34
「お前、なにしに来たんだ!」
カイルが情けなく叫んだ。
震える声で叫んだ。
ああ、まだ彼は本当に諦めきっていないんだ。
今日やりたいことは、魔神の災害陣を書き換えることだ。
未明から朝までに及ぶ筋トレでは、刻まれた災害陣を消すスキルの習得までは至らなかった。
でも、今やりたいことは、カイルの転職だった。
このまま災害陣から助けたとしても、路頭に迷うだけだ。
「やりたいことは二つ。一つはあなたの災害陣を書き換えることです!」
私は兆刻家のスキルを発動して、右手に女神の災害陣と同じ光を宿らせた。
手首から先が、淡い水色の光に包まれる。
初めて使うスキルだけど、筋肉たちが勝手に動いて私の望みを叶えてくれる。
「もう一つは、あなたのなりたいあなたへ転職させること!」
スキルで奇跡の存在になった右手が、カイルの背中へズブリと沈み込んだ。
カイルの体は枯れ枝のように細く、身体能力でゴリ押す戦士系とは無縁だった。
「うっ! や、やめろ!」
「落ち着いて、あなたに刻まれた魔神の災害陣を女神の災害陣へ書き換えるだけです」
「め、女神の災害陣?」
「あなたは知らないかもしれないですが、災害陣は、魔神のものと女神のものの二つがあります」
私は説明しながら、カイルの背中に刻まれた直線的なトゲトゲしい災害陣の紋様を曲線の丸々としたものに手直ししていく。
尖りすぎている部分は握りつぶし、まっすぐな部分はぐにゃりと折り曲げた。
「人為的に刻まれた魔神の災害陣が悪さをするのなら、悪さをしない女神の災害陣へ書き換えてしまえばいいのです」
「なんて乱暴で魔神的な」
私の説明に後ろで見ているキュテラがぼそりと零した。
なんと言われても、今の私にできるのはこれぐらいしかなかった。
魔獣や巨人になってしまった人を殺す以外の方法で救う。
その選択肢をキュテラたちへ見せつけなければならなかった。
国王派の兆刻家が刻んだ災害陣は、順調に丸みを帯びたものへ作り直されている。
私は密かに女神の災害陣ライフヒムも起動する。
カイルの職歴が秘密の文字情報として私の前に現れた。
剣士、4レベル。
斥候、8レベル。
以前に見た職歴となんら変わりはない。
前回は着目しなかった運命ポイントを見る。
20ポイントあった。
斥候をマスターし、女神団も率いていたタニトと比べると少ない。
それでも運命を変えるには十分な数字だった。
これをカイルのなりたいカイルに合わせて割り振ればいい。
「問い掛けます。あなたはなにになりたいんですか?」
魔神の災害陣の書き換えを仕上げながら問い掛ける。
女神の教えがある社会で、唯一この質問が許される特権を行使する。
「……あんたを刺したことは悪いと思ってる。すまなかった。もう殺してくれ。たとえ巨人にならなくても、おれにはなにかを目指す気力も可能性もない」
気力も可能性もない。
前世の私の最終形態を嫌でも思い出すほど似ていた。
これは惰性で生きている人間の言葉だ。
こんな状態の人間を希望へ導くことなんてできるのだろうか。
いや、やらなければならない。
魔法少女なら、絶対そうするはずだ!
「あなたは神殿へ来て、転職条件を無視できる助祭を探していましたね?」
「ふっ、そんなことも言ったな」
「それは私です」
「やっぱりそうか。あれだけの身体能力と戦闘スキル。そういう助祭しか持っていないだろう。俺は頼るべき相手を脅迫した訳だ」
「もう一度聞きますね。あなたのなりたい職業はなんですか?」
「……暗殺者だ。現実的に考えてそれしかない」
現実。
夢も希望もないつまらない言葉甲子園の殿堂入りだろう。
現実は確かにアレだけど、それは今だけの話だ。
「私は理想を聞いているんです」
「理想? そんなものに転職できたとして、能力が見合ってなければ恥を掻くだけだ」
「その心配には及びません。私の転職相談では、能力も一緒についてきます」
「そんな話、信じられるか」
「では、信じなくてもいいので、暗殺者の前になりたかった職業を教えてください」
「……」
カイルが言い淀んだ。
わかる。
私も魔法少女になりたいなんて、人前じゃ言えないもん。
「笑ったりしません」
「……英雄アルギャン」
「んー、すいません。ちょっと聞いたことがない英雄です」
やばい。
私、知識系はなにも鍛えてない。
この世界の歴史とかほとんど知らない。
助けを求めて振り返る。
「あー……」
「くっくっくっ……!」
「別にいいだろう? 男なんだ」
キュテラは呆れたような顔をし、タニトは笑いを堪え、グーナがなにか悟ったように感想を漏らしていた。
「えっと、どんな英雄なんですか?」
「山育ちのあんたは知らなくて当然だけど、そういう伝説の英雄がどこかの国にいたらしいのよ」
「はぁ……。それで、どんな英雄なんです?」
「まぁまぁ、強い」
「それだけですか?」
「かなりずる賢い」
「え、ずる?」
「そして、とんでもない女好きよ」
「……」
おい、カイル。
ふざけんなよ?
