第13話 初仕事
「八瀬君、君の鏡、ちょっと見せてもらってもいい?」
HPがレッドゾーンになった勇者のように、へなへなと道端に腰を下ろしたオレに向かって、小春さんが言った。
「は、はい。どうぞ。ゴーレムがいっぱい入ってますけど……」
「封じられてるから大丈夫よ」
そう言って小春さんは、夜空の月にかざしながら、宝石商のようにルーペでオレの鏡をじっと覗き込んだ。角度を変え、裏も表も、まるで鑑定するかのように隅々まで見ていた。やがて、小寺さんたちがトンネルの上から降りて来て、オレたちのもとへ走ってきた。
「御門さん、その鏡、私にも見せていただけませんか!」
憲政さんが興奮気味に言うと、小春さんは、満足そうな、でもどこか驚きを含んだ大きなため息を一つつきながら鏡を憲政さんに渡した。
憲政さんも、小春さんと同じように月明かりにかざすようにして鏡を観察した。やがて、これまた満足そうに、「やはり摩利支天の種字か。周りには……オン・マリシエイ・ソワカ。マントラだ。それも七回、書かれてある!」
「摩利支天の種字? 何ですか、それ?」
興奮冷めやらぬ様子の憲政さんに聞くと、
「摩利支天とは、かつて戦国時代には軍神として数々の武将に信仰された神様です。その神様を現す文字のことを種字と言い、それが中心に描かれているようです。ちょうどローマ字のdを逆さまにしたような形ですが、『マ』と読みます」
と憲章さんが教えてくれた。
「そのdが逆さまになってヒゲが生えたような文字、何かと思ってたんですよ! 種字っていうんですか。しかもディーじゃなくてマですか!」
憲章さんが微笑みながら、えぇと頷く。
「そしてオン・マリシエイ・ソワカは摩利支天の真の言葉、マントラです。この真言を唱えることで、身を護り、敵や災難から姿を隠し、開運や勝利をもたらす強力なご利益があるとされ、一般的に七回、二十一回、または百八回唱えるのが良いとされています」
「ひゃ、百八回!?」
「えぇ。でも七回で十分です。そして、この鏡にはそのマントラが種字の周囲に七回彫られています。つまりそれはどういうことかと言うと、魑魅魍魎にかざした瞬間に七回唱えたのと同じ効力が即、発せられる仕組みになっている、ということです」
「なら、みんなでこの鏡を持てば、あんなゴーレムみたいなやつでもすぐに封じることができるのでは?」
オレが聞くと、憲章さんは、苦笑するように首を振りながら言った。
「残念ながら、たとえ私が持ったとしても何も起こりません。ゴーレムに突撃されてやられるのがオチでしょう」
「同じ鏡でもね、持つ人によって、引き出せる性能が異なるのよ」
小春さんが教えてくれた。
「引き出せる性能……」
「そう。鏡の持ち主である封じ屋の妖力に左右されるってこと。私の鏡は私の妖力に、ヒカリの鏡もヒカリの妖力に合わせて作られている」
「前に私が言ったでしょ、君は普通の器じゃないって。その鏡は君が使ってこそ最大の性能を発揮できると思うよ」
頷きながらヒカリさんも言った。
そこで憲章さんが、ずいっとオレに近づいて目をのぞき込みながら、
「そして御門さんの作る鏡の最大の特徴は、封じ屋と共に成長することです」
「鏡が成長……?」
「持ち主の妖力が増えることで、鏡に封じることのできる魑魅魍魎の数も増え、より強力な連中も封じられるようになるのです!」
と、力を込めて言った。
「鏡って、そんなにすごいのか……」
オレは、憲政さんが穴のあくほど見つめている鏡を見ながら言った。
そこでようやく憲政さんは鏡から顔を放し、そして小春さんを見て、
「お父上、相当気合いを入れられましたね」
ニッコリ笑いながら言った。
