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 巨人がしぼんだことで、南門広場は戦場の空気から変わりつつあった。

 張り詰めた緊張は緩み、戦いで昂ぶっていた熱は冷め、純粋な疲労感にとってかわる。

 仕事を終わりの空気だ。

 このまま四人で打ち上げでもしたい気分だった。

 さしずめ、巨人討伐お疲れ様会だろうか。


「あなた方が巨人を倒した冒険者たちか?」


 十数人の部隊で押しかけ、やぶからぼうに聞いてきた。

 青い意匠で統一された防衛隊だ。

 巨人との戦いで壊滅したと思ったが、まだ職務を遂行する元気があるらしい。


「冒険者ではないわよ」

「あなたはそうだろうな。英雄ピンク」

「あら、ご存知だったの?」

「そして、神殿に仕える聖堂剣士殿も違う」


 指揮官らしき男がキュテラの軽口を無視して、グーナへ目を向けた。

 グーナは、巨人を倒してからも表情が晴れない。

 なにかをずっと思い詰めている。


「そちらの二人です。翼を持ち、たぐいまれなる武術で巨人と戦った武闘家とシャルジャンを彷彿させる巨剣の戦士。英雄ピンクと聖堂剣士殿と合わせて、王宮へ招待したとの女王陛下から案内を仰せつかった」

