第23話:薄紅の残光 / Das karmesinrote Nachleuchten
アーマギアの開いた装甲から噴き出す魔導エネルギーを、まるで翼のように背に広げ、剣を構えるレオンハルトがリディアへと突撃する。
いや、それがレオンハルトの自我なのかもわからない、アーマギアの動きは明らかに、〈エレナント〉であるカトリーナに操られているようだったからだ。
全身から薄紅の光を放出するその姿は、異様であるとしかニーナに言い表す事はできない。
なんであれ、闘いはまだ続いている。
カトリーナに何が起きているのかは分からないが、怪しい光の揺れる虚ろな眼差しを虚空へと投げ出す彼女からは、ただただ危うい気配を感じる。
曰く言い難い、本能的な危機感と焦燥が胸に込み上げていた。
ブローチの光る拳を握りしめて、ニーナはリディアへ呼びかける。
「カ、カトリーナを止めます……っ、リディアさん!」
ニーナの瞳に赤い光が再び灯る。
迫り来る白のアーマギアへとリディアが踏み出した。
カトリーナが頭上に掲げた両腕を振り下ろすと、彼女の〈ベアラー〉もまた、上段から剣を一閃した。
リディアが避けられないほどの速さではない、拳を引き絞るように上体を仰け反らせてスウェー、ボディを狙ってカウンターを打ち出した。
しかし、彼女の拳がその装甲を捉えたと思った刹那、レオンハルトの姿は光になって弾ける。
「ッ!?」
そして次の瞬間には、リディアの死角にいて剣を構えていた。
おそらく、背面装甲から魔導エネルギーを短く噴出させ、その推力を利用して素早くリディアの側面に回り込んだのだ。
ニーナの捉えたのは、その爆発的な一瞬の出力による、薄紅の残光。
横凪に刃が迫る、躱そうとリディアが身を捩るが、その切先がアーマギアの装甲を斬りつけ火花を散らした。
「っ!」
鋭い痛みが走って、ニーナは顔が僅かに引き攣る。
リディアは身を翻してバックステップ、だがその間合いもすぐに詰められ、嵐のような剣戟に攻め立てられる。
カトリーナはとっくに限界を迎えているはずだった、だと言うのに、彼女の従えるアーマギアの攻撃は見る間に素早く、そして鋭さを増していく。
アーマギアの出力は理論上無限だと言われている、それは〈エレナント〉と〈ベアラー〉両者の意志によって相乗していくからだが、かと言って〈エレナント〉の力が無尽蔵という訳ではない。
つまり今のような、アーマギアを直接支配して操るような闘い方では〈エレナント〉の消耗と負荷が激し過ぎて、すぐに力尽きてもおかしくない。
それで過負荷で済むならばむしろ良いほうだろう、カトリーナの場合、ともすれば肉体に酷い悪影響を残す可能性すら考えられる。
(カトリーナ……どうして、そこまで……っ)
白のアーマギアから放出される薄紅の魔導エネルギーは、彼女自らの命を糧にした、光だ。
鬼気迫るその姿に、そんな言葉が思い浮かぶ。
しかし、ニーナは即座に首を振った。
だってそれは、自分も同じだからだ。
自分自身がそうであるように、カトリーナもまた、痛みを伴わなければ果たせない意志がある。
剣閃と火花が交互に迸る。
その向こうで立ち尽くすカトリーナの、空っぽになった瞳をニーナは見据えた。
このままでは、いずれ押し負けるのは自分だ。
カトリーナがこの場に臨んだ覚悟と、同じだけの気概でぶつからなければ、彼女を止める事なんてできない。
それが例え、友達を傷つける結果になるとしても。
意識を自分の内側に集中させる、力が上昇するのを感じる。
そして、制御装置による出力の限界を見つけ出す。
(ここだ……!)
