27
英雄は死んだ。
今、私が担いでいるのは、英雄を模した石にすぎない。
私の仲間たちは、死んだ英雄に愛着なり、目標なりを見いだしている。
それどころか、身を挺して英雄の石像を守ろうとした。
「パパンは、モテモテだねぇ」
一ミリも表情を変えていない石の像へ思わず語りかけた。
一緒に過ごした時間は一秒もないけど、このダルファディルに来て、父のことを意識しない時間も一秒となかった。
キュテラの話では、女王の愛した英雄。
タニトが言うには、私と母さんのために戦った父親。
グーナにとっては、幼いときの心の支え。
これが偉大な存在って奴?
「負けられないよね」
合ったことも言葉を交わしたこともないのに私に影響を与えてくる。
実に父親らしくてウザい。
そんなウザい父親は、国王派にとっては目の敵で、変なところに放置することはできなかった。
「ママンのところが無難か」
私はまっすぐに王宮へ向かった。
巨人が現れたとあって、警備が厳重だ。
王宮の敷地はもちろん、屋上やテラスに弓兵がいた。
面白いことに、彼らはことごとく目が良いらしく、王宮へ近づく私に弓を構えた途端、驚いて構えを解いた。
弓兵が困っている姿を見ながら、王宮の真上に差し掛かろうかというときに気付く。
「あれ、あそこだけ弓兵がいない。とりあえず、あそこへ父さんを置いて、みんなの所へ戻ろう!」
警備の穴を見つけ、私は無人のテラスへ降りる。
担いでいた父親をどこにもぶつけないように細心の注意も払う。
ぶつけたら女王以前にキュテラたちから文句を言われそうだったから。
台座の砕けたところがごつごつしていて、バランスが悪い。
飛び出た所を蹴って整えてから、ようやく父親を降ろした。
「誰だ! ここに女王陛下がいると知っての狼藉か!」
「あ! すいません! すぐに出ます!」
「待ちなさい」
テラスのガラス戸が開き、兵士らしき人に怒鳴られた。
謝ってからテラスの手すりに脚を掛けて飛ぼうとしたとき、かつて聞いた声に呼び止められた。
広場に向けた顔が、魔神の手で掴まれたように動かなくなった。
女王のいる部屋。
ということは母親がいる。
この街で世話になったキュテラも大司祭のベルトも王宮と繋がりがある。
私がいることはすでに伝わっていると考えて間違いない。
「その髪は魔法で染めたのか?」
「……生まれつきです」
「そうか」
落ち着いたママンの声だ。
明らかに肉親へ語りかけるような温かみがある。
なんでだろう。
顔を合わせにくい。
私は、ママンの望んだ生き方をしていないかもしれない。
そう考えたら突然、ママンと向き合うのが怖くなった。
「シャルジャンを守ってくれたのか?」
「私の仲間たちが、ことごとくシャルジャンが好きで、シャルジャンがいると巨人と戦えないと言うものですから」
「ふ、面白い仲間たちだな」
「はい」
「顔は見せてくれないのか?」
十四年ぶりにあった娘の顔ともなれば、それは見てみたいだろう。
でも、この都に来て、髪と顔を隠して過ごした経験が、少しだけ母と同じ顔を嫌に思わせた。
ダルファディルでの不便な生活。
その元凶が、すぐ後ろにいる。
今まで感じたこともないような反発心が生まれつつあった。
このタイミングで反抗期に突入したらしい。
母親への無条件反発を理性で押さえ込んで、手すりにかけた脚を降ろす。
一呼吸置いて、ゆっくりと振り返った。
「な!」
最初にリアクションしたのは、ママンの後ろに控えていた近衛兵だった。
「あ」
「……似ているな。当然だが」
私は鏡を想像していた。
でも、ママンの顔は鏡ではなかった。
年相応に老けているわけでも、女王としてガチガチに強ばっているわけでもない。