「いえ、私は女王陛下の御前に出られるような人間ではありません」


 女王からの招待を前に、グーナが片膝をついて申し出た。


「ほう、どんな理由があるのです?」

「私は、長らく国王派のスレイヤとして活動していました。巨人と戦って当然の罪を犯しました。私は裁かれるべきです。どうか、私にはしかるべき罰をお与えください」

「……ならん。それも女王陛下の判断されること。私は、あなた方四人を王宮へお連れしなければならない。こちらの馬車へお乗りください」


 防衛隊の兵士が、グーナの要望を一蹴して、私たちを馬車へ詰め込もうとする。

 相手も職務を全うしたいだけだし、ごねてもしかたない。

 私はグーナの肩へ手を置いて言ってやった。


「スレイヤは、私がぶっ飛ばしたんだから、気にすることないですよ。それに、母さんがグーナを裁くって言うなら、必ずやめさせますから」

「な、おい、よせ。私はきちんと裁かれたいんだ!」

「絶対させません。さぁ、馬車に乗りましょう!」

「……なぜだ? 私は英雄ピンクを斬り、女王陛下にまで牙を剥いたんだぞ?」

「それって、国民を守りたかったからですよね? 権力を奪いたいだけの国王派とは根本が違うんですから、母さんのベッドから落ちることはないです」


 グーナの肩をキュテラがポンポンと叩き、無言で顔を横に振って馬車へ乗り込んだ。

 スレイヤと散々やり合ったタニトも涙を拭ってから、グーナの背中をパンと叩いて馬車へ乗る。

 ベッドの話をしたからか、二人ともベッドの大きさと暖かさをこれでもかと見せつけていった。


「なぜだ? お前たちは、私を憎く思っていたのではないのか?」


 グーナの目は怯えたように震えていた。

 私は、その目をしっかりと見据えて言う。


「そのリボンを付けたときから、グーナさんは私たちの仲間です」

「仲間? 仲間だから罪を許すというのか!」

「そうです」

「そんな……。そんなことがあって……」


 グーナはきっと自分にも他人にも厳しく生きてきたんだと思う。

 甘えることは許されないと考えていたんだろう。

 グーナの目から厳しさで押し殺していたものがこぼれ落ちた。


 女の子の涙を中断させるのは魔法少女的によろしくない。

 グーナの涙が落ち着くのを待ってから馬車へ乗ることにする。

 馬車の乗り口で待機していた防衛隊の人は、仏頂面で待ち続けてくれた。

 あとで謝ろうと思う。




 グーナが泣き止んだのはそれから数分後だった。

 泣き慣れていないからか、泣くのを我慢し続けたせいなんだと思う。

 ああいう頭がぐちゃぐちゃになるような感情はもっと泣いて吐き出した方がいい。

 私はそれで十年くらい持ちこたえた。前世では、だけど。


「もう、大丈夫だ」

「うん」


 グーナが馬車へ乗り、私も乗り込んだ。

 二頭立ての四輪の馬車は、座席が前後にあるキャリッジだった。

 後ろの座席には、キュテラとタニトが腰掛けており、私とグーナは一番目立つ前の席へ座ることになった。


「これより巨人討伐の功労者を王宮へお連れする! 丁重に進め!」


 防衛隊の人が号令を掛けると、馬に乗っていた兵士が手綱をたわませる。

 馬が静かに走り出し、キャリッジの車輪がゆっくりと回り出した。

 ダルファディルの石畳をゆるゆると王宮へ向かって進む。


「これでは見世物だ」


 グーナがぼそりと呟いた。

 天井も壁もない乗り物に乗せられて、注目の的だった。

 避難の完了した街で衆目もなにもないけど、グーナは居心地が悪そうだった。


 馬車は、無人の街をゆっくりと進み、王宮へ近づいていく。

 王宮の前の広場へ差し掛かり、わっと歓声が上がった。

 そこは、避難した住民や冒険者たちで溢れかえっていた。


「来た! 新たな英雄たちが来たぞ!」

「本当にピンクを身につけてやがる!」

「英雄シャルジャンのピンクの近衛兵の復活だ!」


 どよめきと歓喜が私たちの乗る馬車へ押し寄せた。


「英雄ピンクだ! 本当の英雄になりやがった!」

「ありがとう英雄ピンク!」

「これからも頼むぜ! 英雄ピンク!」


 謎の英雄、英雄ピンクは絶大な信頼をさらに堅固なものした。

 キュテラは後部座席で背筋を伸ばして座り、手を振って笑顔で応えた。

 いつものふてぶてしい態度はなりを潜め、屋根の上を駆け回る英雄になりきっている。

 悔しいけど、そういう姿はキュテラにしかできない。脱帽だ。


「団長! あんたについていって良かった!」

「まさかシャルジャンと同じになるなんて思いもしなかったぜ!」

「今日は飲みましょう! 酒を用意して待ってますんで!」


 女神団の団長は、むさ苦しい部下たちから親しみを持って迎えられた。

 彼らの戦いを多くの人は知らない。

 彼らだけが、この結末が集大成だったことを分かち合える。

 タニトは、そんな部下たちへやれやれといった感じで手を上げて応えた。


「聖堂剣士からも一人出てたのか」

「ああ。あれはグーナっていう凄腕の剣の使い手だ。巨人と戦えるのは彼女しかいない」

「聖堂剣士殿! お疲れ様でした! いつも街の見回り、ありがとう!」


 やはり国王派のスレイヤに比べてしまえば、聖堂剣士としてのグーナの知名度はそんなになかった。

 衆目から賞賛されるのが慣れないグーナは、カチコチに固まって、カクカク頷く。

 グーナなりに民衆へ応えていた。


「おい……、アレって」

「ええ、ピンクの髪よね……」

「それより顔よ! 顔! どういうこと……?」


 三人への賞賛に混じって、疑念の声が聞こえる。

 私の顔や髪に向けられるのは、疑念の眼差しばかりだった。


「開門! 国王陛下がお出でだ!」


 私たちの馬車が到着する前に、王宮の門が開いた。


「これはなにごとだ! 王宮にこのような者を招くなど聞いていないぞ!」


 門前に赤いマントをひらひらさせた男が現れ、馬車の先頭を歩く防衛隊の兵士へ怒鳴り散らした。


「あれが国王ダルタニスよ」


 キュテラが私に耳打ちした。

 髭を蓄え、髪をオールバックにした男だ。

 目つきはシャルジャンとは真反対で、愛嬌とは無縁のギラついたものだった。

 尖った髭は、往年の魔法少女の父親像でもあるが、私は髭よりもその若さに驚いた。

 若者ではないが、青年と呼べるような年齢に見える。

 一体、いくつの時に女王の婿になったのだろう。


「それになんだその女は! 英雄のマネをして王宮に入るなど、女王を悲しませるだけではないか! 帰らせろ!」


 なんとも立派な建前だった。

 私は、国王にも顔が見えるように馬車の上で立ち上がった。


「不遜な! 国王を見下ろすなどなにを考えて……、いや、そんなバカな! だが……」


 否定したい気持ちと妙な納得に国王が狼狽えていて面白かった。


「私たちは女王陛下に招かれました! 陛下を悲しませることはありません!」

「なに? いや、今はそれよりも、お前は何者だ!」


 ついに来た。

 いつかは問われるだろうと思っていた。

 これまでの私は、ずっとこの問いかけから逃げていた。

 この問い掛けに答えたら、魔法少女になれないと思っていたから。

 今でもそう思っている。

 でも、もう逃げない。

 私は、この世界で魔法少女になる方法を見つけたから。

 魔法少女に匹敵する英雄という存在になりたいことへ気付いたから。


「私の名は、ゼルピセア! この顔も、髪も、生まれつきです!」

「な……、るほど、そうか! 貴様が女王の作った不貞の子供か!」


 これが、私の初めての義父との会話である。

 最高でしょ?

 国王もうすうすは気付いていたのかもしれない。

 私の名乗りに動じたもののひるみはしなかった。

 それどころか、攻撃的な笑みを浮かべていた。

 火に油を注いでしまったみたいだ。


「その髪は父親から受け継いだのだろう! シャルジャンか! 民よ! これが女王の不貞の証! こんな英雄ごっこしかできない娘を産んだ女王に、この国を治める権利などないっ!」


 ああ、こんなところで権力争いを始めるんだ。この人。

 キュテラが嫌うのもわかる。

 巨人を倒して平和を守ったのに、彼は権力の座に就くことしか考えていない。

 国民の祝賀のムードを壊してしまうのは、魔法少女として見逃せなかった。

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