22
災害陣は、女神と魔神だけが刻める特別のものだと教わった。
これを持って生まれた子は、少なからず人生に波風が立つ。
私は王宮から遠ざけられ、山奥に隠された。
隠されたと言っても、師匠のゲーオスが受け入れ先で、武闘家として育てられたけど。
「女神や魔神に通じる職業なら、聖者や魔神官がある。でも、それは災害陣に至る職業ではない」
これは、私がすでにマスターしている職業なので、確定していた。
自室へ戻ってローブを脱いで、ベッドへ放り投げた。
誰も部屋に来ないことを確認してからドアを閉じて、災害陣を起動する。
青と赤の輝く線が浮かび上がる。
女神の災害陣ライフヒム。
魔神の災害陣マッスルブリーダー。
片方は曲線が多く、蔓のような印象がある。
もう片方は直線で整えられてトゲトゲしく、獣の牙や鋭い目つきを思わせる。
私の場合は、それらが重なり合って、青い葉と赤い花のようになっていた。
「これは、やっぱり入れ墨って考えた方がいいのかな」
災害陣へ至る職業は、それしか考えられなかった。
私のステータスが開く。
青い光が文字となって空中に展開される。
料理人、マスター。
薬草師、レベル1。
洗濯人、マスター。
武闘家、マスター。
魔法使い、マスター。
神官、マスター。
運任せ、マスター。
魔拳士、マスター。
武神官、マスター。
魔神官、マスター。
聖者、マスター。
聖拳士、マスター。
魔神拳士、マスター。
拳天使、マスター。
天魔拳士、マスター。
見よ、この輝く職歴の数々を!
最後の天魔拳士は神話級の職業だ。
これをマスターするのに三年も掛かった。
毎日筋トレをして、コツコツと職業経験値を稼いで到達したのだ。
「あ、運命ポイント2点溜まってる。筋力に振っとこうっと」
グーナとの戦いで運命に立ち向かう力が強くなった。
小さい頃からの運命ポイントは全部、筋力に振っている。
私のステータスは、英雄から受け継いだ筋力と瞬発力しか取り柄がない。
このステータスを見たときから、物理特化の人生に、魔法少女生にすると決めていた。
「割り振り終了。これでまた筋力の成長が加速する」
筋力の成長に期待が持てたところでさっそく転職する。
天魔拳士をマスターした私の筋肉を彫り師へ転職させる。
女神の災害陣が強く輝いて、私の筋肉を転職させた。
これで筋トレするだけで、彫り師の職業をマスターできるようになる。
「知識系じゃなければ、これでマスターできるんだけどねぇ」
私は愚痴っぽいことを独りごちながら腕立ての姿勢に入る。
このチートじみた合わせ技の弱点は、知識を得られないことだった。
例えば、薬草師。
有用な薬草の見分けはつくけど、なんの病に有効なのか不明なままだったりする。
料理人などは、うまい食材の組み合わせ、調理法を感覚的に憶えることができた。
なんにせよ、今の私にできるのは筋トレだ。
筋肉を鍛えて、道を切り拓くしかない。
「いっち、にー、さん、し……」
私は腕立てをやり始めて、ふと視線を上げて動きを止めた。
ベッドの下に、ティリアがいた。
ピカピカと発光する災害陣の光を抑える。
秘密を見られた。
頭が真っ白になりかけながら、ティリアへ尋ねた。
「そこでなにをしてるんです?」
「その、部屋の片付けをしていて、たまらずピセア様のベッドでうたた寝などをしていたところ、ピセア様が戻ってきてしまい、慌てて隠れていたところです」
「……私の腕、見ました?」
「ええ。女王が王女を隠した本当の意味を理解するとともに、その秘密をこのような形で知ることとなり、もうベッドの下で一生を過ごした方が良いのではないかと考えていたところです」
「ベッドの下からは出てください。秘密についても口外しなければ怒ったりしません」
私は、溜め息をついてから腕立てを再開する。
どうしてこうも秘密を守れないものか。
魔法少女として、割と致命的なのでは?
「本当に、本当に申し訳ありません。ピセア様の秘密を盗み取るなど、万死に値します。こうなったら、私の災害陣も見せるしか罪を償う方法がありません」
ベッドの下から這い出たティリアは、メイド服のスカートをめくり上げようとする。
そんなところに災害陣があるんかい。
などと、つっこんでいる場合ではなく、私は慌ててティリアのスカートを押さえた。
「待った待った! そこまでしなくていいですから!」
「……恩人の秘密に触れてしまうなんて、こんな仇となることはありません」
熱心な女神信仰ではなかったけど、秘密を知ることにショックを受けているようだ。
「この秘密を知ってるのは、ティリアで二人目です」
「もしかして、お嬢様が最初の一人ですか?」
「そう。幼い頃に見せました」
話していて、懐かしさが込み上げてくる。
「キュテラが、師匠の鍛錬場に来たとき……、師匠って言うのは武術の師匠ね、師匠の課した鍛錬がこなせなくて泣いてしまったことがありました。今考えても、十歳の女の子がこなせるようなものではなかったと思います。そのときに災害陣を見せたんです」
「災害陣の力を使ったんですか?」
「うん。強くなるための力を与えました」
「……お嬢様は、なんでも一番にピセア様のことを知るんですね」
ティリアの声が低くなり、震えていた。
病みの気配を感じる。
女の子座りになり、憔悴しきった顔だった。
「ああ、でも、災害陣のせいで普通の人生を歩めなくなったことは、ティリアが一番理解してくれると思います」
「……はっきりとわかりました。お嬢様にはかないません」
ティリアが微笑み、涙を流した。
なんか吹っ切れたみたいな笑顔だけど、実は吹っ切れてないパターンだよね?