ああ、この人が私を産んだのだと直感できるくらいに血の色を見た。
たぶん、私がママンから受け継いだ顔のパーツは、目と鼻だろう。
鋭い眼光と臭い物を鋭敏に嗅ぎ取りそうな高い鼻だった。
口元はあまりにも愛嬌がなく、美しさに混じる汚点の一つでさえあった。
「お前には、この国へ戻って来て欲しくなかった」
「え?」
ママンは、私の顔を見て満足したのか、ふいと目をそらして広場の巨人へ転じた。
広場からは、防衛隊が巨人と戦う剣戟の音が響いている。
魔法が爆発し、投石機がうなり、巨人が吼えていた。
「お前の父が死んで、お前を守り切れる自信がなくなった。人間は一人だと弱いな。一人で鉱脈を掘り抜くドワーフほどの精神力が私にもあれば、もっと母親らしくなれただろうに」
「……別に寂しくはなかったです」
「そうか」
母親と呑気に話をしている場合ではないのに、テラスから抜け出す気にならない。
なにか、やり残したことがある。
心へ棘のように刺さっている。
ざわざわと胸騒ぎがして、落ち着かない。
なにか、選択を迫られているような居心地の悪さだ。
次に発する言葉が、確実に人生を変える。
そんな予感がしていた。
「なぜ、巨人と戦う?」
ダルファディルの女王が、凄みのある目つきで私を射貫いた。
母ではない。
女王だ。
国王派と権力を争う張本人が、娘の顔をした協力者へ疑いの眼差しを向けた。
娘というだけでは信じられないらしい。
それが玉座を預かるということなのだろう。
私は答えねばならない。
魔法少女だからだと。
「私は、戦うために生まれて来ました。山奥の武闘家たちの家で育ち、友人から魔法を教わり、都で英雄の話を聞きました。それらが、すべてこの髪に繋がっている気がしてなりません」
「戦わせるために産んだのではない。ただ、この国を壊そうとする男の子供など孕みたくなかっただけだ。相手は………………、誰でも良かった」
わかりやすい嘘だ。
そんなに躊躇ったらバレバレなのに。
でも、おかげすっきりした。
「なら、選んだ相手が悪かったですね」
「なんだと?」
「私は、この髪に恥じない戦いをすることしか考えていません」
「……死なずに勝てるのか?」
「はい!」
ママンがなにを怖れているのか、嫌でもわかる。
パパンの二の舞になって欲しくないのだ。
「じゃ、いってきますね! 母さん!」
「ん? なに? なんだ?」
「……陛下のことです」
まさか母と呼ばれることを想定していなかったとは。
お付きの衛兵が申し訳なさそうに耳打ちし、女王はハッとした顔をする。
それから狼狽えて、なにか言おうと口を開くも言葉にならない。
私は、そんな母へニッと歯を見せてから、王宮のテラスから飛び降りて、羽を広げた。
「ママンとはまたあとで話そう。今は巨人だ」
正直、一緒にいたくない気持ちの方が強いけど。
降って沸いた反抗期に嫌な予感もしていた。
私は人生二週目で、精神的には成熟していると思っていた。
この不安を端的に言うならば。
この体には、もう一つの魂があるみたいだ。
この世界の輪廻転生がどういうものか知らないけど、本当の王女の魂が覚醒したら、私の魂は消えてしまうのだろうか。
「この体が借り物だとしたら、下手な戦いはできないなぁ」
「殿下!」
広場へ向かって飛んでいると、声を掛けられた。
ガラガラと木の車輪が石畳を走る音に気付いた。
その馬車は、木馬が荷台を牽引していた。
御者は、浮浪者の格好をしたティリアだ。
私は滑空をやめて急降下し、馬車の前へ降り立った。
「ティリア!」
「お嬢様から王宮にいると聞き、荷物を届けようと思っていました」
「荷物……、できあがったの?」
「はい!」
ティリアが満面の笑みで答える。
