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謁見室からエントランスホール、そこから階段を引きずられて王宮の正門の外まで運び出された。
「おお! 王女殿下が出てきた……ぞ?」
「なんだ? 仲間に押さえつけられてるけど?」
「なにか女王陛下とあったのかしら?」
謁見室でのことを知らない民衆は、祝賀ムードで浮かれている。
それを台無しにする不穏な空気を作り出してしまった。
私は空気を読んで口を閉じ、キュテラへ目配せする。
気付いたキュテラが、手を離し、にこやかな顔で民衆へ手を振った。
私も育てあげた表情筋を使って無理矢理ニコニコする。
タニトもグーナもニコニコする。
それがこの場を切り抜けるための最善の表情だった。
「いや、なんだか楽しそうだ!」
「きっと素敵なお言葉と褒美をもらえたのね!」
「ありがとう! 英雄たち!」
歓声と喝采を導きだし、私たちは内心で安堵する。
脅威が去ったばかりなのだから、不安を感じさせたくなかった。
私たちは勝利を称えられる英雄を演じて、王宮前広場から抜け出した。
神殿へ戻ると言い出したグーナと途中で別れる。
タニトも後で隠れ家へ行くと言って姿を隠した。
私とキュテラは、頃合いを見計らって魔神の脚で飛んだ。
魔神の目と尾行を警戒し、隠れ家へと戻る。
「おかえりなさいませ」
隠れ家では、本日のMVPのティリアが待っていた。
「ティリア~!」
私は思わずティリアを抱き上げてぐるぐる回った。
「はぅわわっ、ど、どうされたんですか!」
「ティリア、ありがとう! ティリアのおかげで頑張れました~!」
「そ、そんなことはありません! 私はただピセア様の荷物を届けただけですから!」
私とティリアの勝利の舞を横目に、キュテラが変化の仮面を外してソファーへどさっと倒れ込んだ。
「あー、疲れた。ティリアのおかげっていうのは間違ってないわね。あの差し入れのポーションは、かなり助かった」
「お役に立てて良かったです」
「うん。だから、その筋肉王女から抜け出して、紅茶ちょうだい」
「はい。ということなのでピセア様、降ろしてください」
キュテラからの珍しい助け船で、私はティリアをハグから解放せざるをえなかった。
私の魔法少女ライフを実現してくれたティリアへ、もっと感謝の抱擁を続けたかったのに。
私は少し不機嫌になりつつも、神話級の巨人という課題をこなしたことで達成感も得ていた。
今はとにかくリラックスしたかった。
「わかった。じゃあ、私は鎧を脱いでくる」
「はい。紅茶をご用意してお待ちしております」
床に足をついたティリアが、頬を赤くしながら答えた。
お人形みたいに抱き上げてしまったのは失礼だったかもだけど、ティリアが不愉快ではなさそうで安心した。
私は、エントランスにキュテラとティリアを残して部屋へ戻る。
給料二ヶ月分のマナディアの武闘装甲を脱いで、ストレッチする。
強ばった体が、魔法少女らしからぬゴキゴキという音を立てた。
「……紅茶飲もう」
ときおり、自分の体が魔法少女のような華奢で繊細な作りをしていると勘違いし、そうでなかったと気付いて落ち込むことがある。
なりたかった魔法少女としての能力と引き替えに、なにか大事なものを捨ててしまったのかもしれない。
そういう現実から目をそらすために、私は紅茶を求めて部屋を出た。
階下ではすでにお疲れ茶会が催されていた。
テーブルの上にカップが並べられている。
いつもより一つ多かった。
慣れた隠れ家というのもあった。
私は、梯子を使わず、ロフトから飛び降りた。
「失礼しまっ……!」
「……巨人討伐で浮かれすぎだ」
裏口から入ってきたタニトを驚かせてしまい、グーナには注意された。
「あ、ごめんなさい……」
不覚だ。
魔法少女として、周囲の人々の動きに注意しないといけなかった。
疲れたときこそ私が癒やし系にならねばならない。
「家ではサルみたいに落ち着きがないのよ、うちの殿下は」
「あやまりました!」
紅茶のカップを揺らしながら毒を吐くキュテラの隣へ座る。
初めて来たグーナは、外観と内装の違いに感心しつつ、ティリアに案内されてタニトと対面のソファーへ座った。
「グーナが来るから、カップが多かったんですね」
「ええ、タニトなら連れてくると思ったからね。女神団なんて荒くれを従えるほど、面倒見が良いみたいだし」
キュテラは、そう言いながらグーナと睨み合っていた。
素顔で会うのは、これが初めてだった。
「なるほど、貴族の友人か。そして、英雄ピンクでもあると」
「そういうこと。あの時はどうも」
「……なぜ、呼んだ?」
「少し手伝って欲しいことがある。嫌なら情報だけちょうだい」
「聞いておこう」
キュテラは、すでに別の目的を持っているみたいで、紅茶を楽しむ様子はなかった。
グーナは、キュテラの話へ耳を傾けていた。
話というのは、カイルのことだった。
グーナは特に感情を荒立てることもなくキュテラの話を聞き終わると、一言告げた。
「その男なら知っている」
「なんですって?」