こっちは女児向けの魔法少女目指してんだ。
どこの日本で日曜日の朝からドスケベな男の願望を叶える魔法少女がいるんだよ?
私の異世界転生がすべて台無しなんだが、どうしてくれんだ!
「おい、黙るのはやめろ。耐えられん」
こっちが耐えられねーよ。
つーかねーよ。
死ねよ。
「……そうですか」
「なんか、思いっきり残念そうだな?」
「はい? なにか?」
思いっきり不機嫌な声を出した。
カイルの副ステータスを見直していたら、性欲の項目だけ突出していた。
なんだよこのおっさん。
エロゲの主人公になりたいだけかよ。
なーにが現実だ。
格好付けやがって。
分不相応な願望が叶わないのは、厳しい現実じゃなくて、自然の成り行きだっての。
「い、いや……。それで、転職できるのか?」
「今、考えてます。女の敵を増やしていいものかどうか」
「別に女好きのところはどうでもいいんだ。剣を振りませるだけの力と、女を騙すだけの知恵があれば、あとはどうにかする!」
「それが問題なんです!」
悩んでいたら魔神の災害陣の書き換えが終わった。
新しい女神の災害陣の完成だ。
その能力が、ステータスに表示される。
女神の災害陣オンリーワン。
一人の女性を愛し続ける限り、身体へ格別の祝福が与えられる。
複数の女性と関係を持った場合、その人数分だけ生命へ負の祝福が与えられる。
「今の会話、女神様が聞いていたようです」
「な、なんだって? どういう意味だ?」
私はカイルの背中から手を引き抜いてから、淡々と女神の災害陣の効果を説明した。
「そ、そんな……」
ハーレムライフの夢を阻止されたカイルが、これでもかとうなだれる。
そんなにたくさんの女の子と遊びたかったのか。
なんだか。
哀れだ。
「しかたない、転職させてあげます」
「ほ、本当か! 英雄になれれば女の方から寄ってくるし、一生分の金を稼げる! その後は、死ぬまで遊んで釣りが来るって計画がっ!」
「やっぱりやめまーす!」
「なんでだぁ! 頼む!」
いや、だって、生きる希望が邪すぎて生理的にムリなんだもん。
こればっかりは、ティリアの言ったとおりだ。
冒険者の中には、英雄になってちやほやされたいという者がいるという話だった。
カイルもその一人でしかなかった。
「あー、もう、女神様が協力してくれたんだし、転職させてあげますけど」
「お、おう」
「とりあえず能力から。知恵と力が欲しいんですね?」
「ああ、知恵を多めにしてくれると助かる」
運命ポイント20点を知恵に13点、筋力に7点割り振った。
「次に職業ですが、なにになりたいんですか?」
「魔神剣闘士だ。あんたの魔神の手を知って、それがいいと思った」
魔神官と剣闘士の英雄級複合職だ。
魔法も使えないのにずいぶんと高望みをする。
というか、明らかに悪さをするために魔神の力を使おうとしているのがバレバレだ。
「まぁ、いいでしょう。あなたはこれから魔神剣闘士として生きていけます」
女神の災害陣の真の力を発動する。
対象の人生で一度だけ、転職条件をすべて無視してなりたい職業に転職させる力だ。
カイルの職歴に転職へ必要な職業が次々と浮き上がる。
剣士、4レベル。
斥候、8レベル。
武闘家、1レベル。
魔法使い、1レベル。
魔神官、1レベル。
剣闘士、1レベル。
魔神剣闘士、1レベル。
「え、ああ。もうなったのか?」
「はい。ただし、転職したときは、どんな経験があろうとも新人です。それを忘れて、転職しただけで満足しては、折角の職業も意味をもちません。真面目に鍛錬してください」
「ああ! もちろんだ! 任せてくれ! 英雄なんて一瞬でなってやるよ!」
返事だけは元気が良い。
地下牢に響くほどだ。
本当によかったのだろうか。
「はい、それでは転職も終わりましたので彼を……」
振り返ると、鉄格子が派手な音を立ててみじん切りにされた。
グーナが剣を抜いている。
キュテラは手に魔法の炎を迸らせ、タニトはなにやら小瓶をコイントスしている。
「焼き殺す準備はできてるわよ」
「毒殺する準備もできています」
「私には、二度と転職嬢へ脅迫するような輩が現れないように神殿で公開処刑したのちに首を掲げる覚悟がある」
殺意がマックス❤。
とか、ふざけてる場合じゃなくて。
「ちょ、ちょっと! 三人とも落ち着いて! というかグーナさんが一番具体的で怖いです!」
「冗談よ」
「冗談に聞こえない人が一人いますけど!」
キュテラは含みのある言い方をする。
キュテラと話している間にタニトとグーナが牢へ入ってきて、カイルの拘束をナイフや剣で解いていく。
ただの脅かしだったのだろうか。
「いやぁ、助かっひぃぃぃっ!」
グーナが、立ち上がったカイルの首へ刃を当てた。
「今一度言う。私には、二度と転職嬢へ脅迫するような輩が現れないように神殿で公開処刑したのちに首を掲げる覚悟がある」
「は、はぃっ!」
「いつでも貴様を殺せることだけは憶えておけ」
「わ、わかりましたっ!」
張り詰めた空気は、緩むことがない。
グーナは、この場でカイルを処刑しかねない勢いだった。
「そこまでよ。お茶会が始まってしまうわ」
「……」
「そこのお荷物殿下は、グーナが運びなさいよ」
「……ああ、わかった」
私を運ばせることで、グーナの剣を収めさせる見事な作戦だと言わざるを得ない。
お荷物扱いは腹が立つけど、今回だけは許せる。
さぁ、グーナさん、剣をしまって私を運んでください。
もちろんお姫様抱っこですよ!
