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「ティリアなら火時計を持ってきてるだろうけど」


 中世っぽい異世界だと正確な時間を知ることができなくて歯がゆい。

 昼間は太陽の傾きでだいたいの時間を掴み、夜は夕方に灯した火時計の減り具合で時間の経過を認識する。

 山奥で時間感覚もなくすごしていたから、ダルファディルに来て火時計を知ったときは大きな衝撃を受けた。


 筋トレを一時中断して、水分補給となにか食事をしようと思って部屋を出る。

 隠れ家は静まり返っていて、無人の廃屋かと感じるほどだった。


 エントランス兼リビングには、ティーセットがなくなった物寂しいテーブルと乗客ゼロのソファーがぽつんと残されていた。

 隠れ家らしく夜は灯火管制が行われる。

 窓という窓は分厚いカーテンで閉め切られ、煌々と灯るような光源は存在しなかった。

 私の部屋もロウソクなどはなく、夜になれば暗いままだ。

 エントランスだけは、小さなランプが各部屋のドアの横に置かれ、足下の安全を確保している。


「キッチンになにかあればいいけど」


 小さな道しるべを頼りにドアを開けた。

 食堂はまっ暗で、キッチンへ繋がる奥の部屋のドアの隙間から弱々しい火の明かりが見えた。


「ティリア? いるの?」


 呼び掛けながらそっとドアを開ける。

 竈と調理台の間にかろうじて人一人が通れるような隙間があり、そこへ椅子を持ち込んでこくりこくりと船を漕ぐティリアが座っていた。

 調理台の上に置かれたランプが、調理台の上に蓋をしたプレートを照らしている。

 私の気配に気付いて、ティリアが寝ぼけ眼を無理矢理開いた。


「……ぁ、ピセア様」

「えっと、喉が渇いちゃって」

「すいません。寝てしまいました」

「え? 別に構わないし、部屋で寝た方がいいよ?」

「いえ、ピセア様が頑張ってるんです。私もお付き合いします」


 ティリアが立ち上がり、調理台に用意していた水差しからグラスへ水を注いだ。

 ランプの明かりでかろうじて見えたティリアの顔は、むっとしていた。

 付き合わせて申し訳ない気持ちと、誰かに見守られているくすぐったさがあった。


「ありがとう。ティリア」

「言っておきますけど、これは私の意志です。決して、お嬢様に言われたからではありません」

「わかりました。勘違いしてません」

「それと、よかったらこちらも」

「ん? なになに?」


 グラスを受け取りつつ、ティリアがプレートの蓋を開けるのを待った。

 気になってはいたし、小腹も空いていた。


 銀の蓋が持ち上がると、こんがりと飴色に焼き目のついたドラムスティックが現れる。

 骨付きの鶏のもも肉だ。

 丸々としたものが三本もある。

 以前、ティリアに焼き鳥風のものを食べさせたことがあった。

 タレを再現するのが難しくて、ティリアといろんな調味料を混ぜて試行錯誤した。

 納得のいくタレができて、それをティリアに食べてもらったとき目をこれでもかと見開いて驚いていたのを思い出す。

 同時に、腹の虫がなった。


「あ……」

「ピセア様が食事も取らずに部屋に籠ってしまったので、用意しておきました」

「ありがとう!」


 ティリアが、椅子を引いて着席を促した。

 礼を言ってそそくさと座る。

 こんな王女でいいのだろうか。

 いいよね。

 空腹時に焼き鳥に抗える人類はいない。


「以前教えてもらったソースを塗りながら炭火で焼きました。味見してみましたけど、あのときと同じだと思います」

「頂きます」


 私はティリアと鳥に感謝をしながら、塩ダレの滴るこんがりもも肉へかぶりついた。

 絶妙なしょっぱさと鶏皮のパリパリともも肉のほろほろが、頬張った口の中をアツアツの肉汁で一杯にする。

 さっぱりとした鳥の脂が滑らかなのどごしを生み、もう最高だった。

 未成年でなければ、お酒と一緒に食べたいくらいだ。


「んーっ! 美味しいよティリア!」

「ピセア様のレシピが素晴らしいだけですよ」

「でも、なんでできたてなんです?」

「ああ、魔法の食器です。さすがはウーラニア公の隠れ家ですよね。まるで冒険者の食器棚みたいに様々な魔法の品が置いてありました。保温のプレートのおかげで、焼きたてのままピセア様へお出しすることができました」

「へー、便利な道具もあるんですねー」

「はい」


 そう言いつつ、ティリアがおにぎり大のパンが入ったバゲットを調理台に乗せた。

 狭いキッチンのどこから持ってくるのか不思議だった。


「パンだ。いいね」


 パンとドラムスティックを交互にかぶりつく。

 どこが王女だと疑問を持たれる魔神的な食事だった。


「ふぅ、お水を飲みにきただけなのにお腹一杯だ。これで朝まで頑張れるよ」

「……正直、ピセア様がそこまでするほどの男だとは思えないのですが」

「うーん、やっぱりそう思うよね」

「いえ。先ほどの話から、ピセア様の目指す女王なり英雄なりの理想像を目指してのことだと思い、こうしてお付き合いしています」

「あー……。もし、私がカイルのために頑張っていたら?」

「薬を仕込んででもお止めします」


 そういうティリアは、殺意にも似た鋭さの眼差しになった。

 こういう手段を選ばないところは冒険者だからだろうか。

 真正面からティリアの視線を受け止めても、私には一切の圧がない。

 ティリアの苛烈さは、私の行動を妨害するためでなく、カイルへの敵意だ。


 キッチンの薄暗さに目が慣れると、もう一つの目的を見つける。

 時計だ。

 銀細工のシリンダーで、小皿が上から下へ下がる仕組みになっている。

 小皿には魔法の氷が乗っており、徐々に溶けているようだった。

 シリンダーの幹には6という数字が彫られていた。


「ティリアは厳しいね」

「逆恨みと裏切りは、徹底して叩きつぶさないと足下を掬われますから」

「憶えておくよ」

「はい」


 私は、ティリアに激励されたわけじゃないけど張り合いが出てきていた。

 ティリアはまだ納得していない。

 ティリアが納得できるだけの結果を出して、見せつけて、ドラムスティックを作って良かったと思わせないといけない。

 そんな気がした。


 部屋に戻り、腹筋の痺れを確認する。

 絶賛超回復中で、さらなるトレーニングは意味がなさそうだった。

 女神の災害陣を起動して仕上げに入る。


 私の職歴に新たな職業が記載される。

 召喚術師と彫り師をマスターしたことによって現れた、兆刻家という職業。

 私は、全身の筋肉をそれに転職させる。


「さて、朝まで6時間」


 氷時計の6は、日没からの6時間の意味だ。夕方が一八時からだとしたら、もう日付が変わるころだ。

 アフターファイブの折り返し。

 長い夜の後半戦。

 達人職のさらに上にある英雄職の習得に、どれほどの筋トレが必要なのか考えたくもない。


「やるだけやる。手抜きはナシで」


 私は気合いも新たに筋トレに勤しむことにした。

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