17
「ついに……」
私は隠れ家から離れた路地裏で狭い空を見上げていた。
キュテラから借りた旅人のマントを被って、魔神の脚でここまで飛んできた。
マントを脱いで、路地の隅に畳んでおく。
盗まれるかもしれないけど、なくなったらなくなったでなんとかしよう。
「よし、行こう!」
王女としての人生が動き出した今、せめて前世の無念だけでも晴らす。
私は英雄ピンクの姿のまま路地裏から飛び上がり、屋根上に降りた。
見渡す限りの屋根。
石造りの町並み。煉瓦づくりも木造家屋もある。
ガラスの窓にはカーテンもあり、中世の町並み然としている。
魔法少女だけが自由に動き回れる舞台だった。
「ついに来た」
異世界に生まれて十四年。
思い描いていた道筋ではなかったけど、ようやく魔法少女として動くことができる。
「まずは人助けだ!」
私は跳躍し、困っている人がいないか探した。
平日の昼間。
大人たちは、早朝からの仕事に一区切りを付けて休んでいる。
英雄ピンクに気付いても見て見ぬ振りだ。
中には迷惑そうな顔をする人もいる。
子供たちは、学校なんてないから親の手伝いか友達との遊びで走り回っている。
「困ってる人……、いないな」
民家の屋根に着地。
特に国王派が騒いでるとか、女神団が暴れてるとかはない。
タニトに活動自粛を頼んだのだから、平穏なことは良いことなんだけど。
「正義の味方がパトロールしてるのって、こういう訳か」
国王派が暗躍しているのに、平穏な日がある。
というか、ピンクの髪をした女王の娘が現れたというビッグニュースがあったとは思えない静けさだった。
「もしかして、バレてない?」
幸せの世界樹亭に集まった人の誰かが秘密を漏らすと思ったけど。
思いのほか、約束を守ってくれたらしい。
恐るべき王族への忠誠心だ。
なんだか心が痛む。
「あ、えいゆうピンクだー!」
「え、どこどこ!」
「やねのうえ!」
子供たちに気付かれた。
屋根にしゃがんで手を振る。
ヒーローショーをやっているみたいな気分だった。
やーい、英雄ピンクのお姉ちゃんだよー。
「わーい! なにしてるのー?」
「困ってる人がいたら教えてー!」
「こまってるひと……」
子供たちが円陣をつくって相談を始める。
遊んでいるところなのに、邪魔しちゃった。
というか、困ってる人なんて借り物競走みたいな注文しちゃったけど、お金で困ってる人とかだったら、逆にこっちが困るかも。
「こくおうはをさがしてるのー?」
「え、うん。いるなら知りたーい!」
子供の口から権力争いの勢力名が出てきて、ぞわっとした。
子供たちの年齢は十歳前後に見える。
その子供たちでも認識できるくらい都は荒れているらしい。
なんか申し訳ない。
「きょうはやってないってー」
「そうなの?」
「あしたはやるみたーい」
「わかったー! ありがとー!」
「うーん、ばいばーい!」
手を振り返す。
まさか子供たちから国王派の情報が手に入るとは思わなかった。
あの子たちの親の中に、国王派の関係者がいるのかもしれない。
「今日は、帰ろう」
先ほどの路地へ魔神の脚で戻って、旅人のマントを回収。
再び魔神の脚で帰る。
尾行を警戒しながら。
「ただいまー」
隠れ家に入って旅人のマントを脱ぐ。
手に魔力を込めて、変化の仮面も外した。
「あんたも帰ってきたのね」
私のローブを着たキュテラが、エントランスのソファーで横になってくつろいでいた。
ローブの裾がめくれるのも気にせず、長い素足を肘掛けに乗っけている。
「仮面はありがとう。でも、神聖な白ローブでそういう格好しないでください」
「家でこういう格好しないで、どこでやれっていうの?」
「……そうですね。外でやられるより良いです」
「でしょ? ちゃんと公序良俗を守ってるのよ、わたし」
「それより、ベルトさんの所にいって来たんですよね?」
「ええ、あんたの話をしたら、顎が外れたわ」
「本当ですか?」
「本当よ。可哀相に」
