第15話:狂言回しの誘い / Die Einladung des Spaßmachers
リディアとカミロの闘いに、仲裁に現れたビアンカ。
彼女こそカミロの〈エレナント〉であり、彼の率いる歌劇サークルでは、実際に舞台に立つ役者でもあったと、ニーナはビアンカについての記憶を辿る。
ビアンカは騒動を見物に集まった生徒達を見渡して、頭を下げた。
「私の〈ベアラー〉がお騒がせし、大変申し訳ございません。この場は私が預からせて頂きますので、皆様はどうか、安心して授業へお戻りください」
生徒達は各々顔を見合わせながら、やがて散り散りに中庭を後にしていった。
顔を上げたビアンカは、その不機嫌そうな眼差しを今度は足元のカミロへと向ける。
「この莫迦が、少々早まったようだ。あなた方に怪我などさせてなければいいが……」
「それこそ無用なご心配ですわ、ビアンカさん」
リディアはそう言って肩を竦める。
「あ、あの……たぶんカミロ様のほうが……」
「それなら自業自得だ。おい起きろ、カミロ」
ビアンカに軽く爪先で小突かれ、ばっと跳ね起きるカミロ、素早く乱れた制服を直すと、真っ白な歯をきらりと輝かせて、微笑みを浮かべた。
幸い大事はなさそうで、ニーナは内心、ほっと胸を撫で下ろした。
彼は笑みを湛える唇の端から血を一筋流しながら、リディアへぐっと親指を立てて見せた。
「見事な一撃だ、ヴァルクライネ嬢。インスピレーションが湧き上がってくる」
「それは結構ですが、本当に何の御用でしたの?」
拳を下ろしたリディアは、改めてそう尋ねた。
「安心していい、リディア嬢。ヴェステンラウ家のご令嬢のように、私たちには厄介な相手を先んじて葬ろうなどという思惑はない」
ビアンカはそう言ってやぼったい眼鏡を指先で押し上げて腕を組んだ。
おそらく、エレオノーラがニーナを偽の手紙で呼びつけ、〈ベアラー〉どうしの闘いを招きあわや大騒動になりかけた、あの夜のことを言っているのだろう。
学院の第三学年であるビアンカだが、同じ学年であるエレオノーラに対しては、何かと思うところがありそうな物言いだった。
ビアンカは続ける。
「そもそも、派閥長戦へのエントリーについても私は対戦カードが公開されるまで知らなかった」
「えっ?」
思わずニーナは声が出ていた。
カミロを見やると、彼は悪びれもせずこう説明した。
「このところ脚本制作が難航していたのだ。思いつくのはどれも、似たような話ばかり……」
つくづく嘆かわしいとばかりに、項垂れながら肩を落とすカミロ、しかし顔を上げた次の瞬間には、またあの厚かましい微笑みに戻っていた。
彼は大仰に両手を広げて見せながら、やたらと芝居くさい仕草で話を続ける。
どうやら、元々こういう所作の人物らしい。
「しかしッ!社交会にて君たちふたりの噂を耳にした!筆頭貴族から虐げられる新興貴族の一人娘と、鉄拳の異名を持つ異端の令嬢が契約を交わしたと!」
カミロは興奮を隠すことなく、捲し立てるように続ける。
「その瞬間、脚本のテーマがメキメキと沸き立って来た!だがまだ足りなかった、観客を唸らせる舞台を作るためには、まだ足りないピースがある!そしてそれは、実際に君たちと闘わなければ埋められないものだと覚った。居ても立っても居られず、気付いた時には派閥長戦へエントリーをしていたという訳だ」
我が事でありながらやれやれと言わんばかりの表情で首を振るカミロに、曰く言い難い複雑な感情を覚えるニーナ。
自分に至っては苦悩を伴う判断だったというのに、そのような動機で派閥長戦に参加を表明する者がいるという事実に、なんとも温度差を禁じ得ないところだ。
リディアも同感だったようで、呆れた様子でため息を吐く。
「まさかそんな理由で参加なさる方がいらっしゃるなんて……」
「心配する必要はないさ、ヴァルクライネ嬢。我々とて冷やかしでその場に臨む訳ではない。ただ、死力を尽くす中でしか得られないものがある……それだけのことだ」
先ほどまでの芝居じみた様子はなく、至って真摯な眼差しでカミロはそう答えた。
彼の言葉に、ビアンカもその不機嫌そうな顔を縦に振った。
「そういう事だ、ニーナ嬢、リディア嬢。私としても舞台の完成度に関わる話だ、手を抜くような真似はしないさ」
「我らの決闘に相応しい場所はこちらで手配しよう。招待は、追って差し上げる」
待っていてくれ、とカミロはまた白い歯を輝かせて踵を返す。
ビアンカも軽く手で挨拶を残して振り返り、カミロと共に中庭を後にした。
ふたりの背を見送るニーナ。
カミロの勝手な行動を咎めているのか、ビアンカが肘で彼の脇を小突く様子が見えた。
彼らが校舎の影に見えなくなって、ニーナはようやく口を開いた。
