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第16話:証明の舞台 / Die Bühne des Beweises


「“汝に、力を”ッ!」


ニーナがブローチを装着した手のひらを正面へかざした。


深紅のアーマギアを纏い、リディアがその舞台へと力強く踏み出す。

派閥長を決する闘い、その初戦の幕が上がった。


照明が踊り、ドラマティックな音楽が劇場に鳴り響く中、赤と青の甲冑を纏うふたりの戦士が交差する。


装甲どうしがぶつかり、甲高い音と共に火花が散った。


弧を描くカミロのハイキックをリディアが前腕で弾き、そのまま半身を乗り出して拳を打ち出す。

ボディを狙ったブロー、カミロは即座に脚を引きながら打撃を受け流して身を翻した。


追いかけて、間合いを詰めるリディア。

カミロの放つ槍のような前蹴りを紙一重で躱し、片足を踏み出してカウンターのストレート。


その拳へ、カミロは突き出した脚を体を捻って振り下ろす。


再び火花が散った。

拳の軌道へ蹴りをぶつけて叩き落とし、すかさず脚を組み替えてバックスピン、リディアの側頭めがけて高速のヒールを叩き込んだ。


「……ッ!」


間一髪でガードの間に合ったリディア、数歩よろめいたが、構わず突進。


〈ベアラー〉どうしの一騎打ちに、小癪な駆け引きの余地はない。

絶対的な力と力のぶつけ合いだ、フェイントを織り交ぜることはあっても、それは次の一撃がはるかに強力である場合のみ。


そして特に、今宵このカミロとの一戦は学院から学生のオーディエンスを多く招いている。

つまり彼は、徹底してこの場を自身の手がける熾烈な舞台として魅せようとしている。


ミドルとハイを狙う技を多用するのはおそらくそういう理由、言わば大味で隙の大きくなる攻撃ばかりを見せている訳だが、そのほうが観客にとって派手に映るからだ。


しかし、そうであってもカミロがリディアに一撃をくれてやることはない。


油断のない残心と、軽やかで巧みな足さばき。

両者ほぼ互角の闘いに、生徒達からは絶えず歓声が上がる。


不思議な感覚だった、社交会(サロン)では爪弾きも同然だった自分達が、声援を受けているのだから。


だが、劇場の盛り上がりとは裏腹に、カミロはこう叫んだ。


「まだだ!まだこんなものではないだろう、〈鉄拳令嬢〉ッ!」


カミロが跳躍、空中で身を翻しながら振り下ろした踵が、リディアのガードを崩した。


「!」


そこへカミロが追い討ちをかける、ミドルを狙ったと見せかけて持ち上げた脚を、体を捻りながら素早く膝下を返し、ボディを防ごうとしたリディアの頭部へ蹴りを打ち込んだ。


「リディアさん!」


無論、勝敗を決する一撃ではない、だが、リディアは初めて攻撃を捌けなかった。

すぐさま反撃に出るリディアだが、その拳は再び蹴り落とされる。


次々と脚技を繰り出すカミロ、青と金のアーマギアのしなやかな脚部が照明の下に輝き、幾筋もの閃光が軌跡を描きながら疾風の如き連撃でリディアを攻め立てる。


リディアが、カミロの動きに追いつけていないのは明白だった。


(リディアさん、どうして___いや、違う。息が上がってこない……?)


胸を押さえるニーナ、鼓動も安定している。

そして、その手に装着したブローチへ視線を落として気づく。


過負荷(オーバーロード)を防ぐために加えたという制御装置(リミッター)、それが極端な出力の上昇にブレーキをかけているのだ。


「あなたは出し惜しむような方ではない、そうだろう?」

「……仰るとおりですわっ!」


リディアが拳を打ち出す、だが、容易に躱されてしまう。


「察するにそちらの〈エレナント〉はハンデを抱えているようだな」


カミロに言い当てられ、心臓が跳ねた。

ニーナの中に焦りが芽生える。


自分が足を引っ張っているも同然の状況だった。


「〈エレナント〉と〈ベアラー〉はこのアーマギアによって一心同体となる。互いの心を重ね、互いに死力を尽くしてこそ、我らの甲冑(スーツ)はより気高く、より美しくッ!輝きを増すのだ!」


