デブ、特殊能力を手に入れる。
俺の名前は佐藤豚男。年齢二十歳。体重百二十キロ。
この“百二十キロ”という数字には、深い意味がある。
単なる体重ではない。
積み重ねてきた努力の結果である。
主に食事方面の。
そんな俺はその日も、コンビニで戦利品を手に入れていた。
ポテチ、唐揚げ、アイス。
黄金布陣である。
この三つがあれば、一日は勝ち確だ。
「帰ったら全部食う」
このシンプルな目標こそが、俺の人生を支えている。
人間、目標は分かりやすい方がいい。
――その時だった。
急に足元にいわゆる魔法陣?的なものが現れた。
そして、視界の端が光った。
「ん?なんだ?」
軽い気持ちで振り向く。
これが間違いだった。
次の瞬間。
――ピカァァァァァァ!!
「うおおおおおおおおお!?」
「目がぁああぁぁああぁあ!!」
光が強すぎる。
というか、これはもう光ではない。閃光弾に近い。
目が焼けて脳が破裂する。
そんな勢いだった。
そして。気づいたら。
「……森?」
生い茂った木がたくさん並んでいる。よく見ると光の粒があちこちに浮いている
はい異世界。
理解が早いのは長所である。
空気が変わる。
だが確実に「イベントが始まる空気」だ。
こういうのは分かる。
なぜなら俺も異世界系オタクだからだ。
そして。
光の中から、一人の女性が降りてきた。
浮いている。光っている。完璧な美貌。
どう見ても――
「女神だ」
『はい、女神です☆』
俺が想像していた神とかなりかけ離れている様である。
『やっほー☆ 異世界転移サービスへようこそ佐藤豚男さん!』
『本日はご利用いただき誠にありがとうございまーす☆』
「テンションたかっっっ!!」
神の威厳とは何だったのか。
この時点で、俺はうすうす察し始めていた。
この女神、たぶんノリで動いてる。恐らくかなり不味い未来が来そうだ。
『それでは時間無いんでさっそく、能力授与いっちゃいまーす☆』
「軽い軽い軽い!!人生だぞこれ!!」
だが止まらない。
女神は完全にイベント進行モードにスイッチが入っている。
『今回あなたにプレゼントされるスキルは~……』
間を溜める。
無駄に演出が上手いのが腹立つ。
そして。
『脂肪を自在に操る力でーす☆』
元気に言い切った。
確定演出である。
「……あの」
『はいっ☆ ご質問どうぞ!』
「今の、変更とか」
『できませーん☆』
「ですよねー!!」
知ってた。確定したものは取り消すことはできない。
この流れで救いが来ることは少ない。
「それ能力っていうか、俺の現状では?」
『能力でーす☆』
「どこが!?」
『武器にもなるし盾にもなるよ☆』
「もう盾ではある!!物理的に!!」
『しかも動かせるよ☆』
「そこが一番怖いんだよ!!」
女神がパチンと指を鳴らす。
俺の腹が。
――ボヨン。
「勝手に動かすな!!」
『ほらほら見て見て! ぷるぷるしてる!かわいー!!』
「それは普段からしてる!!」
日常だそれは。
『こうやって~……』
ぐにゃ!ポヨンッ!
「うわ伸びた!?」
『こうやって固めて~……』
ぎゅっ。ムキムキ!
「筋肉じゃねえかそれ!!」
『ボヨンって弾ける☆』
「完全にスライム!!」
人間辞めてる気がする。
『ね? 強そうでしょ?』
「見た目が最悪!!」
強さ以前の問題である。
『スキル名もあるよ☆』
『ファット・アームズ☆』
「横文字で誤魔化すな!!」
中身脂肪だぞ。
現実を見ろ。
『食べると強くなるよ☆』
「え…..神!!」
評価が一気に回復した。
食事で強くなる?
最高じゃないか。
俺の専門分野だ。
「……もしかしてこれ、俺向け?」
『そうそう☆ 完全オーダーメイド!』
「見た目は何とか出来なかったのか……」
夢がない。
あまりにも夢がない。
『大丈夫大丈夫☆ なんとかなるって!』
「そのノリで人生預けるの怖すぎる!!」
だが時間は待ってくれない。
『はいそれじゃ転移しまーす☆』
「待て待て待て待て!!」
『3、2、1~☆』
「カウントダウンやめろ!!」
『ドーン☆』
――ピカァァァァァ!!
「操作方法をオシエロォォォォォ!!」
最後まで雑だった。
◇
そして結論から言うと。
俺は数分後、普通に死にかけた。
森に放り出されてすぐ、ゴブリン三匹に遭遇。
逃げる。遅い。捕まる。転ぶ。刺される。
コンボが美しい。
芸術点が高い。
俺の人生の評価としては最低だが。
「ファット・アームズ!!」
叫ぶ。
何も起きない。
「脂肪操作!!」
ダメ。
「ポヨンパンチ!!」
もっとダメ。
「使い方分かんねえよ!!」
説明不足にもほどがある。
女神、仕事しろ。ダメガミが!!
ゴブリンがナイフを振り上げる。
終わった。
異世界生活、終了のお知らせ。
だが。
ここで終わらないのが、この話の面倒くさいところだ。
俺は思い出した。この能力の最大の利点を。
『食べると強くなるよ☆』
「今かよ!!」
ポケットを探る。
あった。
さっきコンビニで買った唐揚げ。
奇跡である。
「食うしかねえ」
状況は最悪だが、やるしかない。
「いただきまーす!パクッ!」
俺は唐揚げを食った。戦闘中に。
普通じゃない。
だがこの作品に普通を求めてはいけない。
その瞬間。
体の奥で、何かが動いた。
ドロッとした感覚。重く、粘る何か。
腹に意識を向ける。
動いた!!
「……これか」
ゴブリンのナイフが来る。
今度は、腹で受ける。
一瞬の恐怖。
だが次の瞬間。
――ボヨン。
弾いた。
「……は?」
ゴブリンが固まる。
俺も固まる。
だが理解は早かった。
「使えるじゃねえか……!」
遅い。発動が遅すぎる。
だが来た。使えれば今は何でもいい。
俺は立ち上がる。
さっきまでとは違う。
ただのデブじゃない。
デブ+何かだ。
その“何か”が重要である。
「来いよ」
挑発する。
完全に調子に乗っている。
だが今は、それを支える力がある。
踏み込む。
体重を乗せる。
そして――
ぶつかる。
――ドン。
ゴブリンが吹き飛ぶ。そして地面に転がる。
木に叩きつけられ、動かなくなる。
「……はは」
笑いが出る。
「これ、強えわ!女神さま〜!ありがとう〜!!」
食べるほど強くなる。
女神はかなりやばい能力を俺に授けたようだ。
残りのゴブリンが後ずさる。
当然だ。
さっきまでの獲物が、急に化け物に変わったのだから。
「さっきの借り、返すぞ」
俺は一歩踏み出す。地面が鳴る。
戦いは、もう終わりだ。
少なくとも、この程度の相手では。
◇
――少し離れた場所。
「……なにあれ」
木陰から、一人の少女がその光景を見ていた。
銀色の髪を揺らしながら、目を細める。
「デブが……ゴブリン吹っ飛ばしてるんだけど……」
理解が追いついていない。
それはそうだ。
今起きていることは、だいたい意味が分からない。
「……ちょっと面白そう」
そう呟き、少女はその場に留まった。
まだ近づかない。
まだ関わらない。
だが確実に、興味は持った。
この時点で、運命は決まっていた。
だがそれは、もう少し先の話だ。




