第10話 殺生寺
憲章さんと、この寺の住職が小春さんのために布団を敷いてくれ、そこに小春さんを寝かせた。痛そうに顔をしかめているが、意識はあるようだ。ヒカリさんとオレがお礼を伝えたら、ご住職が正座をしながら丁寧に挨拶をしてくれた。
「御門さんたちのご活躍は聞き及んでおります」
え? という顔で憲章さんを見ると、
「私の父で、殺生寺住職の小寺憲政です」
と説明してくれた。
「せっしょう、じ?」
ヒカリさんが、住職の自己紹介と欄間に掲げられた「殺生寺」と書かれた額を見て呟いた。
「寺にしては物騒な名前でしょう? 「殺生してはならない」という仏の教えを寺の名前にしたようですが、名前が名前なので、おかげで檀家もありません」
ははは、と憲章さんが笑った。
「檀家がないのは名前のせいではない」
住職の憲政さんが全く笑わずに否定する。
その時、
「こ、ここは……」
小春さんがゆっくり目を開けながら呟いた。
「大丈夫ですか」
ご住職が小春さんをのぞき込む。
「うむ。顔色は大丈夫なようだ。憲章、水とアレを持ってきて差し上げなさい」
はい、と返事をして憲章さんが立ち上がり奥の部屋に行った。
「ここは……?」
小春さんがもう一度聞く。
「殺生寺さんというお寺です」
「殺生寺?」
小春さんが住職に視線を移す。
「で、では、あなたは小寺ご住職?」
「まだご無理をされませんよう」
小春さんと小寺さんはお互いを知っている感じだ。そこへ憲章さんが水と、小さな紙に包まれたものを持って戻ってきた。
「これは?」
「黄耆です」
「オウギ?」
「免疫機能を高め、身体のエネルギー……つまり気を補う作用に優れている漢方です。あんなのと一戦交えた後ですからね、お二人もどうぞ」
とヒカリさんとオレにもオウギなる漢方をすすめてくれた。
初めて飲んだけど、ちょっと甘くて、でも苦みもあって、何となく効きそうな気がした。小春さんも起き上がって少しずつ飲んでいる。
「小寺さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
小春さんが、並んで座る憲政さんと憲章さんに頭を下げた。
「お気になさらず。御門さんのおかげで私たちはあの地縛霊に専念できているのですから」
やっぱり! 小寺さんと小春さんは知り合いなんだ。と、そんなオレの顔を見た小春さんが説明してくれた。
「こちらの小寺さんは、代々、あの地縛霊を抑えてくれている。お二人のおかげで、住民は安全に花山トンネルを歩けるし、車も事故を起こさず東山トンネルを通過できている」
「抑える?」
ヒカリさんが憲章さんを見ながら聞くと、彼は頷きながら、
「抑えると言ってもアレは地縛霊ですから、ここから他の場所に移動することはありません。ただ、トンネルを通過する一般の人や車に災いを成さないよう、トンネルの上の山に結界を張り、力を抑えているのです」
憲章さんが続ける。
「ですが、父が通ると、空気が震えて頬にぴしぴしと当たるような物凄い殺気を感じます。私一人の時は、相手にするまでも無いと思っているのか、そんなことはありませんが」
「私どもだけの力では」
住職の憲政さんが話し始める。
「このまま住民に被害を出さずに抑え続けるのも時間の問題かと思い、今回御門さんに封じをお願いしたのです。それなのに、こんなお怪我をさせてしまうことになって申し訳ない限り……」
そう言って憲政さんがまた頭を下げた。
「ご住職、どうか頭を上げてください。これは全て私が未熟だったせいです。むしろ憲章さんに助けていただき感謝のしようもありません。もしあの時憲章さんが通りかからなかったら……」
小春さんがオレを見たので、
「全滅でしたね」
と小声で言い、憲章さんに頭を下げた。すると、いやいや止めてください、と手を振りながら、
「私のマントラが効いたのは、アイツがみなさんに集中していた所を抜き打ちのように唱えたからです。まともに正対したら私ではとても勝ち目はありません」
と言った。
「で、これからどうしますか、小春さん」
黄耆をいただきながらオレが聞くと、
「もちろんリベンジだ」
間髪入れずに小春さんが答えた。その目には生気が戻ってきた、というよりギラギラと復讐の炎に燃えている感じだ。黄耆の効果、おそるべし!
「今回の件、そもそも私が吹き飛ばされたのが敗因だ」
「いきなり後ろからでしたもんね」
あれは仕方ないでしょう、という感じでヒカリさんがフォローする。
「でも気配は完全に前でしたよ、山科方面から来る気配しかしませんでした。カゲもトラもそっちを見て警戒してたし」
とオレが言うと、小春さんは、仏間の掛け軸を見上げているクロを見ながら言った。
「いや、クロだけは東山側を見ていた」
「え!」
「なぜこいつは後ろを見ているんだろうと、振り向こうとした瞬間、私は吹き飛ばされた」
小春さんの握った拳に力が入るのがわかる。
「でも、あの重力攻撃はどうします? あれで押さえつけられたら、また手の自由も奪われて鏡が取れませんよ」
「考えがある。次は油断も遠慮もしない!」
小春さんはそう言ってニヤリと笑った。




