デブ、ダンジョンボスと戦う。
◇
ゴブリンとの戦いが終わった直後だった。
――いや、戦いと言っていいのかは分からない。
「……ふぅ」
俺、佐藤豚男は、軽く息を吐いた。少しニンニク臭い。
目の前には、地面にめり込んだゴブリン。頭が潰れているのもいて少しグロい。
剣も魔法も使っていない。
ただ――
「腹で弾いて体当たりしたら勝った」
魔物の攻撃の仕方だ。
全然カッコよくない。
「女神め、とんでもない能力を授けたな……」
空は青い。風は爽やか。
そして俺の戦闘スタイルはかなり終わっている。
「そういえば、能力値とか見れるのかな?」
適当にステータスオープン!と唱えてみても何も起きない。
さて、どうしようか。ポケットに何か入っていないか確認してみる。
ゴソゴソ弄ってたらメモ書きが出てきた。「能力値は、ステータス!と唱えれば開きます。」と書いてある。
女神め、いつの間に… 。女神を信じて、ステータス!と唱えてみる。
すると、目の前にスクリーンが映し出された。
名前 佐藤豚男
種族 人間(かなり肥満)
能力 ファット・アームズ
身体能力 F
知的能力 E
「俺の能力値どうなってんだよ……」
身体能力と知的能力が低いのはわかっていたが、カッコで肥満つける必要あったか?
それに、ファット・アームズ。ふざけた能力だ。
俺、スライムの体当たりみたいなしてないか?
悲しい能力値に絶望していたその時だった。
――パチ、パチ、パチ。
「……え?」
拍手。
森の奥から、確かに聞こえた。
「やるじゃん、デブ」
「デブ言うな!!」
条件反射で豚みたいに叫ぶ。
視線を向けると、木陰から一人の少女が現れた。
銀髪。細身。美人。
そして何より――
空気が強い。
「……強いタイプのやつだ……」
「初対面で何その評価」
「経験則だよ!!」
こういうやつは絶対強い。
そしてだいたい、口が悪いし性格が悪い。
「で、何物なの?あなた。」
「通りすがりのデブだ」
「見れば分かる」
「そこまで!?」
秒で刺された。
精神にクリティカルヒット。
「……ところでこんなところで何してたの?」
「遭難したんだ。辺りが森だから道がわからなくなってね。」
「なるほどね。道案内をして近くの街まで連れて行ってあげるよ。」
「それは助かる。」
「あと、ここは森じゃなくてダンジョンの一階層だよ。」
「え?どう見ても普通の森にしか見えないな。」
「長い年月を経て、地上に露出したんだよ。」
なるほど。遺跡みたいな感じか。
◇
そして突如現れた、銀髪の少女に道案内をしてもらえることとなった。
銀髪の少女が前を向いて歩きながら話す。
「さっきの戦い、良かったよ。」
「面白かったし」
「評価ポイントそこ!?」
強さじゃないの!?芸人審査!?
「強そうじゃん」
「どこがだよ!!」
「重量感」
「やめろ!!」
その評価、人生で何回も受けてきたやつだ!!
トラウマを掘り起こすな!!思い出したくない!!
そのときだった。
突然、銀髪の少女が足を止める。
森の空気が変わったからだ。
空気が、押しつぶしてくる。ピリピリしている。
「これ……ダンジョンのボス部屋に入っちゃったかも。」
「ダンジョン?しかもボス部屋!?」
もしかして、隠し通路にある裏ボス的なやつ?
「裏ボスの部屋に入っちゃった。ごめん。」
「は!?聞いてない!!」
「私も戦うからダンジョンボスと一緒に戦おう!」
「何で?逃げればいいじゃん。」
「ダンジョンのボス部屋はボスを倒さないと出られないよ」
何それ終わりじゃん。
まだチュートリアルすら終わってねえぞ!!
俺、今“ジャンプの仕方”覚えたくらいだぞ!!