ゴーレムの馬を止めて、荷台に掛けていた布をめくると、ピンクの織物を取り出した。
「エルフの女性が、刺繍を入れてくれました。ピセア様へのお礼だと言っていました」
「エルフの……、あー、あの人か」
つい先日、冒険者から機織り職人へ転職したエルフの女性のことだ。
私はティリアから帯のような太さのリボンを受け取った。
そのリボンの端には、百合とも薔薇とも言えるような不思議な花が銀の刺繍で活けられていた。
「この花は?」
「ダルファディルの花です」
「え?」
「ご存知ありませんか。女神の世界に咲くと言われる花です。伝説では、その花は枯れることがなく、この国の国宝として保管されているという話です」
「へー、知らなかった。本当にこういう花なの?」
「それは、エルフさんの想像の花だそうです。実物は、誰も知りません」
「そうなんだ」
「早速、付けましょう。他の皆さんは、もう付けていますよ!」
「う、うん」
ティリアが、いつになく積極的で圧倒される。
それが少し、無理をしているようにも見えた。
ティリアは、リボンを私の腹へ巻き付け、ぎゅっと締め上げる。
苦しいですかと聞かれても、これは私の望んだアイテムなんだから苦しいなんて言わない。
そのまま腰におっきな蝶を作ってもらい、着付けは完成した。
道のど真ん中でこんなことをしていても誰も気に留める人はいない。
避難が進んでいるのか、人がいないのだ。
「あと、これをどうぞ!」
「ん、なに? 香水?」
「いえ、魔法薬です。戦闘で消費した魔力を癒やす薬です」
「……それって高いよね?」
「こんなときに値段は気にしなくていいですから!」
私はティリアに叱られ、その魔法薬の小瓶の栓を抜いて、中の液体を一気に飲み干す。
鼻の通りが全開になるようなミント系の匂いと、胸が焼けるような酒気にむせた。
これ、未成年が飲んで良い物なのかな。
ただ、奇跡も魔法もまだまだ撃てるような気分になる。
ゲーム感覚で言えば、MPが回復したんだろう。
「ありがとう。ティリア。でも、ここまでしてもらわなくても大丈夫だよ」
「……かつて、私のいたパーティは魔法薬を切らしていて、敗北しました」
ティリアが話したがらなかった過去を話すのは、珍しい。
私は黙って耳を傾ける。
相談室で聞いたのは、パーティで唯一の生き残りで、もう二度と冒険はしたくないという話だけだった。
「私はもう、誰も失いたくない。仲間の死体を荷台へ載せて走るなんてことはしたくないんです」
「うん」
「荷台に載せた瀕死の仲間が、一人、また一人と言葉を発しなくなっていくんです」
「……うん」
「聖者のいる街まで、どんなに遠かったか。どれだけ涙を流したか」
ティリアが涙をこぼしながら訴える。
私は、それを受け止めることしかできなくて、ただただ頷いた。
「どうか、どうか死なないでください」
「ティリアと同じ事を母さんにも言われた。私は死なないし、誰も死なせない」
ティリアの頭に手をやり、ぽんぽんと元気づける。
「だから、ティリアも安全なところに逃げるんだよ?」
「……ぁい」
「よし。じゃ、行ってくる!」
ティリアの頷きを確認してから、翼を広げて飛んだ。
真上に飛んでからホバリングする。
南門広場で巨人が大暴れしていた。
前線は踏み荒らされ、投石機は片っ端から引っこ抜かれていた。
ダルファディルの上空は、穏やかな日差しと風で満ちている。
死の恐怖ですくみあがって冷え切りそうな体が火照る。
死ぬことが怖いんじゃない。
たぶん死んで誰かを失望させたり、悲しませたりするのが怖いんだ。
「希望が二つ。私の中にある。これを守るぜ。魔法少女なら!」
気合いが入る。
仲間たちが待っている。
飛ぶしかない。
翼を思い切り羽ばたかせ、広場を目指した。