これはきちんと向き合わないとマズイ。
筋トレを中断。
胡座をかいて、ティリアと向き合う。
濡れた目としっかりと視線を合わせる。
一瞬、怯えたように瞳が揺れた。
けど、それはほんの迷いのようで、すぐに私の目をまっすぐに受け止める。
「ティリアはスゴイよ。キュテラに負けず劣らず、生活の色々で助かってる」
「素敵なベッドです。わざわざありがとうございます」
「お世辞じゃないよ?」
「そのように受け止めておきます。ところで、ピセア様はなぜトレーニングを?」
ティリアに、私の本心が伝わったのか不安だ。
涙は消えて、穏やかに微笑む姿は日常の風景そのものだった。
その日常を破壊するのは忍びないけど、緊急事態は告げねばならない。
「神話級の巨人がやってくる。そのために鍛えてます」
本当は、将来的な災害陣の解除のためだけど。
「神話級……。そ、そんなものと戦うつもりなんですか?」
「そうだ。これはまだキュテラにも見せてなかった」
私は私の守りたい人たちを心に思い浮かべ、それを祈りとして女神に捧げた。
「あ」
私の背中から一対の白い翼が生えるのを見て、ティリアが小さく驚く。
拳天使を習熟することで得られる奇跡の翼だ。
空を飛ぶための奇跡であり、防御にも使える守護の翼でもあった。
「どう? きれいでしょ?」
「はい! とても美しいです!」
「これを見たのは、ティリアが一番最初です」
「あ、ありがとうございます!」
ティリアの顔がようやく曇りのない晴れやかなものになる。
「あの、わがままを一つ言ってもいいですか?」
「ん? なに?」
「その羽、触ってみてもいいですか?」
「いいよ」
「し、失礼します」
羽をティリアへ近づける。
ティリアが緊張した面持ちで手を伸ばす。
私は意地悪で羽をひょいと持ち上げて逃がした。
驚いたティリアが、悲しそうな顔をするので、にやっと笑ってみせる。
「そ、そうですか。私のようなものには触られたくないということですね!」
弄ばれたとわかると、ティリアはふて腐れてそっぽを向いた。
私は雇用主ではないけど、その友人で客人だ。
ティリアは無礼を働かれても強く反発することができない。
パワハラになるかも。
「ごめんなさい。今のはちょっと趣味が悪すぎました」
私は贖罪の意味も込めて、羽でティリアの頭をぽんぽんと撫でた。
羽に感覚はないけど、ティリアの髪が柔らかくて滑らかそうだった。
「本物の鳥の羽のようです」
「そう? 奇跡で作った光属性の魔法の羽ですけど」
「女王ゼルクレアは、またの名を勇翼の女王とも言われています。その王女であるピセア様が翼を持ったと知れば、国民は大いに喜ぶでしょう」
「そうですか」
「はい。そうですよ」
ティリアは目を輝かせて訴える。
王女としての覚悟。
王女として期待されること。
どちらも望まぬことだった。
「……あまり、嬉しくなさそうですね」
「わかります?」
「はい! ピセア様のお気持ちは誰よりもくみ取れると思っています!」
「私が、まほ……じゃなかった英雄ピンクになりたかったことは知っていますね?」
「はい。ウーラニアのお屋敷に響くほどの声でしたから」
「私は、巨人や魔獣と戦いたいんです」
「そうでしたか。先日、英雄に憧れたことはあるかと聞かれたのは、そういうことなんですね」
「うん」
「……英雄の再来を望む民衆の声もあります。そして、ピセア様も英雄を目指すというのなら、私のやるべきことは決まりました!」
「え?」
「ピンクの近衛兵の復活です!」
一瞬、ティリアがなにを言っているの理解できなかった。
ピンクの近衛兵って、英雄シャルジャンが率いていた近衛兵団だよね。
それを復活させる?
「どういうことですか?」
「英雄になるというからには、一緒に巨人や魔獣と戦ってくれるお仲間がいらっしゃるんですよね?」
「はい、います」
「人数を教えてください!」
「キュテラと女神団のタニト」
「お二人……、だけですか?」
「うん。あ……」
ふと、グーナのことが脳裏を過った。
彼女は、巨人の襲撃で犠牲になる人を減らしたいだけだった。
手段は違えど、女神団もスレイヤも目的は同じだ。
タニトが仲間になったのなら、グーナも仲間になる可能性があった。
「いや、もう一人いるかも。まだ説得しきれてないですけど」
「三人ですね。わかりました。なにか英雄の率いる部隊に相応しいシンボルを用意いたします」
「シンボル……」
私の魔法少女センサーが、ここだと反応した。
「それなら用意してもらいたいものがあります」
「はい! なんなりと!」
魔法少女に近づくためのチャンスは見逃せない。
巨人との戦いで、絶対にアガるアイテムを調達するのは悪くない考えだった。
私は、すっかり元気になったティリアへ、そのアイテムを注文した。




