第8話 封じ屋の休日
次の日曜日、天気はいいし、依頼は無いし、たまには棚卸でもしようという小春さんの提案で、小屋の奥の押し入れやらタンスやらをひっくり返して、季節外れの大掃除をすることになった。
外は、初夏の空が、憎らしいほど澄み渡っていた。
本来なら、大学生らしくサークルの連中と河原でバーベキューでもしているはずの日曜日。だが、今オレの目の前にあるのは、店の奥の桐箱に眠っていた、出所不明の古い布……に包まれた、何かだった。
持った瞬間、重いと感じたそれは、布を何層も剥いでいくと、中から真っ黒に錆びついた裏表の判別もつかない、分厚い円盤状の金属が出て来た。
「お、重っ……。小春さん、何ですかこれ? 鏡……にしては、顔も映らないくらいボロボロですけど」
だけどそれを持ち上げた瞬間、指先にピリリとした電気が走った。
金属の縁には、オレの鏡にはない複雑怪奇な幾何学模様が刻まれている。でも、その模様の一部は、擦り減ったのか、未完成なのか、途中で切れていた。
「ヒカリさん、これなんだと思います?」
そう言いながらヒカリさんに鏡を渡すと、
「重っ! 随分年季が入っているけど、鏡でしょうね、これは。にしても汚いわねぇ」
と言ってから、ふと真顔になって、
「それに何かちょっと嫌な感じがする……」
あんたが磨きなさいよ、と突っ返された。それを見ていた小春さんが、
「何、二人でサボってるの! それはただのガラクタよ。先代が研究してた、失敗作の鏡の試作品」
縁側から声を飛ばした。その目は笑っているが、一瞬だけ、その奥に鋭い光が走ったのをオレは見逃さなかった。
「失敗作?」
「そう。鏡の力を引き出しすぎて、逆に向こう側と繋がりすぎてしまった代物。危ないから、しっかり洗って清めたら、また箱に戻しておいて」
「向こう側と繋がった……?」
どういう意味だろうと思ったけど、ヒカリさんの言う通りオレも嫌な予感がしたので、さっさとしまおうと、試作品だというその重い鏡をたわしでゴシゴシと洗った。でも、洗えば洗うほど、その未完成の模様が、まるで何かを待ち構える口のように見えてきて、オレは気味悪くなってすぐに布で包み直した。
二時間後。
小屋の庭の物干し竿には色とりどりの洗濯物が風に揺られ、芝生の上には、古文書やら布団、そして、なぜか紛れ込んでいた、クロ専用の小さな座布団まで虫干しされていた。
「……ふぅ。終わった」
疲れ果てて縁側にひっくり返るオレとヒカリさん。そこへ、小春さんが機嫌良さそうにやってきた。
「お疲れ様。さあ、お昼にしましょうか。今日はヒカリと八瀬君の頑張りに感謝して、特製の開運カレーを振る舞うわ」
「……それ、隠し味に妙な霊符の灰とか入れてませんよね?」
「心外ね。ただのスパイスよ。……ちょっとだけ、浄化作用が強いやつだけど」
三人と三匹で囲む、青空の下の食卓。ヒカリさんが作ったサンドイッチと、小春さんの(特製激辛)カレー。辛い! と文句は言ったけど、不覚にもオレは、こんな休日も結構悪くないかも、と思ってしまった。
「そういえばヒカリ、八瀬君」
カレーを食べながら、小春さんが不意に真剣な顔をした。
「何ですか、改まって?」
「東山の花山洞に、ちょっとした依頼が入ってるわ」
その言葉に、オレは思わず緊張した。
「……花山洞って。あの、出るって有名な場所ですか」
「ええ。トンネルの中を通る人たちにちょっかいを出すらしいの。来週あたり、被害が出る前に封じに行くから、予定よろしくね」
小春さんはにっこりと微笑み、デザートのスイカの種をピッと飛ばした。
明日からはまた、戦いが始まる。けど、日一日とここで過ごすたびに、鏡を握る右手に確かな力を与えてくれているような気がした。
「……よぉし、頑張りましょう。見事封じたら、今度は焼肉ご馳走してくださいね」
「考えとくわ。……見事封じられたらね」
嵐の前の、穏やかな日曜日。嵯峨野の空は、三人の決意を示すような、どこまでも青い空が広がっていた。




