20
エルフの森から隠れ家へ帰る。
森の上に飛び上がって、エアウォールでけんけんぱしながらダルファディルへ戻った。
路地裏へ行って、ティリアのマントを回収し、隠れ家へ魔神の脚で飛んだ。
「ただいま」
スレイヤの正体がグーナだったこと。
暴れ足りないこと。
不完全燃焼を過剰摂取しただけだった。
「おかえり」
「な……」
「……え?」
キュテラの隣にタニトがいた。
ローブ姿のキュテラは下着が見えるほど着崩してソファーでくつろいでいた。
タニトはその隣ででかしこまったまま、私を見て固まっている。
私もタニトがいるとは思わず、英雄ピンクの格好をどうしたものか悩んで頭が真っ白になる。
良く見ると、タニトは娼婦の格好ではなく冒険者風の格好をしていた。
皮の胸当てに金属の籠手とすね当て。
フード付きのマントを羽織っていた。
貸し出した装備は、今は付けていない。
「あ、あの、王女殿下ですか?」
「う、えっと……」
「もう説明したわよ」
タニトの質問にたじろぐ私。
キュテラは人の秘密をバラして他人事。
私は観念して変化の仮面を外す。
陽炎が魔法少女の時間を終わらせる。
部屋着姿で隠居王女の完成だ。
「さ、最近はじめたんですよ」
「は、はぁ」
私は訳の分からない取り繕いをして二人の対面にあるソファーへ座った。
スレイヤも困惑している。
ごめんね、私もよくわかんないの。
「英雄ピンクがスレイヤとやりあっていると聞きましたが?」
「はい。ちょっと戦ってみました」
「どうだった?」
食いついたのはキュテラだった。
鋭い目で早く教えろと催促する。
「最後に一発、顔面に入れてやりました」
「復讐は虚しいだけよ」
「これは友人を傷つけられた個人的な恨みですから」
「……そう」
キュテラは期待するほどの反応示さなかった。
つまんない。
もうちょっと感激したりしてもいいのに。
「タニトさんは、どういうご用件で?」
「私をあんたと勘違いしたのよ。あまりにもしつこいから連れて来ちゃった」
「い、いえ。殿下のローブを着ていらしたのでつい」
私のローブは、特注品ではなく、他の助祭と同じものだ。
「よく私のローブだってわかりましたね」
「ええ、まぁ。職業柄、服やアイテムは憶えるようになってまして」
「そうだとしても、他の助祭と変わらないですよ?」
「そんなことありません。殿下のローブは、激しい動きをするせいか他の助祭と比べてよれているんです」
ぐさりと心を抉られた気がした。
確かに、ローブは仕事着だからとあまり大切に扱っていなかったかも。
「あっはっはっは! お転婆が過ぎますね、殿下!」
「いえ、そういうつもりで言ったわけでは! すいません殿下!」
私が押し黙ったのを良いことに、キュテラが高らかに笑い、タニトはひたすら恐縮していく。
「とりあえず、キュテラはほっといて。私になにか用があるんですか?」
「あ、はい。殿下に言われたとおり鍛えてはみたんですが、行き詰まってしまって……」
「ふむ、転職の相談がしたいんですね?」
「はい」
「それじゃ……」
私は女神の災害陣を起動しようとして思いとどまる。
半袖じゃん私。
半袖はまずい。
変化の仮面をソファーへ置いて、キュテラの前へ行く。
「ん? なに?」
「ちょっと返してください」
「え、嘘でしょ?」
「本気」
「いやっ! やめて!」
「女同士でなにを今さら」
私はキュテラからローブを引っぺがして着た。
ローブを失ったキュテラは、ネグリジェよりも肌面積の多い下着姿になった。
「別にローブなくてもできるでしょ!」
「気分です」
ということにしておく。
タニトには災害陣のことを隠していた。
他人のステータスをのぞき見できる力。
それもプライバシーを尊重する女神による災害陣の力。
矛盾する存在を説明することもできないし、その釈明に追われるなんて絶対やりたくない。
「こほん。では、改めて」
私はソファーへ座り、タニトへ向き直った。
すでに顔バレしているので、フードはつけていない。
「迷える者よ、ダルファディルは希望へ繋ぐ土地。女神に誓って希望を与えよう」
「それ、ここでも言うの?」
キュテラの茶々入れは無視。
魔法少女になりたかった私だけど、人を導く口上は好きだったりする。
人が前を向いて、希望を抱いて、新たな門出を祝福されるための祈りだ。
その祈りに合わせて女神の災害陣を起動すると、もう転職嬢モードになる。
気分が乗るというのは、あながち嘘じゃなかったかも。
「お、お願いします」
姿勢を正したタニトが緊張気味に答えた。
女神の災害陣が、タニトの職歴とステータスを映し出す。
斥候、マスター。
剣士、マスター。
戦士、マスター。
酒好き、マスター。
酒豪、マスター。
武人、マスター。
重戦士、マスター。
暗殺者、マスター。
狂戦士、レベル5。
達人クラスも複合職もマスターしていて、英雄クラスの狂戦士まで習熟しつつある。
体力と筋力も以前とは比べものにならないほど伸びていた。
「何を相談しますか?」
「はい。殿下に言われて鍛えるには鍛えたんですが、自分でも恐ろしいほど成長しているみたいで。このまま続けていいのかと思いまして」
「続けてください。スレイヤが白状しましたけど、神話級の巨人が、もうすぐ現れるそうです」
「神話級……?」
「かの英雄シャルジャンでも敵わないほどだと」
私のもたらした情報で、タニトもキュテラも口をつぐんだ。
「……絶望的ね」
キュテラが、かろうじてリアクションした。
「英雄シャルジャンは、狂戦士のマスターだったと聞き及んでいます」
「へぇ、よく知っているのね。彼が巨人と戦うために愛剣を捨てたことは?」
「知ってます! その剣は国の宝物庫に保管されていることも!」
「さすが斥候ね。盗賊並みに鼻が利く」
「それほどでも、ありません」
国家機密を保持していることを褒められ、タニトがはにかむ。
歳の割に可愛らしい。
シャルジャンオタクが通じ合っていて、私は蚊帳の外だった。
「ええと、話を戻しますよ?」
「あ、すいません」
「それで狂戦士に転職しますか?」
「いえ、もう狂戦士になれました」
「すごい!」
私は白々しくも驚く演技をする。
「本当にすごいわね。お酒強いの?」
「はい。幸いにして」
キュテラとタニトの訳知り顔のやり取りを聞き、転職嬢として合点がいく。
そうか。
狂戦士に転職するには、酒豪をマスターしないといけないのか。
「でも、それで何を悩んでいるんですか?」
「私はシャルジャンに憧れていましたけど、彼を超えることはないと思ってました」
「超えることは悪いことではないと思いますけど」
「その……、憧れが色あせてしまうようで」
タニトがシャルジャンに恋をしていたことを知っているので、それが複雑な感情であることは察した。
「タニトさんは、巨人と戦いたいですか?」
「え?」
「女神団を率いていたくらいだから、シャルジャンの意志を継いでくれるものだと思っていました」
「それはもう! その通りです! シャルジャンがいなくなってから、我が物顔でのさばる国王派は許せません!」
「なら、強くなってください。この国が、神話級の巨人に滅ぼされても生き残れるくらいに」
「そ……、そんなことはさせません! そんな悲しいこと、言わないでください」
あれ、ベッドを大きく見せようとしただけなのに、なぜか励まされてしまった。
そうか。
生き残れって王族が言うと、そういう効果があるのか。