ニーナは、目を見開いて大きく息を吸い込んだ。
「“燃やせ、清廉なる怒りを”___っ!」
ニーナの鼓動を感じ取ったリディアから、僅かに緊張が返ってくる、しかしすぐに、その意志を汲み取って彼女は闘志を燃え上がらせた。
斬撃を躱し、リディアが足を踏み出しながら拳を構える。
狙い通り、相手はまた急旋回して死角へ回り込んだ。
ニーナは拳を掲げ、振り下ろす。
「___“負けじの魂よ、闘争の野生を解き放て”ッ!」
白のアーマギアが剣を掲げる、だが、リディアは素早く拳を入れ替えながら身を反転、力強く踏み込み、剣が振り下ろされるのと同時に拳を打ち出した。
その腕に赤い光が駆け抜け、前腕の装甲が音を上げて開く。
「“我が拳は正義のために”!」
深紅のアーマギアが咆哮する。
瞬間、ニーナの中で何かが弾け飛んだ。
出力に限界を作っていた制御装置を無理やり破壊して、手に装着したブローチから燦然と光を迸る。
開いた装甲から魔導エネルギーが噴き出し、彼女の拳はレオンハルトの剣を粉砕してそのフルフェイス・シールドに強烈なストレートを叩き込んだ。
凄まじい衝撃が突き抜け、空間そのものが波打ったようにすら感じた。
バラバラになった剣の部品や外装板がめちゃくちゃに宙を舞い、白いアーマギアに覆われた体を彼方までぶっ飛ばした。
「カトリーナっ!」
あの一撃ならば〈エレナント〉にだって相当なダメージのはずだ、しかしカトリーナは、それでも止まる気配はない。
ゆっくりとレオンハルトを起き上がらせ、再び両手で剣を構える動きを見せると、彼の手に魔導エネルギーを圧縮して剣を形作った。
「うそ、そんなことまで……!?」
僅かに揺らめいて見える薄紅のそれは、まるで炎の剣だ。
エネルギー・ブレードの威力はコンラートとの闘いで身に染みている、決して見かけ倒しなどではなく侮り難い武器であるのは間違いない。
「どうしよう……どうしたら……」
カトリーナの体のことを考えても、早く決着をつけるべきだが、妙案は浮かばない。
アーマギアにダメージを与え続けたとしても、彼女の体をいたずらに痛めつけるだけになりかねない。
カトリーナの駆る白のアーマギアが、腰を落として剣を構える。
相手に攻撃する意思がある以上、応じる他ない。
「焦らないでください、ニーナさん。この出力ならば遅れを取ることはありません、落ち着いて、何か方法を考えてください」
赤い魔導エネルギーが揺らぎ立つ拳を構え、リディアが踏み出す、同時に、カトリーナは自身の〈ベアラー〉を走らせた。
リディアはああ言ったが、確かに追い詰められるという心理的な圧迫感は無くなったものの、妙案は思い浮かんで来ない。
考えあぐねていたところで、聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえた。
「あれの相手に集中しなさい」
その言葉と共に、ニーナの視界の端で、プラチナブロンドの髪が揺れる。
「エ、エレオノーラさん……?」
顔を向けると、ドレスに身を包んだエレオノーラが腕を組んで立っていた。
「勝敗はとっくに着いているわ、無論、あなたたちの勝ちよ。潔く負けを認められない妹のことは、私がどうにかするわ」
「あ……えっと、」
突然姿を見せたエレオノーラに困惑しつつも、堂々とした彼女の様子からはカトリーナを止められるという絶対的な確信を感じた。
言う通り、ニーナはレオンハルトに集中する。
「お願いします……!」
「これは、私の落ち度よ。……ジークっ!」
彼女が呼ぶと、さらにその隣に白銀のアーマギアを纏ったジークフリートが、二階のギャラリーから飛び降りてきた。
彼は立ち上がると、そのままエレオノーラを抱え上げる。
「真っ直ぐ突っ切りなさい!」
白銀の甲冑は一つ頷くと、そのまま勢いよく飛び出した。
カトリーナは相手の判別がついていないのか、猛スピードで接近してくるそのふたりを敵と見做し、自身の〈ベアラー〉をけしかける。
「あなたのお相手は私ですわよ!」
しかしそこへリディアが割って入る、掲げた拳にニーナが意識を集中させ、深紅の魔導エネルギーを纏う一撃を浴びせた。
角度は浅いが、敵意をエレオノーラからを引き剥がすには充分だった、白のアーマギアは光の粒子を舞い散らせ、再びリディアへ切りかかる。
振り下ろされるエネルギーの刃に、リディアが前腕をぶつけてガードする。
「……っ!」
想像以上の激痛に叫び出しそうになる声を、歯を食いしばって無理矢理呑み下した。
火花を派手に散らしながら、リディアは腕で剣を弾き返し、拳を打ち出す。
それをレオンハルトが回避、また背中から短く噴射して回り込み、光を束ねた剣が光を放った。
三つの閃光がほとんど同時に煌めいた。
ニーナの目では捉えられなかったが、リディアはその全ての太刀筋を見切って躱し、反撃のブロー。
再び、白のアーマギアの像が高速で弾け、側面から刃が迫る、リディアが身を翻しで回避、拳から深紅のエネルギーが迸った。
次第に息が上がってくる、汗が噴き出して、額を、頬を、首筋を、転がり落ちる。
ニーナ自身の負担は否めないが、耐えられないほどではない。
エレオノーラ達のほうへ視線をやった。
ジークフリートの腕を降りた彼女は、ゆっくりとカトリーナへ近づくとその右手を顔の横へ掲げた。
そして___