「私はてっきり御門さんが封じ屋をしていた時の鏡を譲られたのかと思いましたが、こちらの方が妖力がかなり強い。新しく作られたのですね」
「え、ちょっと待ってください。お父上?」
オレがびっくりした顔で憲政さんを見ると、
「えぇ、この鏡を作った、不思議堂の御門さんです」
と言いながら鏡を返してくれた。
「!?」
口をあんぐりと開けたまま小春さんを見ていると、憲章さんが種明かしをしてくれた。
「小春さんのお父上なんです、不思議堂の御門さんは」
「えぇっ!」
オレは驚きを通り越して、鏡を落としそうになったくらいだ。
「あ、あのシノギのおっさん、あ、いや、マスターが小春さんのお父さん!?」
小春さんは諦めたように白状した。
「えぇ、そうよ。黙ってたわけじゃないけど、愛想のない人だし、わざわざ宣伝するほどでもないかなと」
「でも腕は確かですよ」
憲章さんがさりげなくフォローする。
「そうね。悔しいけど、封じ屋としても、私よりあの人の方が上でしょうね」
「いやいや、御門さんは、封じ屋としての小春さんの才能を認めたからこそ、ご自分は封じ屋の鏡作りに専念されるようになったのではありませんか」
そこで憲政さんはオレの方に向き直って、
「それにしても、こんな鏡を受け取られるとは、八瀬さんもすごい封じ屋になりそうだ」
安心したようにニコニコしながら言った。
「現に、初仕事が何百年もの間人々を苦しめてきた花山洞の重層地縛霊退治ですからね」
「いや、あれは小春さんが作戦から何から、全て段取ってくれたおかげで、オレは最後に鏡をかざしただけです。おまけに、実は、あの……気を失ったようで、封じの瞬間を覚えてないんです」
と白状したら、
「最初はみんなそういうモンよ」
大丈夫、という感じで小春さんがオレの背中をポンと叩き、ヒカリさんが、その先を引き継いで教えてくれた。
「最初はね、みんな鏡に使われるの!」
「鏡に使われる?」
「そ。私もそうだったのよ。気こそ失わなかったけど、私がかざす前に勝手に鏡が封じてくれた。私なんか、鏡を持ってただけ。なのに君は鏡をちゃんとゴーレムに向けていた。大したモンよ」
ヒカリさんが褒めてくれるなんて、お世辞でも素直に嬉しい。
「本当に。しかし、八瀬さんが五芒陣の中心に鏡を置いた時の、あの淡い青い光。飛び散ったと思ったら、あっという間に魑魅魍魎たちを一網打尽にした。お見事な初仕事です」
憲章さんにまでこう言われると、なんだかこそばゆい。でもまだ封じ屋になると決めたわけじゃないのに、と思いながら、
「初仕事……」
と呟いて小春さんとヒカリさんを振り返ると、
「これで封じ屋に就職決まりだね」
ヒカリさんがニヤニヤしながら言った。と思ったら、ハッとしたような表情で、
「でもあんたがいくら凄くても、先輩は私だからね! そこのところははっきりさせておいてね!」
と釘を刺された。カゲがいつの間にかヒカリさんの肩に乗り、オレに向かって、お前は俺の子分だからな、と言っているようだった。
はいはい、わかってますとも、もちろんです、とオレは頷いた。気が付いたら、クロもオレの肩に乗っていた。あぁ、カゲはクロに言ってたのか。
それを見ていた小春さんが、
「クロはさしずめ君の式神だな」
「式神? クロが?」
「あぁ。言ってなかったがカゲはヒカリの、トラは私の式神だ」
「え、でも式神って一般の人を魑魅魍魎から守るためだって、小春さん言ってませんでしたっけ?」
「もちろん、一般の人々を守るために私たちが使役するのも式神だが、封じ屋は自らを守り、時に助けることを目的とした式神を使役することもできる」
「で、オレの場合、それがクロ……」
「まだ弱っちいけど、案外君のように化けるかもね」
ヒカリさんがニッコリと笑った。