――ズン。
――ズン。
「来てる来てる来てる!!やばいやばいやばい!!」
「落ち着いて」
「無理!!逃げたい。」
森の奥から、“何か”が確実にこちらへ向かってきていて、そのたびに木々が揺れ地面が唸るように震え、ついでに俺の腹も謎の共振を始める。
やめろ連動するな俺の腹、なんでお前だけ臨場感MAXなんだよ観客か、しかも最前列で揺れてるタイプのやつか。
白い光が溢れ出してまた女神の時と同じように目が痛くなる。
長時間電子機器を触った後に外に出ると来るあの眩しすぎる光の様だ。
現れたのは――白い翼が生えた少女で、整いすぎた顔と白い翼でThe・天使と全力で自己主張してくる。
いや格差、同じ人間枠に入れていいか審議が必要なレベルでビジュアルの暴力がすごい。
「……天使?」
「違う」
「いや翼あるぞ!!」
「人間ベースの天使化個体」
「分かりにくい!!」
説明が専門用語すぎてスキーを滑る時に初心者講習をすっ飛ばして上級者向けコースに放り込まれた気分になる。
「……我が名は、エリシア」
名乗った、しかも無駄にカッコよく名乗った、これはもう逃げられないイベント戦確定演出である。
終わった。
「侵入者は、焼いてハンバーグにする。」
「今、俺を顔見て言ったよね?よね!?」
俺この戦い負けたらハンバーグにされるのか……案外悪くないかもな。
でもハンバーガーのハンバーグは嫌だな。どうせならデミグラスソースの….. 。
「ボーっとしていないで構えて!!」
おっと、怒られてしまった。切り替え、切り替え!
「光の剣撃」
「うおおおおお!?」
光の剣が地面に刺さった瞬間、えぐれるとか砕けるとかいうレベルを飛び越えて「そこだけ存在削除」みたいな穴が開く。
いや消えた、地面がログアウトした、そんな現象ある?
なんでそんな火力してんの、王女って国じゃなくて地形変える仕事なの?
「フライ!」
そう唱えて王女が飛んだ。
「飛んでるぅぅぅ!!」
「当たり前でしょ」
「当たり前じゃねえ!!」
レナが突っ込み、その速さに一瞬だけ「いけるかも」と思った自分を殴りたい。
――キィン!!
「無理!!」
銀髪がナイフで攻撃しようと仕掛けたが光の盾が展開され、攻撃を完璧に弾くどころか「はい終了です」と言わ んばかりの余裕を見せつけてくる。
はい無理、これは無理ゲー、難易度設定ミスってる。
「どうすんのこれ!?」
「知らない!自分で考えて!」
頼りにならねえ!!いやマジでどうすんのこれ、問い合わせ先どこ!?
エリシアが再び手をかざし、今度はさっきより明らかにやる気のある光を集め始める。
あ、これ強化版、さっきの通常攻撃で今度が必殺技の流れだ。
「うおおおおお!!」
気づいたら突っ込んでいた、いやなんで!?脳より先に体がバグってる!!
体当たり。
――ドン!!
「いったぁぁぁ!!」
硬っ!?盾じゃなくてもう城壁だろこれ、しかも耐震性能付きのやつ!!
でも止まれない、止まったら終わるって本能がブラック企業みたいに働かせてくる。
「もう一回!!」
――ドン!!
「無理無理無理!!」
効いてる気が一切しないのにダメージだけはしっかりこっちに入ってくる理不尽仕様。
周りから見たらただ壁に突進しているデブにしか見えないだろうな。
「なんで突っ込んでるの!?」
「攻撃手段がこれしかないからだ!」
自分でも理解不能だが、ここで止まったらゲームオーバー確定なのだけは分かる。
――ドン!!
「ぐぇっ!!」
肺が潰れる、呼吸がログアウトする、これが現実のスタミナ切れか。
痛いしキツいし普通に泣きそうだし、相手はノーダメでこっち見てるしで心が折れかける。
いや強すぎるだろ。
こっちはただの脂肪多め人間で、向こうは神々しい元王女とかいう設定盛りすぎキャラだぞ。
膝が震え、呼吸が荒れ、視界が暗くなり、ついでに人生の後悔ランキングが脳内で再生される。
やばい、普通に限界、体力ゲージどころか気力ゲージもゼロ。
「もう無理……」
その瞬間、エリシアがとどめとばかりに光を極限まで圧縮し、「さあ終わりです」と言わんばかりの構えを取る。
あ、終わった、ここで俺の人生エンディング流れるやつだ。
ポケットに手が入る。
ポテチ。
溶けたアイス。
そして――
唐揚げ(ラスト一個)。
なんでまだ持ってたんだよ、いや過去の俺グッジョブすぎるだろ保存食として優秀すぎる。
これだ、と脳が最後の希望にしがみつく。
「……食う」
「今!?」
今だよ今しかないよタイミングここしかないよ!!
口に放り込み、噛んだ瞬間に広がる油の旨味が「まだ生きろ」と語りかけてくる気がする。
うまい、こんな状況で味覚だけ正常なのなんなんだよ逆に怖いわ。
そして――
――ドロッ。
「来た……!!」
体内で脂肪がざわめき、流れ、集まり、明らかに意思を持って形を変え始める。
「何それキモい!!」
「言うな!!」
自分でもそう思うが今はそれが頼りだし、むしろ愛おしくなってきたぞこの脂肪。
「ファット・アームズ!!」
――ゴッ。
腹が変形し、伸び、固まり、巨大な脂肪の腕へと変わるその姿はどう見ても倫理的にアウトだが強そうなのがま た腹立つ。
エリシアの必殺が来る前にぶつけるしかない。
――ドォン!!
