第5話 喫茶 不思議堂
「ごめん、この道一通で入れないから、ここで降りてくれる?」
と言って降ろされたのは、烏丸六角の交差点だった。
「交差点を西に二、三分行ったらあるわ。喫茶 不思議堂ってお店」
「喫茶 不思議堂……」
「じゃお願いね!」
と言い残してヒカリさんは帰って行った。
言われた通り、六角通りを西に歩いて行く。きょろきょろしながら歩いていると、左手に「喫茶 不思議堂」と書かれた扉が見つかった。
「え、ここ?」
喫茶と言うからにはガラス越しに客席が見えたり、店の雰囲気が覗けたりして、入りやすさを強調するのが普通だと思っていたけど…… 不思議堂のドアは普通の家の玄関のようで、中は覗けない。おまけに、ガラス窓はあるけど、ブラインドが降りていて、やはり中の様子は見えない。まるで一見さんは入るなと言っているようだ。果たして、商売する気はあるのだろうか……
「ラストオーダー十九時半って……あと十分でラストオーダーじゃん」
中の様子はわからないし、閉店は近いし、オレは、よっぽど帰ろうかと思ったけど、ヒカリさんの鏡を届けなくてはならないので、勇気を出して扉を開けた。
「こんばんは~」
半開きのドアから顔だけで中を覗いてみる。
店内は、驚いたことに奥に細長い一直線のカウンターだけで、テーブル席はなかった。おまけにお客さんはいない。店主も……見当たらない。六角通りの賑やかさが嘘のように静かな店内だ。
オレは、何だか音を立ててはいけないような気がして、そうっと店に入ってドアを閉めようとしたら、そのドアのすぐ後ろ、カウンターの中に店主と思しき人がいた。
「うぉっ!」
思わず叫び声をあげたら、その店主はジロッと一睨みして、座れとでも言わんばかりにカウンター席を顎で示した。
洗い物でもしてるのかな。いらっしゃいでもなく、水を持ってくるでもなく、さっきの場所で中腰で作業を続ける店主を観察した。
齢のころは……五十代前半。職業は喫茶店店主だけど、元シノギと言われたらそう信じてしまいそうな風貌だ。白髪交じりで無精ひげ。イケオジっちゃあイケオジなんだろうけど、いかんせん愛想が無さすぎて、客商売には向いてない。なんてことを考えていたら、カウンターの中をこちらに向かって歩いてきた。
「あと三十分で閉店だ。さっさと出しな」
あ? オッサン、いい歳こいてお客に向かって開口一番のセリフがそれかよ! と思ったが、じっと目を見据え、そらしもせずそう言われたオレは、借りてきた猫のようにおとなしめの声で、
「はい?」
と聞き返すのが精いっぱいだった。やっぱこの人、シノギだわ。
「ヒカリの鏡、持ってきたんだろ?」
「え、あ、はい」
そうだった、茶を飲みに来たわけじゃない、鏡の修理に来たんだった。小春さん、ちゃんと連絡してくれてたんだ。
「あ、はい、すいません。これです、お願いします」
そう言って、カウンターの上に鏡を置いた。店主は手に取って、灯りにかざしながら、
「お前さん見ない顔だな、新入りかい」
と聞いてきた。新入り? いや、向いてるとは言われたけど、まだ封じ屋に入ったわけじゃないしな、何て答えたらいいか、と考えていたら、
「違うのか」
とまたジロッと睨んで来た。
「は、はい、そうです。鏡をお届けがてら、こちらの御主人に挨拶してきなさいと小春さんに言われて来ました、よろしくお願いします」
店主は、カウンターに置いたオレの手を見てから、目を見て、頭を見て、耳を見て、そしてこう言った。
「俺は御門だ」
「ミカド?」
「名前だよ」
「あ、失礼しました。よろしくお願いします、御門さん。オレは八瀬健太郎と言います」
「ちょっと待ってな」
そう言って、御門さんはさっきの皿洗いの場所に戻っていった。
水を出してくれる気配はないし、オーダーなんて最初から取るつもりもないようだ。手持無沙汰なオレは、店を観察することにした。
カウンターの一番奥に、愛宕神社の火迺要慎のお札がある。ってことはあの下がコンロか。その隣にあるあのお札、封じ屋小春のと似てるな。
後ろをみると、ちょうど真ん中辺りの上に梵字? 一文字で書かれたお札が貼ってある。アルファベットの小文字のdを逆さにして、ヒゲとかハネを付けたような形だ。床を見たら……魔法陣、て言うんだっけ、これ? 円の中に五芒星やら丸やらが描かれた魔法陣がいくつも描かれていた。ここにも逆さまのdがある。
なんだろ、これ、と思ったその時、リンリンリンリンと聞き覚えのある鈴の音が聞こえた! ん、警戒鈴? 作業をしていた店主が、さっと頭を上げ聞き耳を立てる。オレは、何だか音を立てたらいけない気がして、魔法陣を見つめたまま、動かずに息を殺していた。そして気付いた。床の魔法陣が光りだしている!
警戒鈴の音がどんどん大きくなる。いや待て。違うなこれ。大きくなってるんじゃない、警戒鈴が近づいてるんだ! そっと顔を上げて、音がする御門さんの方を見ると、小さな箱型の物体が、リンリンリンリン音を出して震えながら、オレの方に近づいてくる。
「え、なに、ここに何かいるってこと!?」
オレは立ち上がって、少し後ずさりした。小春さんも、ヒカリさんもいないのに、大ピンチじゃん!
近づいてきた、警戒鈴がオレの前で止まる。まさか、小春さんが言ってたみたいに、オレを魑魅魍魎認定してるのか! おいおいおい、勘弁してくれよ!
その時、ふと足元を見ると五芒星の真ん中に梵字の逆さまdが書かれた魔法陣が光っていた。結界だ、守ってくれる! と思ったオレは、咄嗟に魔法陣の中心に飛び込んだ!
そして、意識も飛んだ。
*****
目を開けるとさっきの魔法陣が見えた。
「(あれ、床が上にあるってどういうことだ……)」
目をこする。
「違う、あれは天井か……」
と呟いたら、にゅっと御門さんの顔が視界に割り込んで来た。
「うわっ」
と叫んで思わず飛び起きた。
「大丈夫のようだな」
そう言って御門さんがカウンターの中に戻っていく。周りを見回すとオレは魔法陣の中に座っていた。もしや、倒れたのか?
「あの、すいません、オレは……」
と言ったら御門さんは、
「できてるよ」
定位置の洗い場から、また顎でカウンターの上を指し示したので、立ち上がってみると、そこには二つの箱が置いてあった。
「あれ、二つ? 新しい鏡ですか?」
と聞くと、
「右がヒカリ。左は……お前さんのだ」
え、オレの? 何で? と思ったけど、そんなことを聞いたところで、元シノギのおっさんに睨まれてお終いだ。よくわからなかったけど、素直に礼を言って受け取ることにした。
「今日はこれで閉店だ」
という御門さんに、店を出ながら聞いてみた。
「あの、オレ、何で床に倒れていたんでしょうか?」
「八瀬と言ったな。おまえさん、まだ覚醒してないのか」
何だか残念そうに聞こえた。そして、明日、小春に聞いてみな、と言って御門さんはドアを閉めた。