あ、さすがに軽々と。
グーナさんだと、なんか安心しますね。
私だけじゃないんだって。
え、なにが?
大丈夫。受容はあります。
私は、グーナに抱きかかえられて牢を後にした。
カイルは、救出と死刑宣告を同時に受けて、地べたにへたり込んで呆けていた。
館の外まで連れ出したかったけど、雰囲気的にムリだ。
ごめん。
「この魔獣だった人たちはどうするつもり?」
「聖堂剣士の応援をあらかじめ呼んである。外で合流したら、この屋敷を調査してもらうついでに、身柄の保護を頼む」
「それなら良し。心置きなくお茶会へ参加できるわね」
グーナとキュテラが、撤退の手はずを確認する。
地下から一階へ続く石階段を上り、外の匂いがし始めた。
タニトは、冒険者らしく館の外へ出るまで無言だった。
「お茶会でなにを話します?」
壁の穴を超えて、タニトが何気ない質問をする。
重苦しい雰囲気の館から外へ出たのに、重い沈黙が返る。
キュテラは、勲章をもらって英雄になることが目標だった。
自分からは言い出せないだろう。
グーナは、罪を罰して欲しいと言う願いをまた言うだろう。
二人からは、楽しい会話を引き出せそうになかった。
しかたなく私が発言する。
「私は、自由を望みますけど」
「またですか」
「そういうタニトさんは?」
「私は……っ!」
言いかけたタニトが、先頭から背後へ回って短剣を抜いた。
グーナは私を庇って館から離れ、その前にキュテラが立った。
館から荒々しい吐息とペタペタという足音が迫ってくる。
もうカイルしか残っていないはずだ。
災害陣の書き換えが失敗して、魔獣になってしまったのだろうか。
不安と緊張が、胸を締め付ける。
「はぁ、はぁ、ま、待て!」
「……なんの用です?」
タニトが代表して質問した。
「れ、礼を……。この礼は、必ずする!」
「別にいりません。これは、ダルファディルの転職嬢として当然の仕事ですから」
やんわりと断りをいれる。
カイルもまたティリアのように義理堅い冒険者なのだと思った。
「いーや! それじゃ俺の気がすまねぇ! 絶対、この礼はする! 俺に、まだ生きる希望をくれたんだ! ありがとう! そして、すまなかった! だから!」
あのカイルが、涙を流しながら叫んでいた。
これまでのカイルからは想像もできないほど素直だった。
「あーもう、勝手にしてください!」
「ああ、そうさせてもらう! あんたの秘密が俺を変えてくれたんだ!」
それ以上は付き合わず、私は黙った。
私の秘密がカイルを変えた?
どういうことだろう。
「あいつ、本当に秘密を喋らなかったのね。というか、喋れなかったのね」
「そういう意味なんですか?」
「あんたが見栄を張ったベッド。ゆりかごみたいに寝心地がよかったのよ」
キュテラの解説は、多分に貴族的言い回しが含まれていてよくわからない。
要約すると、カイルは私のベッドで心を入れ替えたらしい。
「……そうですか」
「なんだか嬉しそうね」
フードを被っているのに声の調子でキュテラにはバレてしまう。
「そんなことはありません」
「どうだか」
キュテラが歩き出し、グーナとタニトもカイルへ背を向けた。
異世界で魔法少女になるという目標は、半分くらい達成できただろうか。
女児が涙するような人助けはできなかったけど、最高の仲間ができた。
ひとまずは、巨人に勝利し、カイルの巨人化を防げたことを喜ぼう。