「あの……なんだったんでしょうか……?」
隣のリディアを見上げる。
「ああいう方々もいる、それだけのことですわ。それで……お話の途中だったかしら」
「あ、えっと……だいじょうぶです」
カトリーナのことなどを相談していたはずだったが、その話題を続ける気にはなれず、ニーナはそう答えた。
追って招待を出すと言ったカミロを待つ状態となり、ニーナはいつも通り、友達が不在の学院で授業を受け、一日の終わりにはリディアのトレーニングルームへ立ち寄った。
サンドバッグに拳を打つリディアの隣で、トレーニングマシンで体を動かしながらぼんやりと考える。
脚本のため、舞台のために闘うという、カミロとビアンカ。
彼らは決して勝敗を競うために闘う訳ではないが、それでも、闘うことで何かを見出そうとしている。
エレオノーラは勝利を求めろと言った、結果に貪欲であれという彼女の言葉を理解はしているつもりだ、けれど自分には、その先に求めるものが分かっていない。
「難しいお顔ですわね」
言われて、顔を上げる。
タオルで汗を拭うリディアが、こちらを見ていた。
「……いろいろ、考えてしまって」
「そうでしょうね」
微笑んで、タオルを首にかけたままリディアはまたサンドバッグに向かい合った。
規則的なワンツーのリズムが、部屋に響く。
「思いを巡らせることは、決して無駄なことではありません。私も……ニーナさんと同じ頃にはいろいろと悩みを抱いたものです」
「リディアさんも?」
「私だって、この頭の中に鋼鉄が詰まっているわけではございませんわ。そう思われてしまうのは、私にとっては時に、拳のほうが雄弁であるからですけれど」
リディアは拳を打ちながら、続ける。
「エレオノーラさんの仰ったことは、一理あると思っていますわ。私は、あのふたりの剣をただ叩き折ってやりたいだけですけれど、ニーナさんが同じ理由である必要はない」
「……」
「まずは言われた通り、勝ちを求めてみればいいのです。あるいはその中で、見えてくるものがあるかもしれませんわ」
「はい……」
釈然としないながらも、ニーナは頷いた。
そして、二日と経たずにカミロから招待が届き、ふたりはヴァレンティーニ家の寄越した迎えの車に揺られていた。
ニーナの手には、カミロとビアンカの連名で差し出された招待状があった。
深いブルーのダイヤ貼り封筒には金色のシーリングワックス、三つ折りの便箋には、優雅で優美なロカイユ装飾の箔押しがされている。
文面には、ご丁寧にドレスコードの記載まであった。
「あの……なんというか……」
いつもソワレへ着ていくオートクチュールのイブニングドレスに身を包むニーナは、隣の席で深紅のパンツスーツに包まれた長い脚を組むリディアを見上げた。
以前のソワレではエレオノーラを憤慨させたその格好だが、女性でありながら〈ベアラー〉であるというリディアの立場に配慮してか、彼女については但書まであった。
手元の招待状をひらひらとさせながら、リディアは窓の外に視線を投げる。
「わかりますわ。カミロ殿にとっては、これも立派な演目のひとつ。他人のことを言えた身ではありませんけれど……変わり者ですわね」
「リディアさん、カミロ様と同じ学年ですよね。お知り合いなんですか?」
「知り合いと言うか……同じ派閥というのももちろんですけれど、あの方の率いる歌劇サークルの舞台はことのほか学生から支持されているそうで、四年もあの学院にいれば自然と耳に入る人物、といったところですわね」
自然と耳に入る人物と言えばリディアもそうだが、リディアさんみたいですね、という言葉は我慢した。
どことなくだが、カミロと同じ扱いを受けるのを彼女は気に入らなさそうに思えたからだ。
程なくして車が停車し、テールコートの運転手が恭しく開けたドアから降りる。
ニーナの目の前には、荘厳なファサードの建物があった。
ヴァレンティーニ家の保有する劇場の一つ、グラウエン公国には文化財や文化遺産としての建築物が多く現存するが、この建物については当時の建築様式の再現だ。
階段を上がり、両脇に控えた執事が開いた重厚なダブルドアをくぐる。
建物の中を使用人達の案内で進み、最後の扉が開かれ、照明の落とされた真っ暗なホールがその向こうに広がった。
ドアから差し込む明かりが、アズライトを僅かに含む青いマーブル模様を描く大理石の床に、ニーナとリディアの影を長く伸ばす。
リディアに続いて足を踏み入れると、反響する靴音がその空間の広大さを教えた。
入り口の扉がゆっくりと閉じられると、ホールは完全な暗黒に落ちる。
「……」
言いようのない異質な緊張感が、ニーナの胸を自然とざわつかせあ。
