第14話 招かれざる客
初仕事も無事に(?)済んだ、天気のいい土曜日の午前。その客は何の前触れもなく突然やってきた。
暑い夏も落ち着いてきたし、今日くらいの気候なら、ハイカーも喜んで山に入るんじゃないだろうか。もしかしたら小屋にも普通のお客さんがたくさん来るかもしれない。そう思ってオレは、いつものように長尾山を目指して登り、小春さんの小屋へ向かった。
が、お客さんはおらず、小春さんがコーヒーを淹れ、ヒカリさんは鏡の手入れ、カゲとトラが昼寝をし、その真ん中でクロまで寝ているという、いつも通りの平和な小屋だった。
「お店の掃除よろしくね」
と小春さんには言われたけど、オレだけ仕事なんて納得がいかない。かといって堂々とサボる勇気もないので、小春さんとヒカリさんがまとめてる「封じ屋事件簿」なる、これまでの出動記録を眺めていた時だった。扉がノックされ、一人の男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
結界鈴も鳴らなかったし、ヒカリさんがにこやかに出迎える。でも、その人は開口一番、
「……ここが、封じ屋、御門小春さんのお店で間違いありませんか?」
と聞いてきた。のどかだった空気が、一瞬で変わった。
年のころは三十代半ば、見た目は普通のサラリーマン風で物腰は柔らかく、礼儀正しい雰囲気だ。でも目は笑っていない。オレはカウンターの席に案内して、水とメニューを運んだ。その人は、
「コーヒーをお願いします」
とオーダーし、続けて、
「最近、浮遊型の出現が増えているそうですね。封じるのは大変でしょう?」
いきなり言い放った。なぜそんなことを知っている? オレは違和感を覚えて眉をひそめた。ヒカリさんは無言。でも警戒オーラ全開だ。小春さんも無言のまま占いのカードを静かにめくっている。いつの間にか起きたカゲとトラは、勝手口の左右に分かれて、奥の封印堂を守るかのようにイカミミのまま鎮座している。まるで三門前の阿・吽のようだ。
ヒカリさんが、淹れたコーヒーを持って行けとオレに目で合図を送ってくる。普通に喋ればいいのに…… 男は運んだコーヒーを一口飲んで、
「……まだ、安定していないようですね」
とオレに言った。
「は?」
「力の波長が、揺らいでいる」
「力の波長?」
ヒカリさんがピリッとする。オレの場所から、小春さんは後ろ姿しか見えないが、オレたちの会話を聞いているのがわかる。男は続ける。
「ですが……器は、確かに大きい」
何だかよくわからないが、この雰囲気はよろしくないし、さっきからコイツは失礼すぎる! オレは、
「えぇ、よく言われます。日に五回は言われますね」
そう言って踵を返した。男は、あははと声に出して笑い、そして小春さんの方を振り返って言った。
「あの時と同じ顔をしていますね、御門小春さん」
この瞬間、空気が凍った。すると、
「その席から、私の顔は見えないと思うけど?」
小春さんが答えた。ピリピリというのか、ヒリヒリというのか、とにかくこの場の空気に耐えられなくなったように、
「……お知り合い、ですか?」
とヒカリさんが聞いた。男は、何も答えない代わりに、ヒカリさんの方を向いてにっこり微笑んだ。そして店内を見回して、開けっ放しの勝手口の向こうのお堂を見つけて、
「ああ。ここに集めているのですね」
そう言いながら近づいて行った瞬間、カゲとトラが姿勢を低くする。戦闘態勢だ。男は、何もしないよと言わんばかりに両手を挙げて降参のポーズをカゲとトラに見せた。
お堂のことを知っているのもびっくりだけど、相手は人間なのに、こいつら、なんで戦闘態勢なんだ?
帰り際、男はオレの前で立ち止まり、代金を払いながらこう言った。
「君はまだ観測されていない側の人間だ」
「は?」
意味が分からんまま固まるオレ。すると男は、レジの横に置いてあるオレの鏡を一瞥し、低く、愉悦を孕んだ声で付け加えた。
「……大事に育てたまえ。いずれ私が収穫してあげるから」
すると小春さんが、
「うちの子に難しい話はやめてくれへん?」
いつもより一オクターブ低い声で男の背中に言った。
「あれ? 京都弁だ」
「小春さん。キレると京都弁が出るのよ」
オレの独り言に、ヒカリさんが小声で教えてくれた。
男は振り向かずに答える。
「変わりませんね、御門さん……覚醒が進めば、いずれ彼も選択を迫られる」
「……何の話?」
「封じる側に立つか。それとも解き放つ側に立つか。あなたもご存じのはずでしょう」
男が出て行ったあと、小屋の中は通夜のような沈黙が続いたので、思い切ってオレは聞いてみた。
「今の人……何者なんですか?」
小春さんは少し間をおいて、
「昔、同じ仕事をしていた人よ」
とだけ答えた。それ以上は何も言わなかったし、オレもヒカリさんも聞かなかった。




