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「今からお仕事ですか?」
暗い夜道の中、僕はそう問いかけた。
「え?…あぁ、探偵さんですか。今は仕事終わりで帰るとこですよ」
「そうですか。てっきり、今からお仕事かと思いましたよ」
彼は笑いながら話しかけてきた。
「探偵さんはどうされたんですか?」
「いえ、貴方にお話を聞きたいと思いましてね」
「俺にですか?」
「はい、貴方のお母様はジェニーと言う源氏名で働かれていたそうですね」
「…そうですね」
「子供の頃は…辛い思いをされたのでは?」
「…何を聞きたいんですか?」
「今日はお仕事をされないんですね」
「すみません。意味がわからないんですけど…」
僕は彼を観察しながら話し続ける。
「色々と調べさせてもらいましたよ。貴方のことを…」
「…はぁ…それで?」
「わかったのは、お母様から虐待を受けていたこと…それとお母様が亡くなられていること…ぐらいですかね」
「…そうですか。それで何なんですか?」
「貴方ですよね?猟奇殺人を行っているのは…」
「…探偵さん。なんかの妄想ですか?」
「貴方は女性を信じられませんか?」
「いやいや、何言ってんすか?」
「誰ひとりも…信じられませんでしたか?」
「マジで言ってる意味がわからないんですけど…」
「貴方ならわかってくれると思ったんですけどね…」
彼はイライラしているように感じた。
「俺、急いでるんで…行っていいですか?」
「そうですか…。申し訳ありませんが待ち合わせをしている女性ならもう帰られましたよ」
「…は?」
「僕との話が長くなるかと思いまして…その女性の方には帰っていただきました。勝手なことをして申し訳ありません」
「あんたさ…言いがかりつけんのやめてくんない?」
彼は僕の胸ぐらを掴んで、睨みつけてきた。
「大体さ、俺がやったって証拠もないのに…めっちゃ迷惑なんだけど?」
「そうですね。貴方がやったという証拠がないから、警察も貴方を捕まえることができませんからね」
「その妄想ってなんなの?つか、何で俺なの?」
「勘…ですかね。それに貴方がやっていることは、ただの八つ当たりですからね」
「…黙れ」
「お母様を恨む気持ちも…貴方のどうしようもない憤りも…他人にぶつけたって何も変わりませんよ」
「黙れっ!」
大声と共に彼は右腕を後ろへとひき、
前へと勢いよく突き出す。
強く握られた拳が僕の左頬に当たった。
「あんたにさ…俺の気持ちがわかんの?」
「わかりませんよ…。わかったとしても…人を殺す気持ちなんて理解したくありません」
「ははっ…そーかい…」
彼はそう言って、胸ぐらを掴んでいた手を、
突き放すように離した。
「なぁー…あんた、奇跡の子って知ってるか?」
「…さぁ?」
「噂話だよ。噂話…その奇跡の子ってやつはさ…どんな傷も次の日には綺麗に治っちまうらしい…」
「…そうなんですね」
「んでよー…奇跡の子を傷つければ、傷つけたやつの不幸や業を吸い取って、傷と一緒に浄化しちまうってよ」
「…そんな話があるんですか?」
「まぁ、都市伝説みたいなもんだよ。実際にいるわけねーよな…。そんなことはわかってるんだけどよ…俺がそうだったら…母さんは幸せになってたのかな…」
「…どうですかね」
「本当に最悪な母親だったけどよ…俺にとっちゃ…たった一人の母親だったんだよ。どんなに殴られても、どんなに傷つけられてもさ…たった一人の…母さんだったんだよ」
彼は暗い夜空を見上げながら話している。
「まぁ、母さんにとっちゃ俺はストレス発散の道具だったんだけどな…。男が出来ちゃ、別れて…俺を殴って…それの繰り返しだよ」
「…辛い思いをされたんですね」
「さぁな。でも、俺の心ん中はぐちゃぐちゃよ…。母さんが好きな気持ちもあれば、殺したいほど憎い時もある。そんな母さんがポックリといきやがってよ…涙も出なかったわ」
「…そうですか」
「女なんてよ。顔がいいとかそんな小さな理由でコロコロ気持ちが変わりやがる…。どんな女も母さんとダブって見えんだよ」
「…だから、殺したんですか?」
「あーあ。俺のこと調べてよ…色々、聞いてくるから話しちまったじゃねーか…」
そう言って彼は僕に近づく。
お腹に強い衝撃がはしった。
「悪いな…探偵さん。死んでくれよ」
僕のお腹には包丁が突き刺さっていた。




