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鈴は不思議な人だった。
無表情で何を考えているのかわからない。
幽霊のように影が薄い…
でも、幽霊とは違い奥底に強い力があるように感じた。
私は鈴の名前を聞いた。
すると名刺を渡してこう言った。
「リンタロウでもスズタロウでも好きに呼んでください。どちらでも同じ名前に変わりはありませんので」
「同じじゃない。音が違えば名前も違う。本当の名前はどっちなの?」
「…どちらでもかまいません」
「…そう」
鈴は本当の名前を教えてくれなかった。
それから鈴に興味が湧いた私は事務所に顔を出すようになった。最初は楠木さんと呼んでいたけど、どうしても鈴には下の名前で呼んでもらいたいと思った。
なんでそう思ったのかは自分でもわからない。
無表情で人に興味なんてないように見えて、
困っている人がいたら助けたいと思っている。
優しい人。
でも、それを表現することが苦手な人。
そして、名前を大切にする人。
自分の名前はどちらでもかまわないと言っているけど、人の名前をすごく大切にする変わった人。
いつも一緒にいる橘くんは鈴とは違った。
思ったことがすぐに顔と言葉にでてくる。単純で純粋で、バカみたいだけど、真っ直ぐで誰にでも優しくて、それが彼の良さなんだと私は思った。
お互いに仲が良くて、信頼し合っていて。だから、探偵と助手なんてできてるんだろうな…。
一度、橘くんに下の名前で呼ばれたことがある。
どうしてかわからないけど、鈴以外の人に下の名前で呼ばれたくないと思った。だから、気安く下の名前で呼ばないでくれる?と言ってしまった。
「この間さ!たまたま見かけたから声かけたらさ!何て言ったと思う!?気安く下の名前で呼ばないでくれる?って言ったんよ!」
「本当のことを言っただけよ?」
「いや!リンちゃんが呼んでるからたまたま言っちゃっただけじゃん!」
「そうなの?じゃあ、もう呼ばないでくれる?」
「呼ばねーよっ!このリンちゃんの偽彼女っ!」
「偽はいらないわよ?」
「うるせー!うるせー!」
祖母が亡くなった今、私を下の名前で呼ぶのは鈴だけ。
橘くんのことは嫌いじゃないけど…。
鈴には橘くんとも仲良くしてくださいって言われたけど、
私を柚葉と呼んでいいのは、鈴だけなの。
いつしか気付いたらコーヒー大好きっ子が、
私のあだ名になっていた。
鈴のコーヒーが好きだから…
意外とそう呼ばれることは嫌いじゃなかった。




