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田舎にやってきた転校生



 春だ。希望の春、だった。

「さぁて始業式も無事に終わったし。お互い自己紹介でもすっか? な」

「ジコ……ショウカイ」

「高校生って新学期のそういうイベント好きだろ? あと席替えか」

 教壇の前にいる黒ジャージ姿の先生は、白い歯を見せてニッと笑った。隣のクラスまで聞こえそうなくらい大きな声だ。朝、職員室に行ったとき三十八歳だって言っていた。

「先生。ハルは多分ショックを受けているのだと思います」

「ショックぅ? なんだ先生の顔が怖いか?」

「いや、そんなことは、ないです。ダイジョブ、先生」

 スポーツ刈りのおっさん先生は、うんうんと頷きながら教室の右と左を見た。

 首を左右に振らなくても全員視界に入っているよね?

 廊下側の席に座っているのは俺。三田春太郎(みたはるたろう)

 俺は先生の視線の先を見た。バチリと目が合った。とにかく顔がいい、顔面偏差値が高い俺の貴重なクラスメイト。

(めっちゃ俺のこと見てるし!)

 窓から差し込む日差しを全身に受け、眩い光を放っている学ラン姿の美青年。――鳴神秋彦(なるかみあきひこ)

 鳴神くんは俺の顔をキャラメルみたいに甘い表情で見つめていた。

 なんと、この三年一組の教室に生徒は二人しかいない。

 鳴神くんのとろけそうな熱視線を受けて、俺はきゅっと膝の上で拳を握りしめた。出会ったばかりなのに、鳴神くんは、なんでこんなに俺に優しくしてくれるのだろう。まぁ、俺しかいないもんなぁ。優しくしてくれるのは当たり前か。だって、俺しかいないもんな!

 俺はカラーに失敗して傷んだ茶髪を両手でくしゃりとつかむ。

(どうしよう。これからどうなるんだろ、俺)

 今日、俺は都会から来たちょっとイケてる転校生になる予定だった。

 だから初めて髪の毛を染めた。自分でやったから失敗したけど、頑張ってめかし込んだつもりだった。

 けれど、わざわざ髪を派手に染めてセットしたり、転校前の学校のブレザーをだらしなく着たりしなくても、俺の個性が埋もれる可能性なんて最初からなかった。

(だって、生徒一、俺。生徒二、鳴神くん、以上やし)

 朝から俺のことをずっと聖母マリアのように優しく見守ってくれている鳴神くんは、サラサラとした黒髪を色っぽくかきあげた。遠目でもツヤツヤしている。

 鳴神くんの長いまつ毛が二度ゆっくりと瞬きをする。彼の周りだけ違う時間が流れているみたいだ。一つ一つの動作がとても丁寧で、同じ年の高校生とは思えない。面倒見のいいお兄ちゃんみたい。

(イケメン過ぎる。なんか光ってるし)

 先生はすでに先生らしくするのが面倒になったみたいで、教卓に両肘をついていた。生徒が二人しかいないんだから仕方ないか。

「まぁ改めて自己紹介ってもなぁ。お前らもう友達で仲良しなんだろ?」

「はい。でも俺はハルの自己紹介が聞きたいです」

「だとよ。転校生の三田くん。仲良しの相方からリクエストだ。はりきって自己紹介をどうぞ」

「へ? 相方? 鳴神くんが」

 俺は思わず間の抜けた声を上げた。隣に座っている鳴神くんは先生が言った「友達」と「仲良し」について一切否定をしなかった。俺たちくらいの年頃って大人にお前ら仲良しだろぉ? とか茶化されたら、べっ、別に仲良くなんかねーよとか言わない?

