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楽しい一人暮らしのはずだった

 ――今から、一ヶ月ほど前に遡る。 


 高校三年生の春、両親の海外行きが決まった。

 仕事なら仕方がない。まだ十七歳なんだから、子供は親の決定に従うしかない。分かるよ。

 そんな理由で、ダイニングテーブルで家族会議が始まった。

「じゃあなに。俺、四月から海外の高校に行くの? マジで?」

 俺が大真面目に父ちゃんと母ちゃんに訊いたら、腹を抱えて笑われた。なんか変なこと言ったかな?

「なぁに言ってんの。あんた英語喋れないじゃない。当然、日本に置いていくわよ。あと、転校してもらうからね。このマンション賃貸だし」

「てんこう……えぇやだなぁ」

 友達と離れるのが寂しい。大好きだったファミレスのバイトだって辞めないといけない。それに卒業まであと一年だ。なんでこのタイミングで。

 けれど、すぐに考え直した。もしかして、これは俺にとってすごくイイコトなんじゃないか?

(親がいない、自由気ままな一人暮らし。それって最高じゃん!)

 昔、姉ちゃんが読んでた少女漫画みたいだ。

 その姉ちゃんは、去年結婚して家を出て行ったから、一緒に住むという選択肢はない。

 それなら間違いなく、四月から俺の一人暮らしは決定事項だろう。

 仕事の都合で親の海外赴任が決まって、残された子供がマンションで一人暮らし。王道のラブコメが始まるやつだ。突然マンガの主人公になった気分だった。春からの素敵な暮らしぶりを想像して一人でニヤニヤしていたら母ちゃんが机の上に鍵を置いた。

「なにコレ、え、鍵?」

「春太郎の分の合鍵作ったのよ」

 向かいに座っている父ちゃんと母ちゃんは、目を細めてにこにこ笑っていた。

「新しいマンションの?」

 鍵を手に取って観察してみたが、形がマンションのそれじゃない。小さくて勝手口で使うようなやつだ。俺が顔をあげると母ちゃんと父ちゃんは二人揃って口の端をにんまりと上げた。なんか二人揃って悪の親玉みたいだった。

「一人暮らしなんてさせるわけないじゃない。治安がいい日本でもあんたは未成年でしょ」

「はぁ……たしかに」

「あんたは、おばあちゃんの家に預けます」

 思ったより親は常識人だった。突然息子を残して海外にいっちゃうような親でも。そういう一般的な感覚は持ち合わせているらしい。

 へぇ、ばあちゃん。ばあちゃんって、どのばあちゃんだ。あのばあちゃんしかいないだろう。だって、俺の身内で生きているばあちゃんは一人だし。

 え?

「ばあちゃん家って、あの村の」

「あの村よ」

「あの村だな」

 そうそう、うんうんとテーブルを囲んで家族で頷き合っている。どうやら俺が知っている「あの村」で間違いないようだ。

 あの村とは。

 小さい頃は夏休みのたびに家族で遊びに行っていた父ちゃんの実家。周りを山と川に囲まれた大自然以外何もない、ドがつくほどの田舎だ。

 一年に一回旅行に行くなら、とてもいいところだ。隣の駅には温泉がある。山奥の秘湯ってやつだ。

 そんないいところでも、自分が暮らすとなったら話は別だ。令和の時代に強制的に昭和へタイムスリップするようなものだ。

 じいちゃんは俺が中学生の頃に亡くなり、今は、ばあちゃんが一人で住んでいる。

 そこに俺が行くの? マジで?

「で、でも、村に高校とかないじゃん。転校するなら受験もいるし、俺の頭じゃさ」

「市内にある高校の分校があるわよ。それで訊いてみたら、そこなら、春太郎の成績でも受け入れてくれるって。ホント良かったわね。出席日数『だけ』は褒められる好成績で」

「いやいやいや、でも俺、困るよ。この先の俺の人生計画が」

「あんたが今の時点で考えているこの先の人生計画ってなぁに? 春太郎、大学行く気ないんでしょう?」

「それは、えーっと。勉強は……ちょっと、嫌いかも」

 母ちゃんは、それなら残り一年どこで生活しても一緒じゃないと続けて言った。

「決まりね」

 母ちゃんはパンと手を叩いた。

「いやでも」

「決まりだな」

 父ちゃんは、ばあちゃんのことをよろしくなと続ける。

「えぇ」

 こうして俺の転校は決まった。

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