第17話 封じ屋 vs 解き師
その日は、ハイキング帰りだという喫茶目当ての普通のお客さんが何組も来て、小屋は珍しく賑わった。ここにこんなにお客さんが来たのは初めてじゃないだろうか。忙しくなったせいか、オレはスーツの男のことを思い出す暇もなく仕事に追われ、小春さんもすっかりいつもの小春さんに戻っていた。
夕方、洗い物も終わって、小春さんにあの男のことを聞くチャンスをうかがっていたら、小春さんとヒカリさんが何やら隅でヒソヒソ話をしているのが目に入った。
「悪巧みの相談ですか、僕はそろそろ帰りますよ」
と声を掛けたら、
「八瀬君、ちょっとお願いがあるんだけど……」
と言いながら小春さんとヒカリさんがにじり寄ってきた。
「……なんだか、嫌な予感がします」
「大したことないわよ。あのね、今日、宿直お願いできる?」
ときた。
「しゅ、宿直!? 小学校の用務員ですか!」
「今時、小学校に用務員さんなんていないわよ。宿直もない」
とヒカリさんが言う。
「じゃなんで?」
「封印堂の見張りよ。絶対破れない結界で守ってはいるけど、万一に備えて普段は私がここに寝泊まりして見張ってるの。たまにヒカリに頼んでるけど」
「でも今日は小春さんと女子会なので、どうしてもお願いしたいの! お店も予約済みなのよ」
ヒカリさんが両手で拝むようにオレを見る。
「女子会って……」
「何よ、年頃の女子二人、たまにはそんな夜があってもいいでしょ!」
小春さんがむきになって言うので、
「と、年頃、ぷぷっ」
と吹き出しそうになって口を押さえたら、どこから持ってきたのか、ハリセンを振りかざす小春さんが鬼のような形相で目の前に立っていた! 封じたはずのゴーレムに見えた。
「わ、わかりました、やります、やりますよ。その代わり、一つ聞きたいことが……」
全く失礼しちゃうわね、と言いながら、
「何よ」
と小春さんが口を尖らせて言った。
「この間のスーツの男のことを教えてください」
真顔でそう言うと、ヒカリさんも、あぁ確かにという感じで頷きながら小春さんを見た。
小春さんはオレたちの顔を見て、やっぱり来たか、という顔で、占い席に腰を下ろしながら、ふぅっと一つ息を吐いた。
「……もう十年以上も前の話よ」
小春さんが話を始める。やっぱり昔からの知り合いだったんだ。
「私は、封じしかない親父の元を離れたくて東京の大学に進学した……」
ヒカリさんが耳元に小声で呟く。
「小春さんは東大よ」
「まじで!」
「ちなみに私は京大」
「え――――――――!」
思わず声が出たくらい、本気でびっくりした。封じ屋ってもしかして学歴重視なんだろうか……すると小春さんがジロリと睨んで言った。
「ちょっとあんたたち、聞く気あんの?」
「あ、すいません、黙ります……」
二人の学歴にはびっくりだけど、今はあの男のことを知るのが優先だ。オレとヒカリさんはおとなしく耳を傾けることにした。ったくもう、と言いながらも小春さんは話を続けてくれた。
「そのうち、東京でも魑魅魍魎が出てくるようになって、真面目に封じを覚えようと、卒業して京都に戻ったのよ。そんな私に封じ屋としてのイロハを教えてくれたのは、親父の一番弟子だった池田さん。そして、そこで一緒に教えを受けたのが、この間来たスーツの男――阿久津」
なんと、小春さんとスーツは、一緒に封じ屋としての訓練を受けたのか。
「言ってみれば同期生?」
オレが聞くと、
「ま、そんなところね。でも阿久津はね、封じを始めたばかりの私から見てもずば抜けた能力を持っていたわ。池田さんより上なんじゃないかと思ったことも一度や二度じゃない。鏡の使い方に、マントラを唱えるタイミングもそう。そして使役する式神は、私のより何倍も強力だった」
そこで小春さんは一呼吸おき、目を瞑って話を続けた。
