第11話 東山隧道リベンジ
数日後。小春さんの完全な回復を待って、オレたちは再び花山洞の前に立った。少しでも人通りが少ない時間を選び、今回は夜だ。だけど、この前と同じように蒸し暑く、立っているだけで汗が流れ落ちてくる。
リベンジにあたって、小春さんの立てた作戦はこうだ。
「ヒカリと私で中に入り、依代を使ってヤツをトンネルの外に引っ張り出す」
「引っ張り出す!? あれを?」
オレは驚いて聞いた。
「地縛霊はその場所への未練が強いから、外に出すのは難しいのでは?」
ヒカリさんも冷静だ。
「地縛霊は場所に縛られてるんじゃない。そこで終わったという記憶に縛られてるんだよ」
きょとんとしているオレたちを見て、小春さんが続ける。
「そこで煤童の登場だ」
「クロ?」
「今回はクロだけじゃない。なるべく多くの煤童に来てもらう。彼らは妖怪だ。それこそ鳥辺野で風葬が行われていた時代に生まれたものもいるだろう。刑場だった時代、トンネルが掘られた時代、いろいろな時代の記憶を持った煤童がいるはずだ。彼らにその時の記憶を全開にして、山科方面から東山方面まで一気に走り抜けてもらう!」
するとどうなるんです? と言うオレの顔を見て小春さんが続ける。
「すると、自分が地縛霊となった時の記憶に釣られ、ゴーレムは必ず煤童を追ってくる。自分を、成仏もできないこんな霊にした時の記憶が目の前を通り過ぎたら、ヤツは激しく反応するはずだ。必ず追ってくる」
そして、と言って小春さんが憲章さんたちを見る。
「東山側の入り口を出たら、二度と中に戻れないよう、あらかじめ結界を張っておく」
「あんなゴーレムみたいにデカいヤツが戻れなくなる結界、張れるんですか?」
オレが聞くと、
「わしらが引き受けよう」
と憲政さんが答えた。
「ご住職!?」
「こう見えて、我々は結界師です。もっとも、私はまだまだ見習いですが」
ははは、と憲章さんは笑った。
助かります、と小春さんが頭を下げ、続ける。
「外に出しさえすればあの重力攻撃は効かない、ハズだ」
「なぜです?」
「あれはトンネル内の反射を利用した、怨念の共鳴だ」
「どゆこと?」
「怨念は怨みという気持ちなので、それ自体で物理的な攻撃は出来ない。が、あのゴーレムみたいな体中に浮かんでいた顔が叫び声をあげていたろう? 声は音波だ。天井や壁に反射させ、我々にぶつけていたんだろう、幾重にも共鳴させて、まるで象にのしかかられるような力で私たちに叩きつけていたのさ」
なるほど、という顔でオレはヒカリさんと目を合わせる。
「トンネルから出せさえすれば壁が無くなるから、共鳴を使った重力攻撃は使えない。小寺さんたちの結界でトンネルの中にも戻れない。そして目の前には八瀬君、君だ」
「へ?」
「重力攻撃もできない、トンネルの中にも戻れない。後は君が封じるだけだ」
「イヤイヤイヤイヤイヤ、ムリでしょ、それ!」
「男ならムリ言うな」
ヒカリさんが突っ込んでくる。
「今のご時世、男ならとか男のくせにとかは、ハラスメントです!」
オレが言い返すと、
「ちっ」
ヒカリさんはこの軟弱モンがという顔で舌打ちした。オレは小春さんに向き直って言った。
「ってか冷静に考えてみてくださいよ、小春さん! どうやってオレが封じるんですか! 鏡すら持ってない……」
「もらったでしょ?」
「え、あ、そうでした。ですが使い方すら……」
「教えたでしょ。境界を固定さえすれば、あとは鏡をかざすだけ」
「固定すればって…… そもそも固定は誰がするんですか?」
「私とヒカリだ。ヤツが煤童を追い掛けだしたら、私たちも全速力でヤツを追う。そしてトンネルを出た時点で、私のお札でヤツの境界を固定する! そうしたら君は、ヤツめがけて鏡をかざせ! 念のため、君の立ち位置にも守護の結界、五芒陣を張っておく」
以上が小春さんのアイデアだけど、オレが封じ役? こんな計画、大丈夫だろうか……。
その計画を何度も頭の中で復習している間に、小春さんはオレの立っている場所に守護結界を張ってくれ、憲章さんと憲政さんは、東山入り口の手前に、ゴーレムを中に戻れなくする結界を張った。そして……
小春さんとヒカリさんは東山側からトンネルに入って行った。しばらくすると、二人の妖力に誘われて強力な地縛霊が近づいていることを示すように警戒鈴が鳴りだす。同時に山科側からは無数の、さまざまな記憶を持った煤童たちが全速力でこちらめがけて走り出す! 小さな黒くて丸い煤玉が、トンネルの壁と言わず天井と言わず、ものすごいスピードで駆け抜ける!
小春さんたちが前回と同じ場所に到達した時、阿鼻叫喚のうめき声を漏らす、無数の顔に覆われたゴーレムが姿を現した! その瞬間、煤童たちが猛スピードでゴーレムの脇を通り抜けて行く。その煤童の記憶の中に、自分が地縛霊となった時の、人間としての最後の記憶を見つけた阿鼻叫喚の顔たちは、煤童を追い掛けだした!
それを見た小春さんは、
「よしっ! 作戦通りっ!」
と叫んで、ヒカリさんとゴーレムを追う。
東山出口を抜けた煤童たちは、月明かりの夜空を四方八方に飛び散っていく。追ってきたゴーレムは、そのまま煤童たちを追い掛けるかと思ったら、一瞬、進むのをためらい、トンネルの中に戻っていこうとした。しかし、小寺さんが張った結界によって戻ることができず、この世の終わりのような叫び声をあげた。が、確かに重力攻撃は来ない! ヤツらがいくら叫んでも、反射するトンネルの壁はなく、声はむなしく宙に響くだけだった。
そして予定通り小春さんが、ヤツめがけてお札を放った。放たれたお札は、まるで意思を持っているかのようにゴーレムに向けて一直線に飛び、背中の中心辺りに張り付いた!
「よしっ、これで境界が固定されるはず!」
オレは、両の手でヤツに突き出すように鏡を構えた。視界の端に、ヒカリさんが拳を突き上げ、小春さんが、祈りのように片手を顔の前に上げ、何かを呟くのが見える。
お札が貼りついた顔が断末魔の叫びをあげ、ゴーレムの動きが鈍る。やったか!? お札は、確かにゴーレムに命中し貼り付けられた。しかし、貼り付けられたのはヤツの身体に無数に浮かぶ顔の一つで、固定され、ぽろりとはがれたのはその顔一つだけだった!
「え……」
しかもそれをきっかけにすべての顔が分裂し、辺りは無数の地縛霊が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図と化した!
「マジか……話が違うじゃん……」
物凄い形相で、けたたましい叫び声をあげながら無数の顔が飛び回り、オレに向かって突っ込んでくる! 小春さんが張ってくれた守護の結界は、白い光を放つカーテンのようにゆらゆら揺れて、すべての顔をはじき返してくれているけど、その度にバチンッ、バチンッと電気がショートしたときのような激しい音がする。
「ヤバい、どうするんだ、これっ!」