「その男の所在も知っている。奴は、国王派へ接近してきたからな。女王の秘密を知っていると言ってな」
「やっぱりね。女王の秘密を知ったなら、国王派へ取り入ると思ってた。で、場所は?」
「ミアイフォノスという貴族の屋敷だが、奴はその秘密を明かさなかった」
「は?」
グーナの言葉にキュテラが眉をぐにゃっと皺寄せた。
「理由も何をしたいかもわからない。国王派の幹部は、そいつの処遇に困り、巨人の素体にすると言っていた」
「まさか、さっきの巨人がそうなの?」
「いや、あいつはまた別人だ。個人的に女王の秘密を探っていた情報屋だったらしい」
グーナの話を聞いていて、胃がムカムカしてきた。
権力を握るために、人を巨人や魔獣へ変えていく神経が許せなかった。
「殿下、場所がわかった以上、私はカイルを始末します。放っておけば、また神話級の巨人を作られてしまいますし」
「私もそのつもり。あんたが許したからといって、ほうっておけない」
タニトとキュテラは、巨人と戦った後だというのに殺意を漲らせた目で私を見る。
私は、一縷の望みを託してグーナへ問い掛けた。
「以前、魔獣化しかけた人の災害陣を浄化していました。巨人の災害陣も同じように浄化できますか?」
「それは……、無理だ。あの日、お前の目の前で浄化した魔獣は、不完全な災害陣のものだったらしい」
「不完全?」
「ああ。兆刻家と呼ばれる国王派の幹部が言っていた。災害陣を刻むのに少し間違えたため、ちょっとの女神の力ですぐに浄化できてしまうと」
「では、人間を巨人に変えてしまうような完全な災害陣の場合は?」
「お前もさんざん見ただろう? 私が奇跡の光でいくら斬っても浄化できなかった神話級の巨人を」
グーナが、疲れた声で言った。
なによりの証拠と、さっきまで戦っていた。
災害陣を浄化するスキル持ちは、誰もいない。
少なくとも今は。
「一日、いえ一晩だけ時間をください」
「災害陣を刻む技術を見つけたと言っていたわね」
「はい。一晩で、それを身につけてみせます」
私の宣言に、キュテラもタニトも嫌そうな顔をして目配せをする。
「わからないわね。どうしてあんな男のためにそこまでするの? 好きなの?」
「いえ、まったく」
「だったらなんで?」
「ここで見捨てたら、私のなりたい英雄や女王になれない気がします」
本当は魔法少女だって言いたいところを我慢した。えらい。
キュテラはいまいち納得していない顔をしていた。
タニトは、はぁと溜め息を吐いて諦めの色を見せる。
グーナは、私の目をじっと見つめて真意を探っていた。
「どうします?」
「本気のようだ」
「……一晩だけね」
タニトが伺いを立て、グーナが現状を報告し、キュテラが結論を出した。
なんだろう。
この三人は、将来の大臣かなにかなのだろうか。
「ありがとう」
「明日のことは、私たちで決めておくから時間を無駄にしないことね」
「うん。じゃあ、部屋にもどります」
キュテラが微笑み、静かなエールをくれる。
この友人が笑顔で背中を押してくれるだけで、私は半分くらい目標を達成したような気分になる。
部屋に戻ると、さっそく女神の災害陣を起動する。
ライフヒムの力で、筋肉を羊飼いに転職させた。
「よし、筋徹だ」
筋トレで徹夜するの略だけど、誰も使ってない。使わない。
私は腕立ての姿勢になり、羊飼いをマスターするまで筋トレをスタートした。
基本職なだけあって、ものの数分で羊飼いの職業レベルがマックスになる。
「はぁ、はぁ、これで300回くらいか」
道のりは長くもあり、時間制限のせいで短くもあった。
羊飼いをマスターすると、ニーナの言ったとおり達人職の召喚術師へ転職可能になる。
魔神や女神の眷属を召喚できる職業だった。
転職条件が、羊飼いと聖者、魔神官というかなり難易度の高い職業だ。
「職業三つぶんか……。なんにせよ、召喚術師ね」
私は床とベッドの隙間へつま先を差し込んで座ると、腹筋の構えに入る。
不安はあった。
複合職や達人職は、習得に掛かる経験値が多くなる傾向にあった。
それも職業三つ分のものとなれば、習得には何年もかかるはずだった。
腹筋300回では、まったく足りないだろう。
それでもやるしかなかった。
筋肉がはち切れ、痛みと熱を帯びる。
収縮と緊張の負荷を与え続けた。
腹筋5000回に到達したとき、私は大の字に倒れる。
「はぁ、もうっ、やだっ……」
腹筋に染みこんだ、筋肉のねじ切れたような痺れと痛みでおかしくなりそうだった。
召喚術師がマスターレベルに到達した。
魔神からもらったマッスルブリーダーで、筋肉の得る経験値は激増している。
女神からもらったライフヒムで、その筋肉が召喚術師に転職している。
通常の方法よりも短い時間で職業を習熟できるけど、短期間での習得ができるだけ、筋トレの地獄を味わわなくてはならなかった。
「なんであんな奴のために」
つい、口から弱音が零れた。
本音はある。
不満もある。
「……今、何時だろう」
ベッドと床の隙間に突っ込んでいたつま先を引き抜いた。
足の甲に真っ赤な太い線ができている。
他人、それも害を為す他人のために努力する悲しい痕だった。




