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「相手にとって不足なし!」


 私はスレイヤの構えにも構わず突っ込んだ。


「せぇいっ!」

「爆炎染空撃!」


 閃光を放つ突きを躱し、炎を纏った拳をスレイヤの顔へ叩き込む。

 はずだった。


「斬!」


 腕、斬られる。


「させるかぁ!」


 突きがキャンセル、私の腕を巻き取るように刃が迫る。

 魔神の手で刃を止め、折る。


「魔神の技か、忌々しい!」

「うらああああ!」

「ぐぅ!」


 刃の折れた柄を盾にしたスレイヤへ燃え盛る拳を叩きつけた。

 そのまま地面に向けて殴り落とす。

 絶対、殴り落とす。

 キュテラの傷がフラッシュバックして、握る拳にも力が入る。


「ま、前とは違うな!」

「おかげさまでね!」


 高空からの落下。

 魔法の炎で焼かれているのにスレイヤは涼しい顔だった。

 魔法防御が高すぎる。

 貴族は強い魔法を撃てるけど打たれ弱いと相場は決まっているのに。

 確定だ。

 スレイヤは貴族じゃない。


 石畳の砕ける音と肉が潰れる鈍い音が響く。

 シャルジャン公園のある南門前広場へ私たちは墜落した。

 砕け散った石畳の破片が雨のように降り注いだ。


「ぬ、ああああっ!」

「えっ? えっ? えっ!」


 背骨が粉々に砕け散ってもおかしくないダメージにもかかわらず、スレイヤが私の腹を蹴り上げた。


 物理防御も化け物っ!


 私は受け身を取って立ち上がり、身構える。

 スレイヤは折れた剣を捨てて、徒手空拳に応じる体勢だった。


「なんて頑丈な……。もしかして達人級以上ですか?」

「さぁな」


 転職嬢として、少し興味が湧いてきた。

 ここは冒険の中間地点。

 達人級の職業に転職させることはあっても、それを超える職業への転職はめったに相談されない。


「まさか、英雄級?」

「お喋りはそこまでだ!」


 拳がまっすぐに飛んでくる。

 無数に。

 素直に。

 武闘家としての経験は浅い。

 なのに、スピードとパワーが達人級とは比べものにならない。

 それらを受けて捌いて、殴り返した。

 数発は防がれて、数発は胴体や肩へ当たるのに、手応えが岩盤だ。

 めっちゃ固い。

 女の子の体とは思えない!


「貴様こそ! ただの魔拳士ではないだろう!」

「ああ? なんのことです!」

「私の剣を折っただろう! 奇跡で守られた光の剣を!」

「あなた、やっぱり聖者ですね! 貴族らしくない!」

「私を、あんな奴らと一緒にするなああああぁ!」

「うっ!」


 咆吼とともに蹴りと拳のコンビネーション。

 ちょっとした間に動きが武闘家の熟練者に変わっている。

 なに、この成長の速さ!

 もろに蹴りを腹へ受けて体勢が崩れると、すかさず拳が私を吹き飛ばした。


 片手で地面を突いて体勢を整える。


「今のを喰らって、その余裕。お前こそ英雄級の戦いぶりじゃないか……」


 スレイヤの拳は静かな怒りに震えていた。


「私が英雄級? 冗談はやめて欲しいです」

「そうだな。冗談が過ぎる。貴族のくせに、その強さを隠していたことが許せん」

「あなたはなにに怒って……、いえ、なにを怖れているんです?」

「……魔神の耳か? いや、魔神避けの祈りは捧げているはずだが」

「あなたの拳が教えてくれました」


 いやいや、ピセアさんよ、相手はキュテラを傷つけたあんちくしょーですよ?

 なに興味を持ってるんですかね?


