25
隠れ家に入ると、誰も帰っていなかった。
巨人が来ると伝えたいけど、最悪のことを考えて、戦う準備を先にする。
自室へ飛び込み、マントとローブを脱ぎ捨て、洋服箪笥から勝負服を取り出す。
「頼むよー、給料二ヶ月分!」
私はそれを手にした。
ずっしりとして、銀を基調としてひんやりとした印象がある。
マナディアという希少で頑丈な鉱物で作られた武闘家の装備だった。
ただの防具ではなく、名工の賦与術師による銀の細工がされている。
魔法に対しても防御力を発揮し、防具を着けたことによる体重の増加を減少してくれるエンチャントが掛かっていた。
庶民が店頭で買える代物ではない。
キュテラの紹介状でやっと入店できた貴族御用達の店で買ったものだった。
それらを胴体、両腕、両足に装着する。
「スキャンダラスプリンセス、ファイナルバトルモード!」
姿見でちゃんと装備できているか確認した。
軽くシャドー組み手をしてみても、装備に緩みはない。
「マジックカール」
マジックシニヨンを解除して、新たな整髪魔法を掛ける。
生まれた時から一度も切っていないハイパーロングヘアの先端が、床から数センチ浮き上がるようにカールした。
これもキュテラに教わった魔法だ。
「よし」
ローブを手に取り、部屋を出ようとして思いとどまった。
「ローブは……」
必要なんだろうか。
私は、王女の顔を出してタニトとグーナを誘った。
それなのに顔を隠して戦うのは違う気がする。
ただ、顔をさらせば王女であることがバレる。
それがとてつもなく恐ろしかった。
今までのような庶民の身分でいられなくなる。
自由な立場。責任を負わなくていい立場。
そういうものを手放すことになる。
「この世界の魔法少女は英雄なんだから、ここで怖じ気づいたらだめだよね」
思い残すことはあった。
災害陣を刻む職業に到達できなかった。
巨人を倒すという選択肢しかない。
魔法少女として、あるまじきことだった。
巨人を倒せば、後悔することはわかりきっていた。
失敗を怖れるなら、フードで顔を隠した方がいいのもわかってる。
「魔法少女は、顔を隠さない!」
なぜなら、勝利は素顔の笑顔とセットだと決まっているからだ。
私はローブをベッドへ放り出した。
「今日が、本当の魔法少女デビューだ!」
隠れ家が大きく揺れた。
とっさに壁へより掛かる。
外から激しく打ち鳴らされる警鐘の音が聞こえた。
「来た。まずは救助と避難。それから決戦だ」
私は優先順位を確認しながら部屋から出て、エントランスへ飛び降り、隠れ家を出た。
結界の外へ踏み出すと同時に、魔神の脚でシャルジャン公園のある南門前広場へ。
そこにある冒険者の宿の屋根へ着地する。
風にピンクの髪がなびいた。
生え際がぞわぞわする嫌な風だ。
ダルファディルを囲む城郭は、高さが八メートルくらいある。
この世界で、女神の由緒を持つ唯一の王族が住む国だからだと、キュテラから聞いた。
守りの強固さは、巨人を意識してのものだと気付いたのは、英雄の話を聞いてからだ。
その高層の壁を頭一つ追い越した巨人が、こちらを見ていた。
スキンヘッドで、目はない。
眼球のあるべきところには真っ黒な穴がぽっかりと空いていた。
口には歯列の悪い牙が並び、口の端からはよだれが垂れている。
それ以外は極めて人間に近いが、肌は死者のように青白い。
それに、その肌には脈打つような真っ赤な災害陣が浮かび上がっていた。
「巨人だあああ! 王宮の方へ逃げろおおお!」
屋根の下で、店主の絶叫じみた避難誘導が始まった。
「避難が始まる。とにかく時間を稼がなきゃ」
私は魔神の脚で飛び、城郭へ拳を振り下ろそうとする巨人へ肉迫した。
「させるかああああ!」
振り上げた拳へ拳を叩きつける。
小さな拳がぶよぶよとした肉へめり込む。
手応えがなかった。
「あれ、ちょちょちょっ!」
私は拳もろとも城郭へ振り下ろされた。
城郭が轟音とともに崩壊する。
砕けた石材が背中に刺さる。
そこへ押しつけるように巨大な拳が、私の体を圧迫した。
「こんのおおお!」
力で負けている気はしない。
ただ踏み込みが甘かった。
もっと遠くまで殴り飛ばすようなイメージでやらないと、巨人には響かないらしい。
魔神の腕を呼び出して、拳を押し返す。
不可視の腕が、巨人の拳を浮かせた。
その隙に体勢を立て直して、魔神拳士の技を放つ。
「爆炎魔神撃!」
魔神の腕に炎の魔法を込めて打ち上げる。
爆発が奔流となって巨人を仰け反らせた。
「出し惜しみはナシだ!」
