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「ついに……」


 私は隠れ家から離れた路地裏で狭い空を見上げていた。

 キュテラから借りた旅人のマントを被って、魔神の脚でここまで飛んできた。

 マントを脱いで、路地の隅に畳んでおく。

 盗まれるかもしれないけど、なくなったらなくなったでなんとかしよう。


「よし、行こう!」


 王女としての人生が動き出した今、せめて前世の無念だけでも晴らす。

 私は英雄ピンクの姿のまま路地裏から飛び上がり、屋根上に降りた。


 見渡す限りの屋根。

 石造りの町並み。煉瓦づくりも木造家屋もある。

 ガラスの窓にはカーテンもあり、中世の町並み然としている。

 魔法少女だけが自由に動き回れる舞台だった。


「ついに来た」


 異世界に生まれて十四年。

 思い描いていた道筋ではなかったけど、ようやく魔法少女として動くことができる。


「まずは人助けだ!」


 私は跳躍し、困っている人がいないか探した。

 平日の昼間。

 大人たちは、早朝からの仕事に一区切りを付けて休んでいる。

 英雄ピンクに気付いても見て見ぬ振りだ。

 中には迷惑そうな顔をする人もいる。

 子供たちは、学校なんてないから親の手伝いか友達との遊びで走り回っている。


「困ってる人……、いないな」


 民家の屋根に着地。

 特に国王派が騒いでるとか、女神団が暴れてるとかはない。

 タニトに活動自粛を頼んだのだから、平穏なことは良いことなんだけど。


「正義の味方がパトロールしてるのって、こういう訳か」


 国王派が暗躍しているのに、平穏な日がある。

 というか、ピンクの髪をした女王の娘が現れたというビッグニュースがあったとは思えない静けさだった。


「もしかして、バレてない?」


 幸せの世界樹亭に集まった人の誰かが秘密を漏らすと思ったけど。

 思いのほか、約束を守ってくれたらしい。

 恐るべき王族への忠誠心だ。

 なんだか心が痛む。


「あ、えいゆうピンクだー!」

「え、どこどこ!」

「やねのうえ!」


 子供たちに気付かれた。

 屋根にしゃがんで手を振る。

 ヒーローショーをやっているみたいな気分だった。

 やーい、英雄ピンクのお姉ちゃんだよー。


「わーい! なにしてるのー?」

「困ってる人がいたら教えてー!」

「こまってるひと……」


 子供たちが円陣をつくって相談を始める。

 遊んでいるところなのに、邪魔しちゃった。

 というか、困ってる人なんて借り物競走みたいな注文しちゃったけど、お金で困ってる人とかだったら、逆にこっちが困るかも。


「こくおうはをさがしてるのー?」

「え、うん。いるなら知りたーい!」


 子供の口から権力争いの勢力名が出てきて、ぞわっとした。

 子供たちの年齢は十歳前後に見える。

 その子供たちでも認識できるくらい都は荒れているらしい。

 なんか申し訳ない。


「きょうはやってないってー」

「そうなの?」

「あしたはやるみたーい」

「わかったー! ありがとー!」

「うーん、ばいばーい!」


 手を振り返す。

 まさか子供たちから国王派の情報が手に入るとは思わなかった。

 あの子たちの親の中に、国王派の関係者がいるのかもしれない。


「今日は、帰ろう」


 先ほどの路地へ魔神の脚で戻って、旅人のマントを回収。

 再び魔神の脚で帰る。

 尾行を警戒しながら。


「ただいまー」


 隠れ家に入って旅人のマントを脱ぐ。

 手に魔力を込めて、変化の仮面も外した。


「あんたも帰ってきたのね」


 私のローブを着たキュテラが、エントランスのソファーで横になってくつろいでいた。

 ローブの裾がめくれるのも気にせず、長い素足を肘掛けに乗っけている。


「仮面はありがとう。でも、神聖な白ローブでそういう格好しないでください」

「家でこういう格好しないで、どこでやれっていうの?」

「……そうですね。外でやられるより良いです」

「でしょ? ちゃんと公序良俗を守ってるのよ、わたし」

「それより、ベルトさんの所にいって来たんですよね?」

「ええ、あんたの話をしたら、顎が外れたわ」

