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 夜が明けた。


 いやもう、誰に言われなくてもわかる。

 徹夜で筋トレとかバカすぎた。

 全身筋肉痛で、巨人の筋力弱体光線を浴びたみたいに動きが鈍い。

 たぶん、戦闘でも役に立たないだろう。

 私はそれを、ミアイフォノスの屋敷を目指して魔神街の森の中を行軍するときに気付くのだった。


「う、ぎ……」


 森の中を這う木の根を乗り越えるのにも体が悲鳴をあげた。


「ねぇ、そんなに痛いなら帰ればいいでしょ?」

「いやです」


 英雄ピンクに変身したキュテラに言われて、ローブを目深に被った私は意地でも断る。


「訓練で得た痛みには、女神の奇跡も通じない」

「うぅ、知ってます」


 しんがりを務めるグーナが、聖者の奇跡でも治療できないと遠回しに言ってきた。

 カイルが逃げたり巨人になったりするかもしれない状況で、足手まといになっていて迷惑を掛けているのは重々承知している。


「静かに。もう目の前です」

「……はい」


 先頭で道先案内をするタニトに叱られた。

 貴族の館へ潜入するため毒の大剣を持ってきておらず、軽装だった。


 今日は隠密なので、全員リボンはなし。

 盗賊、戦士、僧侶、魔法使い。

 ぱっと見はRPGのパーティみたいになっていた。

 これはこれでちょっと楽しい。


「あれね」

「ああ、ミアイフォノスの館だ。地下に兆刻された人間を閉じ込めておく牢がある」

「詳しいですね。元国王派なだけあって」


 森の中に佇む邸宅を見つけ、キュテラたちが大木の裏に隠れてひそひそとお喋りする。

 筋肉痛に苦しむ僧侶は置いてけぼりだだった。

 遅れて私も三人の後ろからのぞき見る。


 黒い煉瓦の壁と赤い屋根。

 見間違うはずもない。

 魔獣になりかけた男が、女神団に追われて飛び出してきた館だ。


「館の周りには魔神の目が……、ない?」

「ないわね」

「……妙だな。いつも巡回しているはずだが」

「逆に魔神の目で覗いてみたんだけど」

「先に言え」

「館はもぬけの殻よ。地下にはいっぱいいるけど」

「そうか。なら、コソコソしていても意味はないな」


 私をさしおいて、グーナとキュテラが話を進めていく。

 なんだよぅ。

 このパーティのリーダーは私だぞ。

 たぶん。


「罠の可能性もあります」

「全部つぶせばいいのよ」

「そういうことだ」


 基本脳筋なので理解しやすい。


「道は、私が切り開く。魔獣が出てきたら、私が相手をする。お前たちはついてくるだけでいい」

「じゃ、それで。あ、タニトがピセアを運んでよ」

「私ですか? まぁ、いいですけど」


 いや、それは理解できない。

 引け目があるからと黙っていれば、好き放題やってくれる。

 あ、タニトさん。

 できればお姫様抱っこでお願いします。

 いい? やった!

 あの、ちょっとすごいです。

 私、お胸の布団でつぶされてます。

 暖かくてふんわりと柔らかいのがずっしりと来てます。


「いくぞ!」


 グーナが号令を掛け、私たちは木陰から飛び出してミアイフォノスの館へ突入した。

 館には入り口の模様があるだけで、合い言葉がなければ入れない。


「壁の向こうに怪しい影はないわよ」

「壁を斬る」


 キュテラが魔神の目を使って索敵を済ませる。

 巨人の腕すらも切り飛ばす聖堂剣闘士の斬撃が、館の壁を十字に切り裂いた。

 その切れ目へ、グーナは回し蹴りを叩き込んで大穴を開ける。

 入り口のできあがりだ。


「魔獣!」

「ふん!」

「ぎぃああああああああああ!」


 キュテラが危険を知らせたかと思うと、グーナがなにかを斬っていた。


「殺しちゃったの?」

「いや、浄化した。この館の魔獣は、不完全なものしかいない。はずだ」


 タニトが、私を抱えて館へ踏み入る。

 火の魔法が掛けられた燃えるシャンデリアのある広間だった。

 壁は玉砂利みたいな黒い石壁で、床には赤い絨毯が敷かれている。

 磨かれた壁にシャンデリアの炎が反射して、石窯の中にいるみたいな気分だった。

 壁の瓦礫の中で人間の男性が一人、もがき苦しんでいた。


「地下から来たか。油断なく進むとしよう」

「でしたら、私を先頭にしてください!」

「はいはい。なら、荷物姫は、私が運ぶわよ」


 はいはい。私はお荷物ですよ。

 タニトからキュテラへ配送のバトンタッチが行われた。

 あ、お姫様抱っこは継続ね。

 嫌そうな顔しない!


