第32話 ポップコーン
一日の授業が終わると、二人はいつものように小屋で課題を済ませていた。テーブルの教材を片付けるミハエルの向かいで、アレクサンダーが何やら布袋からごそごそと取り出している。
「鍋を洗ってきた」
小屋の暖炉の壁にかかっていた鉄鍋のことらしい。
先日アレクサンダーが持って帰ったその鉄鍋は、何年も壁にかけっぱなしでところどころ錆びていた。
戻ってきた鉄鍋は徹底的に磨きこまれ、見違えるようにピカピカになっている。
「それでだな、今日つくるのはこれだ」
アレクサンダーが得意げに、鉄鍋の入っていた布袋から紙袋を取り出した。
ミハエルが中を覗くと、乾燥させた玉蜀黍の粒が紙袋いっぱいに入っている。
「これは何?」
ミハエルは、一粒指先でつまんで尋ねる。
「ポップコーンだ」
「ポップコーン?」
初めて耳にする単語に、ミハエルは指先の玉蜀黍の粒をまじまじと見つめた。
玉蜀黍は、たいてい馬の餌にするか一部の農村で食べられるような代物だ。
今からこれを煮るなり焼くなり調理するというのだろうか。
アレクサンダーは、油を垂らした鉄鍋にザァッと袋の中身をあけた。
たちまち鉄鍋が玉蜀黍の粒でいっぱいになる。
それから暖炉の炎の上に設置した。
「見ていろ」
アレクサンダーに促され、ミハエルは鉄鍋に注視する。
しばらくして熱が通り、ひとつ、ふたつ、音をたてて白く弾けた。
「わ、面白いね」
「だろ?」
ミハエルが面白そうに見つめる隣で、アレクサンダーは得意げだ。
アレクサンダーが手際よく鉄鍋をゆすると、ポップコーンとやらは小気味よい音をたて、ポンポンと弾けている。
「ねえ、鍋から飛び出ているのは、いいの?」
ミハエルは思わず尋ねた。
ポップコーンは弾けるたびに元気よく鉄鍋を飛び出し、炉床や炉台のあちこちに転がっている。
「いや」
アレクサンダーが動きを止めた。
ポップコーンの弾ける勢いが徐々に増し、小気味よい音の間隔がどんどん狭まっている。
「おい、止まらないぞ」
アレクサンダーが焦りだした。
「えっ」
ミハエルも思わず声を上げた。
ポップコーンはますますポンポンと勢いよく弾け始め、いよいよ勢いよく鉄鍋の外に飛び出しはじめた。
「ミハエル、蓋だ。蓋をくれ!」
アレクサンダーが緊迫した形相でポップコーンを止めようとする。
次第に爆竹のように勢いを増すポップコーンを前に、熱された鉄鍋を火からおろすこともできず狼狽えている。
「蓋なんてないよ!」
ミハエルも慌ててあたふたと小屋の中を探し回る。
小屋の鉄鍋には元から蓋がついてない。
「蓋の代わりになるものは⁉」
「ない!」
最低限のものさえそろっているか疑わしいこの部屋の中で、蓋の代わりになるものなど見当たらない。
言う間にもポップコーンが弾け続け、暖炉の外のあちこちに飛び散っている。
とめどなく噴出するポップコーンを前に、アレクサンダーとミハエルは二人で狭い小屋の中をオロオロと右往左往した。
ミハエルの目が不意に、アレクサンダーの姿を真正面からとらえる。
いつもあんなに堂々としている彼が、へっぴり腰で無様に取り乱している。
そんな彼に、無邪気なポップコーンたちはお構いなしに降り注いでいる。
なんてマヌケなんだ。
呆然とするミハエルのおでこに、ポップコーンがコツンと当たって転がり落ちた。
ミハエルはあまりの状況にワナワナと肩を震わせ始めた。
もうダメだ、耐えきれない。
次の瞬間、ミハエルは体を折り畳んでその場に崩れ落ちた。
「ぶはっ……ははははは!」
テーブルの脚に寄りかかって腹を抱える。
「傑作だ! あはははははは!」
「お、おい!」
アレクサンダーは何が起きたか分からない様子でポカンと口を開けている。
その姿がまた可笑しく見えて、笑いが止まらない。
アレクサンダーの頭に、一粒の白いポップコーンが引っかかっている。
ミハエルは教えてやろうとアレクサンダーを指をさすが、言葉にならない。
「あはっ、あはははははははは」
相変わらず鉄鍋からはポップコーンがポンポンと小気味よく音をたてている。
まだまだ止まる気配はなさそうだ。
呆気にとられるアレクサンダーをよそに、ミハエルは目に涙を浮かべてヒィヒィと笑い続けた。