全力で叩きつけ、質量と勢いを無理やり押し込む。
そして――
――ミシ。
「……え?」
盾にヒビが入るのを見て、脳が一瞬フリーズする。
「割れた!?」
通った!?この見た目最悪の技が通った!?
「もう一発!!」
「ノリでやるな!!」
ノリじゃないこれは戦略だたぶん!!
全力、全脂肪、カロリー全消費で振り抜く。
「ドゴォォォン!!」
盾が粉砕され、ついでに自尊心もちょっと砕ける気がする。
「うそでしょ!?」
「俺もだよ!!」
エリシアが揺れ、その一瞬の隙が奇跡みたいに輝く。
「今!!」
レナが飛び込み、刃がしっかり届く。
――ザン!!
「効いた!!」
だがまだ倒れない、HP多すぎボスかよ。
「終わりだあああ!!」
もう考えず突っ込み、全てを前に押し出す。
圧縮、衝突、質量の暴力。
――ドン。
静かで重い、全部乗せの一撃。
エリシアが吹き飛び、地面を転がり、そのまま動かなくなる。
沈黙。
「……勝った?」
「フラグやめろ!!」
頼むから二段階目とかやめてくれと心から祈る。
だがエリシアは立ち上がらず、代わりに優しい光に包まれていく。
「……見事」
さっきまでの圧が嘘みたいに穏やかな声。
「その力……異質だが強い」
「脂肪だからな」
「誇るな」
正論で精神ダメージ入れるのやめてくれ。
「……ありがとう」
なんで感謝されてるのか分からないが、悪い気はしない。
「これで、解放される」
ああやっぱりそういう系ボスだったかと納得してしまう。
エリシアが微笑む、その顔は最初よりずっと人間らしい。
そして――消えた。
静寂が戻る。
「……はぁぁぁ……」
その場に崩れ落ち、全身の力が一気に抜ける。
もう動きたくないし脂肪も当分いい。
でも――
生きてる。
それだけで、今日はもう十分すぎた。
◇
「……はぁぁぁぁ」
俺は崩れ落ちた。
「死ぬかと思った……」
「普通死ぬやつだよ」
レナが言う。
正しい。悔しい。
「ねえ」
「ん?」
「名前、何?」
「佐藤豚男」
「最悪の名前」
「親に謝れ!!」
だがレナは笑った。
「私はレナ」
「よろしく、デブ」
「やめろ!!」
その時だった。
――ふわり。
「……ん?」
俺の背中が軽くなる。
「何これ」
「……は?」
レナが固まる。
「ちょっと待って」
「何」
「それ」
背中を見る。
小さい翼が生えている。
「……え?」
白い翼が生えていた。
「うわああああ!?何これキモい!」
「なんで!?!?」
「知らん!!」
パニック!!
完全にパニック!!
「これさっきのボスのやつ!?」
「多分。」
「何でこうなった。」
しかし、俺には重い当たることがある。さっきエミリアという天使の様な存在を倒したとき、羽が口の中に入 り、食べてしまったのだ。
とりあえず
「飛ぶか」
「やめとけ」
「いけるって!!」
俺はジャンプした。
バサァ!!
羽ばたく。
浮く。
一瞬。
そして――
ドスン。
「重い!!」
「知ってた!!」
飛べない。
浮けない。
滞空時間ゼロ。
「いや翼意味ねえ!!」
「ある意味すごいよ!!」
レナが笑ってる。
めちゃくちゃ笑ってる。爆笑だ。
「天使なのに飛べないって何!?」
「俺が聞きたい!!」
何この能力!!
ギャグ特化か!!
だが――
俺は気づいた。
「いや待て」
「何」
「これ……滑空ならいけるんじゃね?」
「いらない発想!!」
試す。
走る。
ジャンプ。
バサァ!!
――ドスン。
「無理!!」
「だろうね!!」
地面がえぐれる。
着地の衝撃で。
「攻撃力だけ上がってないかこれ」
「それはそう」
レナが真顔で言う。
「飛べない天使とか初めて見た」
「俺もだよ!!」
だが。
確信した。
これは――
ロクでもない冒険の始まりだと。
脂肪で戦い。
天使なのに飛べず。
口の悪い少女と組む。
「……帰りたい」
「無理」
「だよな!!」
こうして。
俺の異世界生活は――
無駄に重量級で、全力で意味不明な形で始まった