事実だとしたら可哀相なことをした。
身分を隠した問題児を三ヶ月も雇ってくれた雇用主。
さぞ胃を痛めていることだろう。
ドタキャンどころの話ではなかった。
「なんて言ってました?」
「顎が外れてよく聞き取れなかったけど、しばらく休みでいいと言っていたわ」
「そうですか。迷惑かけちゃいましたね」
「まぁ、あんただけが悪いわけじゃないから、怒ってなかったわよ。むしろ、心配してたわね」
「なんだか申し訳ないですね。街の様子を見ましたけど、王女がいるって話で荒れてる感じはなかったです」
キュテラと向かい合わせに置いてあるソファーへ腰掛ける。
革張りで綿の詰まったもので、深く沈み込んだ。
「ニーナって神官にも会ったわよ。最初、私のことをあんただと思っててめっちゃ敬語で話しかけてきた」
苦笑いしかできない。
「しばらくは王女の噂の火消しをするとも言ってたけど、その噂自体がないのよね。酒場に集まってた人はともかく、カイルって男が秘密をばらしてないのが不思議」
「うん。私が街を見た感じもそうでした」
「理由はわからないけど、今のところ秘密の流出は、ない」
「……とりあえず安心していいんでしょうか」
「そんな訳ないでしょ。いつかは秘密が漏れると思って、色々と考えないと」
「ですよね。そういえば、明日、国王派が動くって話を聞きました」
「国王派が? よくそんな話を拾ってきたわね」
「子供たちから教えてもらいました」
「子供から?」
「はい」
「そんなところが情報源になるなんて知らなかったわ。私なんて地道に魔神の目で探しってたっていうのに」
キュテラが天井を見上げて沈黙する。
明日、国王派の集会だかに乗り込むと告げたいのに切り出しにくかった。
「カイルのことなんだけど」
「あ、はい。どうでした?」
「ニーナが言うには、酒場で取り押さえた男が、カイルの顔面を一発ぶんなぐって店の外に放り出したんだって。あんたが許した以上、とっちめることもできないから、それで溜飲をさげたんだってさ」
「へー」
「で、カイルはそのまま行方をくらませた。足取りを掴むのは難しそう」
「じゃ、諦めます?」
「そんな訳ない。奴には、一国の王女を傷つけた落とし前をつけさせる」
「何度も言いますけど、私は許しましたからね?」
「それは違う。あの場ではそうするしかなかっただけよ」
それが真実だ。
私だってわかってる。
王女だと認定された訳でもないのに、寛大な王族を演じてしまっている。
よくないことだと思う。
この世界の王族が、どういうものかわからないのに。
「私は、明日の国王派の集まりを見に行こうと思います。英雄ピンクとして」
「行ってどうするの?」
「行って、過激で迷惑な行為なら妨害します」
「……敵討ちみたいなことは望んでないわよ?」
考えていなかったかと言えば嘘だ。
昨日の私は、スレイヤに対する報復の感情をはっきりと持っていた。
一晩寝たせいでそれは影を潜めたけど、スレイヤとあったとき、私の心がどうなるか想像できていた。
たぶん、感じの悪い英雄ピンクになる。
「ま、お互い様か」
「そうです」
また沈黙だ。
胸の奥底で燻る真っ黒い溶岩の塊を持て余している。
それはとっと爆発させて吐き出すべきものだけど、吐き出す相手が見つかっていない。
不愉快さを堪えるには黙るのが正解だった。
これは愚痴って目減りさせるようなものじゃない。
きっちりと耳を揃えてぶつける代物だった。
「しばらく、ローブを借りるわよ?」
「はい。私も仮面を借りておきます」
「いいわよ。それじゃ、お互いに頑張りましょう」
そう言い残してキュテラは自分の部屋へ戻った。
去り際に見せた顔には、冷徹な復讐者の仮面が張り付いていた。
命を命とも思わない冷え切った眼差しに、止めようのない本気さを見た。
私にも同じだけの真剣さがあるだろうか。
正直に言うと、ない。
王女になる前に、魔法少女として一暴れしたい。
そんな感情が先行していた。