そのカミロの言葉に合わせ、流れていた音楽が転調し、旋律が静を讃える。


照明がステージのビアンカにスポットし、彼女はまるで独唱する(アリアを歌う)ように、劇場へその芯のある声を響かせた。


「“叫べ。祈りは、魂の絶唱”___」


ビアンカの足下に魔導陣(サーキット)が再び展開し、彼女の瞳が青い輝きを放って、手に装着したブローチから同じ色の光が溢れる。


「___“絶叫は夜を裂き、暁光は天幕となりて降り注ぐだろう”ッ!」


叫び、彼のアーマギア、その下腿を光が走って、ふくらはぎから踵までの装甲が音を上げて開く。


「“讃えろ、夜の終わりを”」


ビアンカが手のひらを正面へ向けた。


開いた脚の装甲から魔導エネルギーが噴き出し、カミロが跳躍、眩い照明の中にアーマギアの青いシルエットが踊る。


迸る魔導エネルギーの青い光の帯が金のグラデーションの尾を引いて、凄まじい勢いの回し蹴りが振り下ろされた。


叩き伏せるような重たい一撃が、ガードごと打ち砕いてリディアを吹き飛ばす。


「あぅ……ッ!?」


アーマギアが吸収しきれなかった衝撃がニーナの体へと伝わり、鈍い痛みに悲鳴が漏れた。


大理石の床に転がり、リディアはどうにか受け身を取って立ち上がるが、カミロの猛追が襲う。


躱して、しのいで、しかし、ますます攻勢を強めるカミロにリディアは追い詰められていく。


「こんな微温い決闘では次の脚本が完成しない!」

「あなた方の舞台の如何なんて、知ったことではありませんわね……ッ」

「その通り!我々が闘うのはあくまで我々のため。ならば〈鉄拳令嬢〉、あなたが闘う理由は___なんだ!」


カミロが身を翻し、床を蹴り上げて空中でスピン、魔導エネルギーの推力を借りた鋭い足背がまたもガードを打ち崩してリディアを蹴り飛ばした。


「リディアさんっ!」


だめだ。

まるでカミロとビアンカの力に追いついていない。


やはり、力を制限された状態で〈ベアラー〉を相手に闘うには無理があった。

この場に立つことを決めたのは自分だ、その浅はかさが、リディアに悔しい思いをさせてしまう。


ニーナの手の甲で、ブローチが急速にその輝きを失っていく。

後ろへ向き始めるニーナの心、だが、リディアは決して膝を折ることなく、拳を突き出し、毅然とこう言った。


「……〈ベアラー〉になって、はじめてこの拳は誰かの痛みを背負いましたわ。ニーナさんは私を信じ、私に託した。この鉄拳は、その痛み(想い)に相応しく___闘い抜くまでッ!」


拳を構え、炎を纏うような深紅のアーマギアが突進する。


その叫びは、カミロに対してではなくニーナへ向けられたものだった。

アーマギアを通して、リディアの心で燃える熱が、ニーナの胸の奥を奮わせる。


自分はこの派閥長戦への参加を望んだ、しかし一方で、未だこの派閥長戦を勝ち抜くことそれ自体には、こだわりを持ってはいない。


エレオノーラのように矜持と信念、あるいは理想がある訳ではないし、今この場で対峙するカミロやビアンカのように、明確な目的を持つ訳でもない。


それでも、リディアはこんな自分のために拳を掲げてくれる、覚悟の刻まれたあの傷だらけの拳で、未熟で中途半端なこの心を奮い立たせてくれる。


「……」


〈鉄拳令嬢〉を従えたところで、それは彼女の積み重ねてきた強さの上に座しているに過ぎない。


あの夜、変わりたいと願った自分の、リディアに託したその思いの続きを描くためには、自分自身の望む結果を示す必要があるのだ。


胸に手を置いて、拳を握りしめる。


リディアを信じればいい、彼女ならばきっと、それを掴み取ってくれる。


だから___


「___勝ってください、リディアさん!」


ブローチが再び光を取り戻し、より強く輝きを放つ。


ニーナのその言葉を受け取って、リディアの闘志がいっそう燃え上がるのを感じた。


「当然ですわッ!」


リディアが踏み込む。


こちらの出力には現状、リミッターによる頭打ちがあるようなものだ、だが、闇雲に力を引き出すだけが〈エレナント〉の闘い方ではないはずだ。


(集中しろ、ニーナ!)


ニーナの瞳に、力強い眼差しとともに、僅かな赤い輝きが灯る。


カミロのふくらはぎから魔導エネルギーが噴き出し、懐に飛び込んでくるリディアへ向け、鎌のように鋭い上段回し蹴りが放たれた。


(ここだ!)


防ごうとリディアが腕を持ち上げた、その瞬間に合わせ、ニーナは自分の腕に意識を集中させる。


カミロの脚蹴りをリディアの腕がガード、衝撃が突き抜け、大理石の床が砕け散る。


「ッ!?」


リディアの防御は崩されなかった、踏ん張った足が沈み込むほどの一撃だったが、腕の装甲をニーナが瞬間的に強化したことで、耐えきることができた。


動揺を走らせるカミロ、すかさずその脚をリディアの手が掴み、引き寄せ、踏み込みながら猛然と拳を打ち出す。


防いだほうの腕に感じる痛みに歯を食いしばりながら、リディアが打ち出すのと同じ拳に、ニーナも力を込める。


カミロのアーマギア、そのフルフェイス・シールドを、初めてリディアの拳が捉えた。


「……ぅぐッ!?」

(やった……!)