「本当ですか?」

「本当よ。可哀相に」


 事実だとしたら可哀相なことをした。

 身分を隠した問題児を三ヶ月も雇ってくれた雇用主。

 さぞ胃を痛めていることだろう。

 ドタキャンどころの話ではなかった。


「なんて言ってました?」

「顎が外れてよく聞き取れなかったけど、しばらく休みでいいと言っていたわ」

「そうですか。迷惑かけちゃいましたね」

「まぁ、あんただけが悪いわけじゃないから、怒ってなかったわよ。むしろ、心配してたわね」

「なんだか申し訳ないですね。街の様子を見ましたけど、王女がいるって話で荒れてる感じはなかったです」


 キュテラと向かい合わせに置いてあるソファーへ腰掛ける。

 革張りで綿の詰まったもので、深く沈み込んだ。


「ニーナって神官にも会ったわよ。最初、私のことをあんただと思っててめっちゃ敬語で話しかけてきた」


 苦笑いしかできない。


「しばらくは王女の噂の火消しをするとも言ってたけど、その噂自体がないのよね。酒場に集まってた人はともかく、カイルって男が秘密をばらしてないのが不思議」

「うん。私が街を見た感じもそうでした」

「理由はわからないけど、今のところ秘密の流出は、ない」

「……とりあえず安心していいんでしょうか」

「そんな訳ないでしょ。いつかは秘密が漏れると思って、色々と考えないと」

「ですよね。そういえば、明日、国王派が動くって話を聞きました」

「国王派が? よくそんな話を拾ってきたわね」

「子供たちから教えてもらいました」

「子供から?」

「はい」

「そんなところが情報源になるなんて知らなかったわ。私なんて地道に魔神の目で探しってたっていうのに」


 キュテラが天井を見上げて沈黙する。

 明日、国王派の集会だかに乗り込むと告げたいのに切り出しにくかった。


「カイルのことなんだけど」

「あ、はい。どうでした?」

「ニーナが言うには、酒場で取り押さえた男が、カイルの顔面を一発ぶんなぐって店の外に放り出したんだって。あんたが許した以上、とっちめることもできないから、それで溜飲をさげたんだってさ」

「へー」

「で、カイルはそのまま行方をくらませた。足取りを掴むのは難しそう」

「じゃ、諦めます?」

「そんな訳ない。奴には、一国の王女を傷つけた落とし前をつけさせる」

「何度も言いますけど、私は許しましたからね?」

「それは違う。あの場ではそうするしかなかっただけよ」


 それが真実だ。

 私だってわかってる。

 王女だと認定された訳でもないのに、寛大な王族を演じてしまっている。

 よくないことだと思う。

 この世界の王族が、どういうものかわからないのに。


「私は、明日の国王派の集まりを見に行こうと思います。英雄ピンクとして」

「行ってどうするの?」

「行って、過激で迷惑な行為なら妨害します」

「……敵討ちみたいなことは望んでないわよ?」


 考えていなかったかと言えば嘘だ。

 昨日の私は、スレイヤに対する報復の感情をはっきりと持っていた。

 一晩寝たせいでそれは影を潜めたけど、スレイヤとあったとき、私の心がどうなるか想像できていた。

 たぶん、感じの悪い英雄ピンクになる。


「ま、お互い様か」

「そうです」


 また沈黙だ。

 胸の奥底で燻る真っ黒い溶岩の塊を持て余している。

 それはとっと爆発させて吐き出すべきものだけど、吐き出す相手が見つかっていない。

 不愉快さを堪えるには黙るのが正解だった。

 これは愚痴って目減りさせるようなものじゃない。

 きっちりと耳を揃えてぶつける代物だった。


「しばらく、ローブを借りるわよ?」

「はい。私も仮面を借りておきます」

「いいわよ。それじゃ、お互いに頑張りましょう」


 そう言い残してキュテラは自分の部屋へ戻った。

 去り際に見せた顔には、冷徹な復讐者の仮面が張り付いていた。

 命を命とも思わない冷え切った眼差しに、止めようのない本気さを見た。


 私にも同じだけの真剣さがあるだろうか。

 正直に言うと、ない。

 王女になる前に、魔法少女として一暴れしたい。

 そんな感情が先行していた。

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