(出会ったばっかやん。もう俺と仲良し親友枠でいいの? お互いのこと、まだなんも知らんのに)

 そういう思いを込めて鳴神くんの目をじっと見つめたら、嬉しそうに微笑み返された。鳴神くんは聖母の生まれ変わりなのかもしれない。澄んだ黒の瞳からは超絶慈愛が満ち溢れている。

「あの先生ェ、自己紹介の前に質問なんですけど」

 俺は右手を上げた。

「なんだ?」

「マジですか? このクラスに生徒が二人だけって」

「あぁマジだよ」

 俺のようなイレギュラーな転校を受け入れてくれた学校の事情が今になって分かった。閉校できないなら一人だけの生徒より二人いる方がマシだ。

「ハル。始業式の前にも言ったけど、田舎の分校で生徒が十名以下になるのは普通によくある」

「普通によくあるんだ」

「うん。でも二年生の時点では六人だった」

「六人」

 クラスに六人だけでも十分ビビる。

「他の五人は大学受験に備えて本校に転校したんだ」

「へ、へぇ、俺と入れ替わりか。鳴神くんはなんで本校行かんかったん」

 見るからに頭良さそうだし、俺みたいに成績が足りなかったとは思えない。俺の視線を受けて鳴神くんは当然みたいな声で答える。

「本校が遠いから。家庭の事情かな」

「さ、さようでございますか」

 学校に着いてからずっと頭が混乱している。ファミレスのバイトでしか使ったことがない敬語が勝手に口から出てきた。バイトでしか使わないけど、サヨウデゴザイマスって便利な言葉だった。駄目だ。思考がとっ散らかっている。鳴神くんは、そんな俺にはにかむような笑顔で「さようでございます」と返してくれた。見た目は真面目で堅物に見えるのに鳴神くんは結構ノリがいい男だった。

「じゃあ、自己紹介。三田から」

「先生のは?」

「先生はいいだろ、さっき職員室でやったし。国語の野崎先生です」

 国語より体育の先生っぽい野崎先生は、ほら早くと手で促してきた。俺は、えーとかあーとか唸りながら、よろよろと席を立った。語るほど紹介できる自分とかないんだけどな。

「み、三田春太郎です。えーっと趣味は……なんだろ、食べることとか? あ、ファミレスでバイトしてたので料理が得意です。よ、よろしくお願いします」

 静かな教室にパチパチと軽い拍手の音が響く。

 鳴神くんだった。本当に律儀だなぁ。俺が椅子に座ると入れ替わりで鳴神くんが席を立った。

 鳴神くんは俺をまっすぐに見ている。あぁそうか、紹介する相手が俺だけなんだった。

「鳴神秋彦です。ハル、何か訊きたいことある?」

 あぁ、そうか鳴神くんみたいに相手に知りたいことを訊けばよかったんだ。訊きたいこと、うーん。

「えっと、じゃあ……しゅ、趣味は?」

 鳴神くんは俺の質問に一瞬キョトンとしたあと、ふっ、と息を吐くように笑った。

「お茶とお花」

「オチャトオハナ?」

「……とかだったらハルは俺のことどう思う?」

「なんかどっちも上手そうなイメージ? カッコイイと思う」

「ありがとう。どっちもやったことない」

「へぇ、そうなんだ」

 ニコニコ、ニコニコと微笑まれている。続きはなかった。

 どうやら趣味は秘密らしい。気になるじゃん! 教えてよ!

「どうぞ末長くよろしくお願いします」

「え、あぁ、うん。こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」

「あとで校内案内するよ」

「どうも、あり、がと、たすかる」

 俺はロボットみたいに返事していた。結局、鳴神くんは名前しか教えてくれなかった。

「お前ら可愛いなぁ。まだ十七歳だもんなぁ。一年間喧嘩せずに仲良くやってくれよ」

 先生の大きな声が聞こえて肩がビクッとなった。先生が前に立っているのに、いつの間にか俺と鳴神くん二人だけの世界になっていたらしい。俺たちの自己紹介を見守っていた野崎先生は、涙ぐみながら目を細めて笑っていた。

(趣味、か)

 思えば二人だけで趣味を言い合うなんて、お見合いみたいだった。

 あれ? さっきの「お茶とお花」は鳴神くん流のツッコミだったんだろうか。

 俺はボケボケな頭でそんなことを考えていた。

 教室には、教卓が一つ、机は二つ。

 そういうわけで俺は鳴神くんと二人っきりで残りの高校生活を送るらしい。

(あーマジで、この先、大丈夫なんだろうか。めっちゃ! 不安)


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