強烈なストレートに青のアーマギアの体がよろめく、だが喜ぶのは早い、決着はまだだ。


バランスを崩すカミロは敢えてそのまま真後ろへ倒れ込み、床に突いた腕を軸にバク転、下腿裏側から噴出するエネルギーの勢いを使って、そのまま足を跳ね上げた。


リディアは距離を詰めながら上半身を逸らしてスウェー、彼の爪先が頬を掠めるが、構わず右の拳を打ち出した。


着地と同時にカミロの突き出した膝が拳を防ぐ、派手に火花が飛び散って、衝撃に空間が波立った。


拳を振り抜こうとするリディアと、押し返すカミロの力が拮抗して、ふたりを中心にして放射状の亀裂が劇場を走る。


「ぬぅ……ぉおおおッ!」


カミロが吠える、迸る魔導エネルギーの光がいっそう煌びやかになり、リディアの拳を押し切ってそのまま脚を振り抜いた。


そして、その足がそのままリディアの頭部へ直撃する。


「何ッ!?」


だが、リディアは倒れない。

倒れさせない。


視界が激しくシェイクし、ニーナは一瞬、意識を手放しそうになったが、胸で脈打つリディアの鼓動に繋ぎ止められる。


燃え上がる彼女の闘志を手繰り寄せるように拳を握りしめ、装着したブローチが爛々と光を放つその腕を掲げた。


「リディアさんッ!」


カミロの脚を押さえ込み、踏み込むリディアの重い一撃が、そのフルフェイス・シールドの側面を穿った。


「……ぐッ!」


短い悲鳴、カミロの体が大きく傾く。

リディアはさらに一歩踏み込んで、抉るようなブローをそのボディへと叩き込んだ。


鈍い金属音と共に衝撃が突き抜け、青と金の甲冑に覆われた体が宙に浮き上がる。


「がっ、は……っ!」


むせこんで膝をついたのは、ステージの上のビアンカだった。


カミロも無論、その体にダメージがない訳ではない。

数歩後ずさると、劇場にがっくりと片膝をついて項垂れた。


「み……見事だ、〈鉄拳令嬢〉」

「私ではありませんわ、彼女の……ニーナさんの力です」


そう言って、リディアがニーナへ振り向く。


カミロも顔を上げてこちらを見た。

フルフェイス・シールドで覆われたその表情は分からないが、聞こえてきた彼の声は、とても満足そうに思えた。


「そうか。彼女の……、あなた方ふたりの……」

「まだ続けますか?」

「いや……」


カミロは何度か肩で息をした後、立ち上がり、背筋を伸ばしてホールを見渡した。


そしてリディアとニーナを手で差し、高らかに宣言した。


「今宵、この演目にてその絆を照明されたおふたりへ___盛大な拍手をッ!」


劇場の天蓋を割るような喝采が、鳴り響いた。


そして演出用のキャノン砲から金テープと紙吹雪が飛び出し、一面煌びやかに染め上げエンディングが流れ始める。


栗色のショートヘアの毛先が汗に濡れ、頬に張り付くのを指先で退かしながら、ニーナはその光景を見上げた。


「はぁ……はぁ……」


息が上がって仕方ない、ドレスの中だって汗まみれだ。


鮮やかな勝利とは言えないが、ようやく、自分はリディアの〈エレナント〉として、彼女の隣に立つことのその端緒を、見出せたのかもしれない。


「ニーナさん」


リディアのアーマギアを解除する。


きらきらと舞い散る紙吹雪の中、彼女は汗だくになった顔で微笑んでくれた。

今は、その微笑みを向けられる自分を、少しだけ、誇らしく感じられる気がする。


「見事だ、ニーナ嬢。あなたは、思っていたよりもずっと強く、美しい演者(〈エレナント〉)だ」


ステージの上から、ビアンカがそう言った。

少しばかり疲れた表情に見えるが、その顔は充実している。


隣には、アーマギアを解除したカミロがいて、寄り添うようにビアンカを支えていた。


「素晴らしい舞台だった、ヴァルクライネ嬢。そして、リリエンタール嬢」

「あなた方の目的は果たせたのかしら?」

「もちろんだとも。そして何より、舞台を手がけるという使命に身を置くこの私が、あなた方ふたりの紡ぐ物語の続きを、見たいと感じてしまった」

「それは結構。勝手にご覧になってくださいませ」


素っ気なく手を振って振り返るリディアが、ニーナに手のひらを差し出す。


「行きましょうか、ニーナさん」

「はい……!」


その手を取って、万雷の拍手と歓声に背を向ける。


一夜の舞台を終え、ふたりは劇場を後にした。



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