隣に気配を感じるリディアは落ち着いた呼吸で、闘いを前に集中を切らしていない。
そして___
「Sehr geehrte Gäste!」
カミロの声と共に奥のステージがライトアップされ、そのスポットの下に、仰々しい仕草で頭を下げたカミロの姿が浮かび上がる。
彼はその姿勢のまま、前口上を述べ上げた。
「今宵は、私、カミロ=フォン=ヴァレンティーニが主催する舞台にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
そう言ってカミロが顔を上げる、黒を基調とした舞台衣装を纏う彼は、メリハリを付けた身振り手振りでステージ上を歩きながら、さらに続けた。
「ご覧頂きます演目は、派閥長の座を競うその初戦。長きに渡りその座を欠いたことで、我らが派閥は“長無き派閥”と嘲られて参りました。しかしッ!」
ぴたっと動きを止めるカミロ、未だ暗闇に包まれるホール全体を見渡すように視線を投げ、声を張る。
「今宵この一戦から、その不名誉な歴史は幕を閉じる。新たな時代が始まる。そしてその歴史に名を刻むのはこのおふたり___ご紹介しましょう!ニーナ=リリエンタールと〈鉄拳令嬢〉、リディア=フォン=ヴァルクライネッ!」
ばんっ、と重たいスイッチの入る音が響き、眩い魔導照明がホール全体を照らし出す。
光に目が慣れるよりも早く、盛大な拍手と歓声がニーナとリディアに降り注いだ。
「!?」
びっくりして飛び上がりそうになるニーナ、リディアは訝しげにホールを見渡した。
「これは……」
円形のホールをぐるりと取り囲む二階のバルコニー席には、ほとんど満席状態で学院の生徒達が集まっていた。
「観客がいなければ舞台は成り立たない。そうだろう?」
ステージの上のカミロは、そう言って白い歯を照明に輝かせた。
カミロは左右、正面の観客へ向かってそれぞれ頭を下げると、歓声が止むのを待ってさらに舞台の奥を手で差した。
「そしてもうひとり、今宵の舞台に欠かせない人物を紹介しましょう!我が最愛の〈エレナント〉にして、彼女こそがDiva___ビアンカ=フォン=リバロッティ」
囁くように、しっとりと愛情深くその名を口にするカミロ、譲るようにステージからホールへと降りる。
照明が再び暗転し、劇場の音響設備から音楽が流れ出す。
スポットライトが照らし出すその場所に、真っ青なフルレングスドレスの裾を揺らして、ビアンカが姿を現した。
ゆったりと優雅な足取りでステージ中央に立つビアンカ、背後の巨大な液晶パネルが点灯し、彼女へフォーカスした映像が映し出される。
伏した長い睫毛を開き、映像の中のビアンカと視線が交わる。
先日見たあのやぼったい眼鏡を取り払い、ヘアアレンジやメイクによって繊細であでやかな魅力を引き立てられた彼女は、まさに、目を奪う大輪の青い薔薇。
「きれい……」
カミロの紹介に相応しい圧倒的なその存在感に、思わず、ニーナはそう呟いていた。
ビアンカがゆっくりとその紅唇を開く。
彼女の発したその第一声、第一音目で、劇場の空気は瞬く間に変化する。
「“沈黙を破れ。千の呼び声を祈りと携え、我は深き夜の帷へと身を投じよう”」
張り詰めるような緊張感の中に、うたうような彼女の言葉が、淑やかにたゆたう音楽に乗って沁み渡っていく。
胸元のブローチを取り、ビアンカは光の中でそれを頭上高く掲げた。
その足元に魔導陣が静かに広がる、放たれる金のグラデーションの混じる青い光が、ビアンカをいっそう美しく飾り立てた。
そして、ステージ下のカミロにスポットが集まり、光を浴びるように、あるいは賛美するかのように、両腕を広げながら彼は、ビアンカの言葉に続いた。
「“天幕が落ち、ふたりを別つとも”___ッ!」
彼の声に合わせ、メロディがドラマティックに高まっていく。
そしてその最高潮で、ビアンカのブローチが光を放ち機構を展げる。
手の甲へとそれを装着した彼女は、その腕を真っ直ぐに正面へとかざした。
「___“我らの魂はひとつ。汝に、力を”」
魔導陣が一際眩く煌めき、光の欠片がカミロの姿を覆う。
「……今宵こそ、あなた方の力を見せてもらおう!」
明転する劇場。
沸き立つ歓声の中、鮮やかな青と金のアーマギアを纏うカミロは、ニーナとリディアへ向かって駆け出した___
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回以降の投稿につきましては、月・水・金・土日の23:15頃となります。
引き続き、ニーナとリディアの正義を見届けて頂けると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




