第34話-1 悪ガキ
テーブルに教材を並べると、二人は穏やかに課題に取り組んだ。
時折ミハエルが理解の難しい箇所を尋ねてくる。アレクサンダーは甲斐甲斐しく教えてやる。
課題が一段落つき少し息抜きを挟んだところで、ミハエルが珍しいことをお願いしてきた。
「ほら、この前、下級生たちに話してあげた話だよ」
以前、アレクサンダーが籍を置いていたギムナジウムでの寮生活の話を聞かせてほしいのだという。
ミハエルは、いつになくワクワクした目でこちらを見つめている。
好奇心で目を輝かせる姿なんて初めて見た、と思いながら、アレクサンダーは記憶をたどる。
たしかに、冬季休暇の前にフランツたちに話してやった。
アレクサンダーたちがどのような会話をしていたか把握しているとは、やはりミハエルは教室でのことをよく把握している。
アレクサンダーはミハエルからのお願いに、張り切って話を聞かせてやった。
アレクサンダーがそれまで在籍していたのは、帝国中の貴族や名士の子息が集められたギムナジウムである。
入学の条件には家柄や資力が重要視され、単に成績が良いだけでは入れない。
ゲルステンビュッテル家の息子たちは全員、幼少期からこのギムナジウムを目指すことが義務付けられている。
そのギムナジウムでは精鋭の教師陣が揃えられ、教育課程も革新的かつ寛容だった。
生徒は人々を統括する立場にある家柄の子息が多く、彼らがゆくゆくは親と同じ立場に立たされるだろうことを鑑みて編成されているのが特徴だ。
自由な文化人を多く輩出するような完全に革新派に偏ったギムナジウムもあるにはあるが、そのギムナジウムでは、従来における保守的で詰め込み型の授業体制も残しつつ、授業では論理の構築や議論に重きを置くという、主体性を伸ばすような教育課程が組んであった。
この体制と按配は、アレクサンダーの肌に合った。
「授業は面白かった。
でも、寮生活がうんざりするほど支配的だったんだ。
あれは監獄そのものだ。だから俺は工夫した。
規則づくめの生活を充実させるためにな。
思いつく悪戯は全部やった」
「なんでそうなるんだ」
ミハエルは可笑しそうに笑っている。
アレクサンダーは級友たちと徒党を組んで、ありとあらゆる悪戯をやった。
もちろん、アレクサンダーは悪ガキ集団のリーダーだ。
悪ガキたちは寮の管理人の目を盗んで、いいや、むしろ管理人に向けて悪戯を仕掛けた。
下級学年の頃の悪戯はかわいいものだった。
居眠り中の管理人の顔に落書きをしたり、階段の陰に待ち伏せて驚かせたり、鍵穴にチーズを詰め込んで部屋の扉を開かなくしたりしたこともある。
どんぐりのパチンコで管理人を襲撃すると、管理人は顔を真っ赤にして追いかけてきた。
仲間たちとワーッと歓声を上げながら逃げた。
年齢を重ねると悪戯の内容にも知恵が付きはじめる。
寮中の時計を全てずらして混乱させたり、木造の階段に石鹸を塗りこめて見回り中の管理人を滑らせたりして、慌てふためく管理人を、子どもたちは囃し立てた。
第三学年の時に、管理人が外出の際を見はからって、玄関を出た足元に爆竹を仕込んだ。管理人のズボンの裾に穴が空き、こっぴどく叱られたものだ。
アレクサンダーは間違いなく悪童であった。
けれども、この手の悪戯は常にどの学年の子どもたちもやる。いわば伝統芸のようなものであった。
管理人はいつも標的にされながらも、なんだかんだ手慣れていた。
目端の訊くこの管理人に、後で見張り役も含め漏れなくとっ捕まえられたものだ。
それに、悪戯のあとは必ず、仕掛けた子どもたちは汚したり散らかした部分の後始末をさせられる。
管理人の下で、自分でしたことの責任は自分で取ることを学んだ。
あの管理人も、子どもたちを管理するうえではやはり専門家であった。
「でもな、木造階段に石鹸を塗ったのは、死ぬほど後悔した。どんなに雑巾で拭いても拭いても泡がなくならないんだ。
バケツの水をぶちまけて洗い流そうとしたら、その場で管理人にひっ捕まえられて怒鳴られた。
大量の水で洗い流せば効率が良いと思ったんだがなぁ」
ミハエルは完全に管理人に同情している表情をしている。
爆竹で管理人のズボンに穴の開いた件も、すぐに両親に連絡が行き、後で二人からこっぴどく叱られた。ズボン代もちゃんと弁償した。
「悪戯もだが、喧嘩や格闘もひと通りやったんだぜ」
男児の集まる場所であるから、必然的に力試しはついてまわる。
「喧嘩は勝つためにやる」
実際、アレクサンダーは滅法喧嘩に強く、負け知らずだった。
相手の動きを見極めるのはアレクサンダーの得意とするところだ。
もとから運動神経が良かったが、幼少期から二人の兄に揉まれていたというのもある。
しかし、子どもたちのあいだで最も人気があったのは、なんといっても“真夜中の宴会”だろう。




