第18話 一番弟子、誕生
あんな話を聞かせてくれた後だったけど、次の日の小春さんとヒカリさんはやけに機嫌がよかった。どうやら美味しいものでも食べて、盛り上がったのかな。そんなことを考えていたら、夕方になって、小春さんが、
「今日はもう一つ聞かせてやろう」
と言ってオレとヒカリさんを手招きして、占いテーブルに座らせた。
「私とヒカリの出会いだ」
ヒカリさんが、えっと短く驚いた声を上げる。オレも驚いたけど、確かに二人の出会いも知っておきたい。
「これからも八瀬君がここで封じを続けていくなら、阿久津のことだけでなく、ヒカリのこともきちんと知っておいて欲しいと思ったんだ。いいだろ、ヒカリ?」
小春さんが優しい瞳でヒカリさんを見ると、彼女は少し恥ずかしそうに、でも黙って頷いた。
「阿久津の一件以来、私と親父はギクシャクしたままだったが、それでも私は親父について封じを学び続けた。でも親父が正しいのか、阿久津が正しいのか、モヤモヤは消えなかった。池田さんが亡くなった後、親父は新しい弟子を取らず、封じは親父と私の二人で行っていたが、そのうち親父は、二度と池田のような封じ屋を出したくないと、不思議堂にこもり、少しでも扱いやすく、それでいて性能の優れた鏡の制作に没頭する時間が増えていった」
夕陽が差し込んできた窓を見ながら、小春さんが続ける。
「あれは桜の季節だった。一人で出掛けた若王子神社の奥にある千手乃滝で少し大きめの案件を封じたあと、昂った気持ちを落ち着かせようと哲学の道を歩いて帰った。夜桜の綺麗な夜だった。その時、いきなりトラの鈴が鳴ったんだ。新手が出たか、と鈴の音に導かれて小走りで急ぐトラについていくと、そこにいたのがヒカリだった」
そこで小春さんはヒカリさんの顔を見る。
「あれから……何年?」
「もう五年になります」
「そう……」
もうそんなに経つか、と小春さんは少し遠い目をした。
「相手は女子供ばかりを狙って連れ去るカラス天狗の成り損ない――通称ウソガラスと呼ばれる、いわゆる雑魚だった。そして、そのウソガラスから、ヒカリは素手で親子を守っていた。いくら相手が雑魚とはいえ素手では無理だろうと、私は札をカラスの足元に飛ばし結界を張った。そして鏡を出して近づいたら、あろうことかヒカリはウソガラスに見事なパンチを繰り出したんだ」
「パ、パンチ!?」
ヒカリさんの方を向くと、えへへってな感じでぺろっと舌を出して、
「必死だっただけよ」
と言った。
「私は思わず、えっと声を上げたよ。そして次の瞬間、くるっと回転してこちらを見たヒカリは、そのまま後ろ回し蹴りをカラスに見舞った。気がつけば、くちばしが吹っ飛んでいた」
「なっ……」
「くちばしを吹っ飛ばされたカラスは泣きながら飛んで逃げて行った。そして親子たちにもう大丈夫だからと言った後、そのくちばしを持って私の元に来てこう言ったんだ、あなたの戦利品です、と」
「なんと、大胆な!」
「あぁ、私もそう思った。それからヒカリは結界を張った礼を言ってくれたが、私は素手で戦うなんて無茶はしないようにと注意をしたんだ」
ヒカリさんを見ると、そうでした、そうでした、と頷いていた。そして、
「お母さんの悲鳴を聞いて駆けつけたら連れ去られそうだったので、咄嗟に。空手の覚えが少しあったので、いけるかなと思って」
「空手? ヒカリさん空手やるんですか!」
オレはちょっとびっくりしたけど、思えば初めてこの小屋で会った時、今にも飛び掛かってきそうな勢いで睨まれたっけ。
「少しね。今はもうやってないけど」
「気をつけた方がいいぞ、八瀬君。結界で動きを封じてあったとはいえ、くちばしを吹っ飛ばす後ろ回し蹴りを持つ女だ。怒らせたらウソガラスの二の舞だぞ」
ニヤニヤと脅す小春さんだったが、オレは真顔で、
「き、肝に銘じます」
と答えた。
そして、と言って、
「ヒカリは私にこう聞いたんだ……あなたはもしかして封じ屋ですか、と」
小春さんが話を戻す。
「お札を見せた後だ、今さらシラを切っても仕方ないと思ったので素直に、そうだ、と答えたら、弟子にしてください! ときた。思ってもいなかった言葉に私は返事に困ったが、自分もまだ修行中の身だから無理だと断った。弟子は取らない、取れないんだと」
そこで一拍おいて、
「池田さんのことが頭をよぎったのも事実だ。もしこの子を私の弟子にして、万一のことがあったら、と考えたら、怖くて受けることなどできなかった。でも困ったことがあったらいつでも相談に来るといい、と言って名刺を渡したんだ。……思えばこれが失敗だった」
「なんで失敗なんですか!」
ヒカリさんが抗議の声を上げたが、小春さんは少しだけ微笑んで続けた。
「名刺にあった住所を頼りにヒカリは次の朝小屋に来た、弟子にしてくださいと。もちろん私は追い返した。だがヒカリは次の日も、その次の日も小屋に来た。その度に私は追い返した。そんなことが何日か続いたある日の朝、ヒカリは来なかった。ついに諦めたかと、私は親父と封じに出かけたら、なんと車の前で、寝袋にくるまって寝てるヒカリがいたんだよ」
「マジですか! そりゃすごい執念だ……」
「まだ四月でしたからね、寒かったです。それに家から毎日小屋に通うのも大変だから、ならいっそ車の前で寝ちゃえと思ったので」
とヒカリさんは頭をかきながら笑った。
「それを見た親父は、今日はお前に任せると言って歩き出したわ。どこに行くのかと聞いたら、不思議堂に行って、その子の鏡を作ってやらんといかんだろう、と」
おーっと声に出してオレは頷いた。
「そして、ヒカリが私の弟子になった。最初で最後の弟子よ」
「え、オレがいるじゃないですか!」
と言ったら、
「あんたは小春さんじゃなくて私の弟子よ!」
とヒカリさんにゲンコツを落とされた。とほほ。小春さんは笑っていた。
「でも封じ屋はこうやって継承されていく。あんな親父とこんな私だけど、ヒカリにも八瀬君にも感謝しかない。ありがとう。そしてこれからもどうかよろしく」
と小春さんが首を垂れた、両手をテーブルにつき、よろしくと。あの小春さんがだ! もちろん、ヒカリさんとオレもおでこが着くくらい低く、頭を下げてこう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
その夜、宿直はヒカリさんだったけど、ビールで乾杯して三人で泊まった。




