れた。
展開したアーマギアの各部装甲から大気中に放出される魔導エネルギーの粒子にスタジアムの照明が乱反射して、ジークフリートの背に虹の輪が浮かび上がる。
光輪を背負う白銀の騎士は、拡張した巨大な剣を構え、その切先を真っ直ぐにリディアへ向けた。
ふたりの姿はまさに、あの時のカトリーナとレオンハルトの姿そのものだった。
だが違っているのは、カトリーナは忘我の暴走状態であったことに対して、エレオノーラは完全に自我を保っていること。
「よく知ってるわね。でも、私は公国で唯一、ベルゼーレの状態を制御できる〈エレナント〉よ」
ベルゼーレは〈エレナント〉の限界をはるかに超えて力を解放する状態、肉体的にも精神的にも、相当な負荷を伴うはずだ。
それを意図的に引き起こし、制御下に置くなど、生半可な芸当ではない。
エレオノーラが築き上げてきたもの、エレオノーラがどれほどの覚悟を持って自分の信念を貫こうとしているのか、ジークフリートの光耀たる姿には、まさに彼女の意思の気高さとその輝きがあった。
格が違う。
その言葉に尽きた。
「正真正銘、これこそが私の死力よ、ニーナ=リリエンタール。器を示すと言うのなら___その拳で打ち勝ってみせなさいッ!」
エレオノーラの足元に魔導陣が現れ、ジークフリートが踏み出した。
刹那、彼の姿が視界から消える。
蹴立てられた土が舞い上がったと思った時には、放光する白銀のアーマギアはリディアの目の前にいて剣を掲げていた。
「ッ!」
剣閃が煌めいた。
飛び退ってリディアが回避、一閃された剣からエネルギーの波動が唸りを上げて飛び出すが、それに驚く間も無く次の一太刀がリディアへ迫る。
その一撃も光波を放つ。
彼がジークシュヴェルトを振るうたびエネルギー波がフィールドを走り、斬り裂かれる大気が悲鳴を轟かせる。
ただでさえ既にリヒトヴェレンを二回もらっている、これ以上あれを食らえば、リディアをアーマギアで守れたとしてもニーナの気力はそこで尽きる。
ぼたぼたととめどなく汗の伝い落ちる顔を必死に上げて、集中する。
この状況でも、いや、この逆境だからこそ、リディアの胸には闘志が激り、燃えている。
控え室でのキスを思い出す、あれは誓いだ、今夜ふたりで勝利を掴むという、決意の口づけだ。
自分にエレオノーラと同じ真似ができずとも、リディアなら必ずジークフリートに打ち勝つ。
(信じろ、私の〈鉄拳令嬢〉を___っ!)
自分はただ、リディアを信じてさえいればいい。
それが、ふたりの間にある契約の力を比類なきものへと変える最も大きな原動力になるのだ。
鼓動がさらに跳ね上がる、左胸の奥が締め上げられるように苦しくなって、呼吸が深くなる。
ニーナの目に灯る赤い光はいっそう輝きを増し、燃え上がるようにブローチが煌めいた。
深紅のアーマギアが加速する、打ち出した拳をジークフリートが躱しても、さらにその先で拳を叩き込む。
白銀の騎士が横凪に剣を振り抜く、屈み込んで躱したリディアの強烈なアッパーカットが顎を打ち上げた。
僅かにたたらを踏むジークフリート、そこへ左のブロー、拳を構えると同時に、相手の装甲から火花と金属音が上がる。
石火の如き疾風怒濤のラッシュ、拳に揺れる深紅の炎が次々と赤い光跡を描き、反撃も、回避の隙も与えず、執拗に攻め立てる。
「はぁッ、はぁッ!」
早鐘を打つ心臓が破裂しそうだった、体温が上がって、金槌でぶたれるような頭痛が何度も襲う。
どろりと、鼻から熱い液体が伝い落ちてきた、ニーナは乱暴にそれを拭って、その手を頭上高く掲げる。
「リディアさんッ!」
そう叫んだ声で喉が裂けた、口の中に広がった鉄の味を呑み下すように歯を食いしばって、力いっぱい拳を握りしめた。
リディアが右の拳を引き絞る、体勢を立て直したジークフリートが剣を振り払うが、上半身を振りかぶる勢いで思い切り肘鉄をぶつけ、ジークシュヴェルトの外装板を粉砕する。
「バカなッ!?」
ジークフリートの声、構わず拳を打ち出す。