 本職の斥候が露払いをすると、パーティの移動速度はぐんと上がった。

 キュテラの魔神の目で魔獣がどこにいるか丸わかりだったし、タニトが先制攻撃を一発入れるおかげで、グーナは危なげなく浄化を行えた。

 回復要員の出番がないほどの快進撃だ。


 地下へなだれ込むように進みながらも慌てるような場面には出くわさなかった。

 地下に潜んでいた魔獣は、片っ端から浄化され、薄暗い地下の回廊に男たちの呻き声が亡者の群れみたいに響く。


「あと一人よ」

「え?」

「この先の牢に、あと一人いる」

「あ」


 キュテラがそういうと、私を降ろした。

 お姫様抱っこの形から、肩を貸す姿勢になり、私の歩行をサポートしてくれる。

 黙って肩を貸してくれる。

 お姫様抱っこを希望したことが、しょうもない我が儘で子供っぽく、キュテラのベッドの広さに悔しくなった。


「明かりを付けます」


 タニトが火をおこして、暗い地下牢をランプで照らした。


「手遅れだったか」


 グーナが呟き、魔獣を薙ぎ払い続けた剣を鞘に収めた。


 地下牢の一つ。

 鉄格子の隙間から両手を広げるように釣られた男が、背もたれのない椅子に座らされていた。

 足にも枷があり、床に杭を打たれて立ち上がれないようになっている。

 剥き出しにされた背中には、赤い災害陣が怪しい光を放っていた。


「カイルね?」

「……ああ。誰だ?」

「あんたが刺した神官の仲間よ」

「やっと来たか。とっとと殺してくれ」

「そうしたいけど、いくつか質問に答えてもらう」

「なんだ?」

「彼女の秘密を奴らに喋ったの?」

「……いや」


 カイルが身じろぎして、繋ぎ止める鎖が音を立てた。


「喋ったわよね?」

「喋っていない」

「嘘よ」

「嘘じゃない! 俺は喋ってない! 喋ってないんだ!」

「あんたに秘密を守る理由も価値もないのに?」

「そうだ! あんな奴の秘密を守る意味はない! なのに!」

「なのに?」

「喋ろうとすると、喉が詰まるんだ。魔法でも掛けられたみたいに。国王派の連中に調べてもらったけど、魔法は掛かっていなかった。なぜか秘密を喋れなくなっていた」

「なにそれ? そんな話を信じるとでも?」

「信じなくてもいいさ。それが真実だ」


 キュテラは納得できないとばかりに顔をしかめた。


「さぁ、いい加減に殺してくれ」

「あんた、なんで国王派なんて頼ったのよ?」

「秘密を喋る代わりに見返りをもらうつもりだった。そんだけだ」


 なにもかもが投げやりな受け答え。

 生きることを諦めた覇気のない声。

 聞いていてイライラする。


「その見返りで、何になるつもりだったんですか?」


 私はキュテラの支えから逃れて、鉄格子にしがみつく。

 足腰の筋肉が絶叫を上げるのでふんばりがきかない。

 それでも両腕に力を込めて、鉄格子を力任せに押し広げた。

 こんな鉄の棒なんて、筋肉痛さえなければ楽勝なのに。


 軋む鉄格子が形を変えていく。

 その向こうで、驚いた顔のカイルが振り返っていた。


「お前もいたのか」

「ええ。あなたの転職をまだちゃんとしていませんでしたから!」

「いまさらだ。いまさら暗殺者になったところで」

「あなたのなりたいものは暗殺者だったんですか!」

「……」


 カイルがまた壁を向いた。

 下を向いた。

 後ろを向いた。


「ぬぅぅがぁっ!」


 鉄格子を強引に押し広げて、体を牢へねじ込んだ。

 一人で立つのもつらい。

 全身の筋肉が燃えるように熱い。


「迷える者よ、ダルファディルは希望へ繋ぐ土地。女神に誓って希望を与えよう」


 私は肩で息をしながら前口上を述べた。

 捕らわれている牢獄まで押しかけて転職をすすめる転職嬢というのはどうなのだろう。

 魔法少女的お節介として満点だと思った。

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