聖なる翼を広げて崩れた城郭から飛び立ち、追撃に入る。
巨人に匹敵する拳を女神へ祈った。
天魔拳士を習熟して得られる技、天魔の拳だ。
奇跡の力で、巨大な質量が拳に宿る。
「天魔、剛掌っ!」
仰け反った巨人の顎へ大質量の掌底をぶち込む。
イメージはそう、背後にあるエルフの国の森まで飛ばす感じで。
「ごぁっ!」
牙の乱立する巨人の口からくぐもった声が漏れる。
ああ、人間だ。
痛みを感じて、苦しむ心ある人間を殴ってしまった。
頭蓋を縦回転させる力が働き、巨人の体が一回転して吹き飛ぶ。
神話級だと言うから、人間の力ではどうにもならないかと思ったけど、職業が神話級ならなんとかなりそうだった。
巨人が大の字になって腹から地面へ倒れ込んだ。
大地を揺らし、地響きを鳴らす。
少し派手にやり過ぎたかも。
「油断するな!」
地上からグーナの声がした。
土煙の中で、不吉な赤い光が走る。
「え」
私は、空から見放された。
聖なる翼が私の意志に反して消えたらしく、地面へ落ちる。
着地をしようと体を動かすも、言うことをきかない。
ずんと音を立てて、私は背中から地面へ叩きつけられた。
麻酔でも掛けられたように体が重かった。
「弱体の災害陣だ。あの光は周囲にいる存在を無差別に弱体させる」
「え、それはマズイ」
「ああ、あの光がある間は、筋力に依存しない技を使うといい。例えば、信仰心による斬撃とかなぁ!」
グーナは剣を抜いて、奇跡を込めて斬光を放つ。
立ち上がろうとする巨人に当たり、スパりと切り傷が花開いた。
「まずいますいまずい……」
私はただひたすら焦る。
だって、私の職業は全部筋力依存で習得しているから。
地べたに這いつくばったまま巨人を見上げるしかなかった。
「どうした? 立てないほどではないだろう?」
「いや、それが立てないんですけど」
「……無理はするな。私が命に替えても守る」
グーナに失望された!
格好悪いところを見せたくなかったのに!
くそう!
筋肉ダルマに特攻の筋肉弱体ビームとかふざけんなよ!
反則だ! 反則!
「来い! 聖堂剣士グーナが相手をしよう!」
グーナがタンクらしく、私を背にして巨人を挑発する。
巨人に言葉は届いているのだろうか。
巨人が完全に立ち上がると、グーナの奇跡で斬られた傷が煙を吹き出して癒えていく。
毎ターン自動回復とかいう能力だろうか。
巨人はグーナを見下ろしてから、ダルファディルへ向き直り、大きく脚を踏み出した。
城郭はまだ完全に壊されていない。
巨人が入り込むには、もう少し壊す必要があった。
「ふん、ならばそのまま切り刻むまで!」
グーナは剣を振りかぶり、一撃、二撃と奇跡の斬撃を飛ばした。
巨人は躱すことなく、ひたすら傷を負っていく。
しかし、その傷は片っ端から煙を噴き上げて治っていった。
明らかに火力不足だった。
「火力が足りてないわね!」
「キュテラ!」
城郭の上に英雄ピンクが現れた。
燃え盛る魔神の腕を二本従える姿は、頼もしい限りだった。
「おらぁ! 燃えろおおお!」
ドスの利いた声でキュテラが吼える。
炎のワンツー魔神パンチが巨人の顔面に入る。
爆発が二度響き、巨人の歩みを止めた。
「次は雷だ!」
魔神の拳が紫電を帯びると、二本とは思えない数の拳が巨人の顔から胸へ突き刺さる。
雷鳴の嵐が起きた。
巨人は最初、無抵抗で受けていたが、次第に耐えられなくなり腕を盾にする。
傍目に見ても雷撃の音が強く、凄みを増していくのがわかった。
「マジックバーサーカーが発動してる!」
魔法を使えば使うほど威力が上がっていくなら、筋力を弱体化させる巨人なんて関係なかった。
むしろキュテラにとって、格好の的だ。
「あっはっはっは! どうした! もっと抵抗してみせろぉ!」
女児向けではないし、魔法少女としてもアウトだけど、キュテラは楽しそうだった。
ただ、巨人はやられっぱなしではなかった。
ばかっと口を開け、獣のように吼えた。
「ごおおおおおあああああああああ!」
大音声は衝撃を伴い、ダルファディルに襲い掛かった。
城郭にいたキュテラも魔神の脚で回避する。
私はとっさに耳を塞いだ。
グーナも剣を地面へ突き立てて、同じように耳を塞いでいる。
「うっさい巨人がよぉ! ファイアフレイル!」
巨人の直上へ移動したキュテラが、炎の鉄球を作り出していた。
キュテラが炎の鎖を操ると、巨人をすっぽり包むほどに巨大な火球が降ってくる。
「良い魔法だ。巨人も災害陣を切り替えるしかない」
グーナがぼそりと呟く。
巨人は再び災害陣を発光させた。