 拳を交えたせいか、彼女の感情がダイレクトに読み取れてしまった。

 彼女は怒ってる。私に。

 そして、怖れている。何かを。

 いや、怯えている、くらいかもしれない。


「だが、英雄級の貴族が一人いたくらいでは、足りない」

「足りない? なんの話です? あと、私は英雄級じゃ……」


 スレイヤが、先ほどまでとは違う鋭さで踏み込んできた。


 武闘家じゃない。荒々しさがある。

 剣士と武闘家の複合職、剣闘士か。

 でも、それは達人級だし、今のスレイヤはもっと激しい。


 雷のような速さと眩しさで私に拳を突き出した。

 とっさに防御する。


「ぐ、ぅっ! 雷じゃない!」


 防御ごと持ってかれた。

 光だ。光の拳だ。

 体が宙に浮く。

 武術が達人級から英雄級へ跳ね上がっていた。


「っ! これって、聖堂剣闘士!」


 間違いなく英雄級の技だ。

 奇跡の力、光属性の魔法で拳を包んでいる。

 力と信仰心の合わせ技。


 私は飛ばされて、ダルファディルの外へと放物線を描く。


「腕、痺れる……っ!」

「貴様は本物だ。私の武術が恐ろしい速さで成長している」

「はっ……!」


 スレイヤが私に追いついていた。


「先ほどの技、返すぞ」

「このっ!」

「無駄だ!」


 苦し紛れに放った蹴りはあっさりと受け止められた。


「死ね! 英雄ピンク!」

「うわああああ!」


 脚を掴まれたままハンマー投げのハンマーみたいに振り回されて、地面へ思い切り叩きつけられた。


「っがはぁ!」


 土の匂いが鼻に詰まる。

 城門の外、三ヶ月ぶりに出た。

 でも、クレーター作って埋まるとかいう、隕石体験はいらない。


「まだ生きているか。やはり、英雄級」

「英雄級じゃ、ない……」

「それだけ頑丈なんだ。私が認める」


 スレイヤに認めるって言われると、なぜか張り合いたくなる。

 私はこんなもんじゃないと、クレーターから這い上がる。


 ダルファディルの外周のさらに奥、エルフ領の森まで飛ばされたらしい。

 巨木の作るちょとした広場に私とスレイヤはいた。


「それじゃ役不足なんだよねぇ、私には」

「なに?」

「こんなんじゃ、女神様に怒られちゃうからさぁ!」


 少しだけセルフリミッター解除。

 奇跡の力を拳に乗せて、発進!

 スレイヤの顔面を殴り砕く。


「うあぁぁぁあ!」


 手応えがあった。

 ガラスのように脆い手応えが。


 スレイヤは顔を押さえて仰け反った。

 ボタボタと血が飛び散った。

 これでキュテラを傷つけた分としよう。


 スレイヤの黒い革鎧が陽炎のように歪む。

 やっぱり変化の仮面をつけていた。

 陽炎の下から、見慣れた白いローブが姿を見せる。


「やはり神殿の人でした……か?」


 私は仮面の下の顔に言葉が続かなかった。

 だって、それも私の知っている顔だったから。


 グーナ。

 聖堂剣士。

 私の恩人。

 その人が、額から血を流していた。


「ああ、そうだ。私は神殿勤めの庶民の一人だ。貴族なんかじゃない」

「神殿にいるあなたが、なぜ国王派などに?」

「貴族に話すことなどない。それにもう、なにもかもが終ってしまったんだ」

「どういう意味ですか?」

「近いうちにダルファディルは巨人に襲撃される。それも神話級の災害陣を刻まれた巨人だ。英雄シャルジャンが生きていたとしても止められない」

「神話級の巨人」


 英雄級のさらに上にある職業も神話級だった。


「英雄なき今、女王派にも女神派にも抗う術はない。それを理解もせず、平穏だと勘違いして暮らす人々に目を覚ましてもらいたかった。こんな危険な状態はない。私の訴えに耳を傾ける人は少なかった。お前が邪魔をしたからだけではなかったが。もう、私には彼らを助けることはできない。手遅れだ。巨人にみんな殺される」


 グーナは、洗いざらいぶちまけて座り込んだ。


「殺せ」


 薄暗い森よりも暗い目でグーナは言った。


「お断りです」

「まだ女王のために戦う気か?」

「女王のためだけじゃないですけど……」

「民のためか? 貴族の綺麗事にはうんざりだ」


 いやー、魔法少女になるためなんすけどね。


「でも、だとしたら、あなたは国王のために?」

「そんなわけないだろ。ありえん」

「そ、そうなんですか」


 嫌な沈黙。

 話題も尽きて、どうしていいかわからない。


「……どうしても殺さないか?」

「ええ」

「そうか」


 スレイヤ、もといグーナが重そうな体を引きずるように立ち上がり、ダルファディルへ向かって歩き出した。

 背中が、とても小さくて寂しそうだった。

 掛ける言葉もないほどに。


 私は、エルフの森で立ち尽くしてグーナの背中を見送った。

 グーナは、暗い森の影に飲まれていった。

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