23
スレイヤとの戦いから二日経ち、私は焦っていた。
「おかしい。災害陣に繋がる達人職が出てこない」
青い光の文字をベッドの上で眺めながら呆然とする。
彫り師、マスター。
絵描き、マスター。
彫刻家、マスター。
銀細工師、マスター。
賦与術師、マスター。
新たに五つの職業を筋トレでマスターしたが、達人職が現れない。
この二日間で、無駄に手先が器用になってしまった。
唯一、彫刻家と銀細工師の複合職で賦与術師が習得できたけど、災害陣には繋がらなかった。
「なにか違うんだ。災害陣を描くには、もっと根本から変えないとだめだ」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
「ああ、ティリア。ありがとう」
部屋にティリアがやってきた。
ちょうど良いので相談しよう。
「ちょっと意見が欲しいんですけど」
「はい。なんでしょう?」
「災害陣を描けるような職業になるには、どんな仕事をしたらいいと思います?」
「さぁ、まったく想像もつきません」
「そっかぁ」
「ダルファディルの転職嬢が、職業の専門家なので、私はなんの力にもなれません。もし相談なさるのでしたら、神殿へお出かけになってはいかがでしょう?」
「おお! その手がありました!」
灯台もと暗しで目から鱗が落ちる感覚だった。
女神の災害陣があるから、私以上の専門家はいないと思い違いをしていた。
善は急げだ。
神殿へ行こう。
「キュテラはどうしてます?」
「カイルを追って、ダルファディルを飛び回っておいでです」
「ダルファディルから逃げちゃったかもですねー」
そうあって欲しいと、私は思っている。
いろいろと我慢して許したのだから、殺されては元も子もない。
「ピセア様に頼まれた品ですが」
「あ、うん。できそうですか?」
「はい。今日にはできているそうなので、この後、取りに行こうと思います」
「あ、じゃあ、一緒に出かけましょうか」
「はい」
私は旅人のマントのフードで髪と顔を隠して、ティリアは浮浪者の格好で街へ出た。
適当な路地裏へ隠れて、白いローブへ着替え、神殿へ向かう。
ティリアは浮浪者の格好のまま機織りギルドへ向かった。
私の秘密は漏れていない。
そういう確認を毎日しているが、一度漏れた秘密をこれから先、ずっと気にしていくかと思うと恐ろしい疲労感に襲われる。
そう、これから毎日残業だと言われたような気分だった。
すれ違う人の話し声に聞き耳を立てる。
「今日はなんだか人が少ないな」
「ん? そうか?」
「ああ、いつも世話になってる酒屋の親父も言ってたんだ」
「言われてみれば、そうかもなぁ」
王女の話はなし。
でも、人が少ないってなんだろう。
私はフードの目深さを気にしつつ、街の様子を見ながら神殿へ歩いた。
神殿の前まで来て、ちょっとした変化があった。
具体的に誰がいないとは言えないけど、いつもの風景から一人か二人、人影が減っているような気がした。
気のせいだと言われれば、それまでだけど。
神殿の広場は、職を求め、転職を希望する相談者で変わらず溢れている。
「冒険者が減ったのかな。まぁ、いまは当初の目的を果たそう」
私はニーナへ会いに来た。
もし、ニーナから情報を得られなかったら大司祭のベルトへ聞くつもりだった。
相談室の並ぶ助祭用通路で待ち伏せをする。
今はがっつり業務中で、助祭は相談を受けて大忙しだった。
私が休んでいるぶん、誰かが苦労していると思うと、他の助祭と顔を合わせるのは気まずかった。
できれば、ニーナだけピンポイントで会いたい。
そんな願いを女神様に祈っていると、相談室から誰か出てきた。
「あ」
「え、う、あ、お、おはようございます!」
「おはようございます。ニーナさん」
「ぅぁぁぁ、ほん……、もの……だ……」
ニーナが直立不動で震え上がっていた。
「ニーナさん、少し話があります」
「は、はい。あの、できたら刑期の短いもので……」
今にも泣き出しそうな顔でニーナが言う。
キュテラから妙なことを吹き込まれたのか、私をなにかの執行者だと思っているふしがあった。
「転職のことで相談があるんです」
「転職のこと?」
「はい」
私とニーナは連れだって祈祷室へ行く。
幸いにして人はいない。
「そ、それで転職の相談ってなんでしょう? あ、もしかして王女へ転職したいとか?」
「いえ、そういうことではないです」
「そ、そうですか」
「実はいま、災害陣を刻む職業について調べているんです」
「さ、災害陣を刻む!」
「しっ、声が大きいです」
「す、すいません」
「彫り師と魔法使い、あるいは魔神官で、それに繋がる達人職が解放されると考えたんですが」
「えーと、そうですね。災害陣は魔神のものと女神様のものがありますから、魔神官と聖者は必須だと思います」
「ですよね」
いつになく真剣なニーナは、お喋りな口を閉じて思案する。
秘密を知る前のおどけたニーナしか知らない身としては、とても新鮮だった。
というか別人にも見える。
「……召喚術師かも、しれないですね」
長い沈黙の末、ニーナが自信なさげに言った。
「召喚術師ですか? どうして?」
「畏れ多いことですが、女神様や魔神の力を引き出すには召喚術のような力が必要かと思いました」
「なるほど」
脳筋にはない発想だった。
「召喚術師に転職するにはなんの職業が必要ですか?」
「確か、魔神官と羊飼いだったかと」
「羊飼い! あ、すいません」
意外な職業が現れて、自分が大きな声を出してしまった。
「ですけど、召喚術師だけではたぶん足りないと思います。彫り師というのも必要になるかもしれないですね」
「ありがとう。参考になりました」
「は、はい。よかったです」
ニーナは、終始恐縮して居心地が悪そうだった。
「それじゃ私は、帰ります」
「あの……、私はどうしたら?」
「秘密を守ってくれれば、あとは自由にしてください。あ、でも、私が災害陣を刻む職業を調べていることは秘密に」
「あ、はい。あの、実は伝言を預かっていまして」
「私に?」
「はい。グーナから話があると」
「グーナさんが?」
「あの、秘密は伝えてませんからね」
「うん。わかりました。それで、時間と場所は?」
「時間はいつでもよくて、シャルジャンの像の前で待つとだけ」
「……そうですか。それは何日くらい前に?」
「一昨日だったかな」
「伝えてくれてありがとうございます。これはキュテラに伝えました?」
「いいえ。ピセア……様にとのことなので」
「はい。それでいいです。では」
「はい」
私はニーナを残して祈祷室を出た。
グーナが私を待っている。
しかも時間を指定せずに。
よほどのことがあるのだろう。
もしかしたら英雄ピンクだったことがバレて、そのことで話をするかもしれなかった。
「まだいるかな」
私はシャルジャンの像がある公園へ足を運んだ。