___ぱんっ。
乾いた音が舞踏場に響き渡り、レオンハルトの動きがぴたりと止まる。
エレオノーラは、カトリーナの頬を平手打ちした。
「充分よ、カトリーナ。だから、もうやめなさい」
「……」
「あなたの覚悟は伝わった。私はよく、勝つことにこだわるけれど、それだけが全てではないの。あなたの友だちが言ったことよ」
「エレオ、ノーラ……お姉様……」
「そう。私よ」
エレオノーラの存在を理解したカトリーナの瞳から危険な光が消え、彼女の自我が戻ってくる。
「お姉様……っ」
息を詰まらせ、その目から光の筋がこぼれ落ちると、カトリーナは感情を決壊させ膝から崩れ落ちた。
「わ……わたしっ、お姉様……っ!」
嗚咽のまじる声で、言葉にすらできない思いが瞳から溢れては、ぼろぼろと大きな雫となってその頬を伝い落ちる。
エレオノーラは正面に屈み込むと、そっとカトリーナの肩を抱き寄せた。
「こんなつもりじゃなかった、なんて言い訳よね。私があなたに背負わせ過ぎてしまったのよ」
「ご……ごめっ、ぅ、ごめん、なさい……っ、わたし……ま、負け……っ」
「いいのよ、いいの。あなたは私のために、あなた自身のために、死力を尽くした。それだけで充分」
「う……っ、ぁ……」
「よく頑張ったわ」
カトリーナは慟哭を上げ、しばらく嗚咽を漏らしていたが、やがてエレオノーラの胸の中で静かになった。
駆け寄ってニーナが覗き込むと、カトリーナは眠りについていた、規則的で深い呼吸の音が聞こえてくる。
そして、カトリーナの意識が途切れたことで〈エレナント〉の力も途絶え、レオンハルトのアーマギアは光となって消えた。
「___はぁっ、はぁっ」
解放されたレオンハルトが床に膝をつく。
彼は肩を大きく上下させながら、汗に濡れた顔でニーナとリディアを見上げた。
「助かった……リリエンタール嬢、ヴァルクライネ嬢」
ニーナもリディアのアーマギアを解除する。
彼女もまたシャワーを浴びたあとのように汗だくだった。
濡れた長い前髪をかき上げるリディア、微笑みながらサテンに包まれた手のひらをレオンハルトへ差し出した。
「心踊る闘いでしたわ」
レオンハルトはその手を取って立ち上がると、大きく肩を落として首を振った。
「〈鉄拳令嬢〉の噂は、伊達じゃなかったな。評判に違わぬ闘いぶりだ、俺の……いや、俺達の負けだ」
「嬉しいお言葉ですけれど、この勝利はニーナさんのものですわ」
リディアは満足そうにそう答えた。
その顔には流石に疲労が窺えたが、大して息も乱れていないのはさすがの体力だとしか言えない。
「エレオノーラさん、カトリーナは……」
「かなり弱ってるわ、あんな力の使い方をすれば当然よ」
エレオノーラは腕の中で眠るカトリーナの前髪をそっと指先で払うと、涙のあとの残る頬を優しく撫でた。
泣き腫らして真っ赤になったカトリーナの目元には、どこか悲哀が滲んで見えて仕方なかった。
カトリーナが何を思って、何を望んで、この派閥長戦に挑んだのか、それを思うと、彼女の想いを打ち砕いた自分の拳が、僅かに震える。
「もし、この子に悪いと思っているなら、それは思い上がりよ、ニーナ=リリエンタール。あなたたちはフェアに闘って、この子はフェアに敗れた。勝者の責任を果たすと言うなら、果たせなかったカトリーナの思いを背負って、私たちの前に立ちなさい」
「はい、わかっています」
ニーナはそう答えて、膝の上で手のひらを握りしめた。
口ごたえではなく、エレオノーラの言葉に正直な気持ちで賛同する返事だ。
それを分かってか、ニーナを見つめるエレオノーラの瞳の奥には僅かに温もりが宿ったように見えた。
しかしすぐに、彼女は意図的にそれを消し去ってまたカトリーナへ視線を落とす。
その正面に、アーマギアを解除したジークフリートが屈んで、カトリーナを彼女の膝から抱え上げた。
「カトリーナ嬢の容体は分からないが、すぐに医者を呼ぼう」
「ロートリンゲンの診療所の先生なら、子爵様のお名まえを言えばすぐに来てくれるわ。ちゃんと検査するには設備がないでしょうから、どのみちリヒターハーフェンには戻ることになるでしょうね」
エレオノーラも立ち上がると、ニーナ達へ向き直る。
「この子には私たちがついておくわ。あなたたちも、帰って休むことね」
「そうします……」
できればカトリーナについていたい気持ちはあったものの、カトリーナが目を覚ましてそれで何を言えばいいのかなんて分からなかった。
ニーナの経験則からして、カトリーナは当分入院する事になるだろう、話したい事は、その間に考えればいい。
そしてカトリーナがまた学院に通えるようになった頃、ちゃんと話せばいい。
「今夜の件については、改めて正式な謝罪を送ろう、だが日を改めてさせてくれ。まずはカトリーナの安静が最優先だ」
レオンハルトはそう言ってジークフリートの抱えるカトリーナを見つめた。
「では、ニーナさん。帰りましょう」
リディアに頷いて、ロートリンゲン子爵家邸宅の舞踏場を後にする。
熾烈な闘いを繰り広げたフロアは、床に敷き詰めた大理石が割れ、至る所が傷だらけだった。
リディアと共に外へ向かうニーナは、もう一度だけ友人に振り返る。
カトリーナの思いを背負って、と言ったエレオノーラの言葉を今一度噛み締めるニーナは、今度こそ背を向けてその場を立ち去る。
派閥長戦は、ついに決勝の舞台へと駒を進めた。