その腕が赤熱するような紅蓮の輝きを放ち、拳から前腕にかけての装甲がニーナの意志に呼応して変形、頑強なガントレットとなり、魔導エネルギーを最高出力で噴き上げる。
そして、猛烈な勢いの右ストレートが、空間ごと引き裂いて白銀のアーマギアの胴体を容赦なく穿った。
凄まじい衝撃が突き抜ける。
軽々と浮き上がったジークフリートの体は、真後ろへと引っ張られるように弾け飛んでいった。
宙を舞う装甲の破片が照明を浴びて煌めき、そのまま光となって弾ける。
「はぁっ、はぁっ……!」
たまらずニーナは地面にうずくまった、溢れるような汗が顎を伝い、芝生の上に落ちる。
どうにか顔を上げると、エレオノーラもまた、同じように肩を上下させながらうずくまっていた。
「……」
リディアがニーナに歩み寄って手を差し伸べた。
その手を取って立ち上がり、よたよたと足を引きずるように歩く。
「はぁ……はぁ……」
エレオノーラが上体を起こす、座り込んだまま天を仰いだ彼女の首筋には、大きな滴が伝い落ちていた。
後ろのほうでは、仰向けになったままのジークフリートが荒い呼吸に胸を上下させている。
「エ……エレオノーラ、さん……」
「……負けよ、私の」
「……っ」
その言葉を聞いて、ニーナは顔を伏せた。
終わった。
闘いきったのだ、自分は。
安堵と共に、目頭に熱いものが込み上げ、感情が決壊する。
緊張が滂沱するニーナの隣で、アーマギアを解除したリディアが膝をつき、震える肩に手を添えた。
「お疲れ様です、ニーナさん。見事でしたわ」
「いえ……っ、リディアさんの……おかげです……っ」
鼻を詰まらせながらそう答えた。
「私たちで掴んだ勝利です、胸を張ってください」
そう言って、リディアが手のひらに力を込める。
「……っ」
その手に指先を絡めて、握りしめた。
ほとんど握力も残っていなかったが、リディアの大きな手のひらは力強く握り返してくれた。
「ブラボーッ!」
一転して静まり返ったスタジアム、その静寂を割るように誰かが叫んだ。
声からしてカミロに違いなかった、次いで、彼の拍手が送られる。
その拍手はまばらに貴族達に広がり、やがて喝采となった。
「その女の___あなたの〈ベアラー〉の……言う通りよ、ニーナ=リリエンタール。誇りなさい、この勝利を」
「エレオノーラさん……」
そう言って、エレオノーラは汗でぐちゃぐちゃになった顔で微笑んだ。
他でもない自分へ向けられたその温かい瞳に、ニーナは本当の意味でのこの闘いの勝利を得たと悟った。
リディアの手を取って立ち上がる、体中がもう鉛のように重たくなっていたが、この疲労感すら今はもう、心地がいい。
眩い光の降り注ぐスタジアムを見渡し、ニーナはしばらくの間、リディアと掴み取ったこの瞬間を噛み締めた。
スタジアム観客席。
拍手の中、ヘレーネは傍らのヘルベルトに問いかけた。
「ヘルベルト」
「なんだい」
そう言ったヘルベルトの声は明らかに機嫌が良かった、勝敗に頓着がないなどと言っていた割に、娘の闘いに満足している様子だ。
「アウラは、この結果を喜ぶと思うか」
「……分からない。どれだけ耳を澄ましたって、僕たちは死者の囁きを聞くことはかなわないからね」
ヘルベルトは車椅子の背もたれに深く背中を預けた。
豊かな顎髭の下で湛える笑みには、比類なき力を示した愛娘と、その力を遺憾なく発揮させた〈エレナント〉への期待が、浮かんで見えるようだ。
「これは……この結果は他でもないあの子達が望んだことだ。けれど、その前途は困難に満ちている」
「そうだろうな」
「言い出したら聞かないのがリディアだよ、それをいちばん分かってあげられるのは、他でもないあなただろう?ヘレーネ叔母さん」
それには答えず、ヘレーネは姪孫を見やった。
派閥長を決したこの結末は、まだほんの始まりに過ぎない。
永らく長の座を欠いたこの派閥は、必ず大公戦に参加しなければならない、それが、この派閥に身を置く貴族すべての面子を保つ、唯一の方法だからだ。
ヘレーネは深い息を吐いた、公国を巻き込む大公位を巡る争いの始まりに、静かな、けれど大きな波紋の広がりを感じていた。