「半年くらい経った頃だった。ある日封じの依頼が来て、池田さんと阿久津と私で清水へ出掛けたの。ちょっと手強い奴らしかったので親父も行くと言ったんだけど、池田さんが私たちの卒業試験だから、と三人で行ったのよ。出てきたのは百会というムカデのようなバケモノ。一匹目から徐々に強くなって百匹目が親分という魑魅魍魎」
「百匹も……」
「えぇ。私が相手にできたのは二十匹目くらいまでだった。あとは池田さんと阿久津で倒し、なんとか百匹目の親分も倒したの」
「おぉ、すごいじゃないですか!」
「ところが、そこで百一匹目が出てきたのよ。実はそれがラスボス。百匹倒して、百一匹目に出てきたのがヤツらの総大将だった。でも百匹目で最後と思って力を振り絞った池田さんにも阿久津にももう余力なくて……」
小春さんはそこで大きく息をした。
「……池田さんは自分の命と引き換えに相手を封じるマントラを唱えて、私たちを守った」
え、っとヒカリさんとオレは顔を見合わせた。
「阿久津は狂ったように泣き叫び、私は座り込んだまま動くこともできなかった」
「い、池田さんは亡くなってしまったんですか?」
小春さんは黙って頷く。
「しばらく叫んだあと阿久津は言ったわ。いくら倒してもキリがないじゃないか、次から次へと魑魅魍魎は湧き出して、池田さんのような封じ屋が頑張ったってキリがない。そして、奴らは解放してやった方が人間界で暮らしていけるんじゃないのか、とまで言った」
そして、と小春さんが続ける。
「次の日から阿久津は小屋に来なくなった。私も、親父が来なかったから池田さんが死んだんだと責めたわ。親父は何も言わず、鏡を磨くと言って小屋を出て行った」
小屋を沈黙が支配する。
「……それでも封じは続けたわ。人に仇なす魑魅魍魎が出てくるたびに封じ続けた。そして……ある日の現場で私は阿久津に遭遇した。アイツはあろうことか魑魅魍魎を解き放っていたんだ!」
「解き放つ……?」
*****
「阿久津、お前、何を……」
「これはこれは、久しぶりだねぇ、小春。見ての通りだよ。魑魅魍魎たちを解放しているのさ」
「解放?」
「俺はこれから解き師になる!」
「解き師って……何を言ってるんだ、阿久津。解き放って何になる!」
「なら聞こう、小春! 封じて何になる! 池田さんを忘れたか! 封じても封じてもキリがない。だから池田さんは死んだんじゃないのか。お前たちが何でもかんでも封じるから魑魅魍魎が人間への恨みを募らせ、復讐心に燃えているのではないのか! ならば解放してやればいい。そうすれば奴らの恨みも消え、共存の道ができるとは思わないか!」
「何を言っている……正気か、阿久津!」
「正気さ。君も僕と一緒にやらないかぃ」
「ふざけるな!」
「大真面目だよ。見たまえ、今解放したばかりの、この浮遊型の魑魅魍魎の顔を! 喜々として私に感謝さえしているではないか!」
ひゃぁっははっはと狂気の目つきで笑い声をあげながら、次々と魑魅魍魎たちを顕現させる阿久津。
「お前がどれだけ解放しようとも、私はそのすべてを封じる!」
「面白い。私より力の劣る君が、果たして封じ続けられるのかな!」
「私が封じるのはバケモノだけではない。阿久津、……お前が解き師になると言うなら、私はいつかお前を封じる!」
*****
「……そんな因縁があるんだよ、アイツとは」
小春さんは静かに話を終えた。
その夜、小春さんとヒカリさんを送り出して床についても、胸がざわついてなかなか寝付けなかった。小春さんより強い奴がいる、封じの仕事で死ぬことがある、今ここに百会が出たらオレは封じることができるだろうか…… 封印堂の方から変な音まで聞こえてきた気がした。あそこに封じられている魑魅朦朧たちの断末魔だろうか。ふと気がつけば、クロが心配そうに枕元にうずくまってオレを見守ってくれていた。




