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 新しい寝床は朝日がばっちり入って来る。

 勝手に目が覚めた。

 やめてほしい。


「ん、朝日? やばっ!」


 私はベッドから体を起こす。

 カーテン越しに見える太陽は、がっつり始業時間を過ぎているように見えた。


「やばやばやば! マジックシニヨン!」


 急いでベッドから降りて、髪もとかさずに髪型を整える魔法を使う。

 勝手に髪が巻き上がり、いつもの髪型へと整える便利な魔法だ。

 髪をとかしてからでないと跳ね上がるけど。

 寝坊で遅刻しているのだから気にしていられない。

 というかフードを被るから、そんなの気にしないくていい。


「おはようございます。ピセア様」

「おはよう! ごめん、すぐ出かけます! って、ローブ! ローブがない!」


 部屋に入ってきたティリアに挨拶を返して、仕事着を探すも、ない。

 たしか、洋服箪笥に畳んでしまったはずなのに!


「ローブでしたら、お嬢様がお召しになって出かけられました」

「はいいいい? なんでですかあああ!」


 寝起きの頭では、友人の奇行を理解できるはずもなかった。


「大司祭ベルト様に事情を説明しに行くとおっしゃってました。ピセア様には、しばらくの間、腐臭が漂うほどの退屈と反吐が出るほどの軟禁状態を思い知れ、と言付かっております」

「お、思い知れって……」


 事情がわかり、私は髪型の魔法を解いて、髪も戻した。

 とりあえず、髪に櫛いれよう。

 ベッド横にある椅子へ座って、髪をとかす。


「キュテラは外に出て大丈夫なんです?」

「もちろん無許可です」

「……一人で頑張っちゃって」


 正直、キュテラの王族への忠誠は有り余るほどのありがたさで荷が重い。

 私のヘマの尻拭いに、王宮からの命令を無視して動いている。


 髪をとかしていると、寝坊で慌てていた感情が落ち着いてくる。

 ずっと家にいないといけないのか。

 前世だったらDVDコレクションを一気見するんだけど。

 この世界に来て、暇つぶしなんて考えたこともなかった。

 ずっと、まっすぐに魔法少女を目指してきたから。


「あ」

「どうかされました?」


 気付かないくらい自然体で、ティリアが私の髪を一緒にとかしていた。


「あの仮面、ありますか?」

「変化の仮面ですか? それでしたらお嬢様から預かっております。もし、ピセア様の気が変わったら渡して良いと」

「……どこまで私のことを考えてるんですか」

「寝る間も惜しんでのことでしょう。悔しいですが、私にはマネできません」

「う、うん」


 マネしなくていいよ、と残酷な言葉が出そうになる。

 嫉妬と対抗心で燃えるティリアの手を見ると、ぎゅっと握りしめられていた。

 言わない方がいいに決まってる。


「もしお使いになるのでしたら、ご説明いたします」

「あ、じゃあ、お願いします」

「それでは朝食のあとに」

「……そうですね」


 腹の虫が鳴ったわけでもないのに。

 ティリアは私の空腹を察した。

 普段の生活に関して言えば、キュテラよりもティリアの方が理解していると思う。


 ティリアが用意してくれた朝食を食べた。

 下味と調味料を使った私好みの料理だった。

 野菜と肉を炒めたものと甘口のパン、それから野菜のスープだ。

 前世の感覚が抜けないため、こういう朝食の方が元気になる。


「おいしかったー。ありがとうティリア」

「い、いえ。ピセア様に教わったレシピをそのまま使っただけですから」

「作ったのはティリアなんですから、別におかしくないですよ」

「そ、そうですか」


 ティリアは恥ずかしいのか、そそくさと皿を下げて厨房へ引っ込んだ。


 食後にリビングでくつろぐ。

 こんなことをしている暇があれば、筋トレをしたり、魔法少女になるための職業へ転職したりしたい。

 この世界に来た私はそんなことばかりしていた。


 魔法のある世界で魔法少女の価値はあるのだろうか。


 そんな疑問が、ふとよぎった。


 少女が魔法を使えば、それは魔法使いだ。

 魔法使いと魔法少女との違いはなんだろう。

 肉弾戦ができるところだろうか。

 たぶん違う。

 冒険者のパーティで後方火力支援を行うだけの存在とは違う。


「おまたせしました。英雄ピンクの仮面です」

「……あ」


 その言葉が、耳をつんざく。


「どうかしましたか?」

「今、なんて?」

「英雄ピンクの仮面です」

「えい、ゆう……」

「はい」


 キュテラもタニトも、カイルだってそうだった。

 この世界で、男女問わず憧れる存在。

 キラキラでみんなを笑顔にする存在。

 魔法少女とは英雄なのか。

 少なくともダルファディルで英雄というのは特別だ。


 確かめる必要がある。


「ねぇ、ティリアは英雄に憧れたことってありました?」

「英雄ですか? 私はそうでもなかったですけど、冒険者の中には英雄と呼ばれてちやほやされることを目的とする人はかなりいました」

「ちやほや」

「はい。でも、これは誰だってそうかもしれません」


 誰だってそうかもしれないと言われ、前世の私は承認欲求に飢えていただけだと悟る。

 なら開き直るしかない。

 私は一度、それを取り逃がしている。

 次は逃がせない。

 承認欲求、けっこうじゃないか。

 私は魔法少女、もとい英雄になってみんなにキラキラの世界を見せてあげるんだ。


「それじゃ、仮面の使い方を教えてください」

「はい。こちらは指定された棚の中身の幻を身に纏うという魔法の品です」

「棚の中身を?」


 そういえばキュテラの洋服箪笥は魔法の鍵が掛かっていた。

 もしかしたら、あの中に英雄ピンクの衣装が入っているのかも。


「はい。頭、胴、手、腰、脚と五段の棚が必要になります」

「へー。でも、キュテラの変装した英雄ピンクは声とか体型、髪色まで変わってたけど」

「はい、それらも変装の魔法として登録できます。瞬時に、別人へ変われるのが、このアイテムの恐ろしいところです」

「なるほど、理解しました」

「使い方も簡単です。ただ、この仮面を顔に押し当てるだけ」


 ティリアが、ガラス細工の仮面を顔に押し当てる。

 魔力の陽炎が立ち上り、風景とティリアが歪む。

 元に戻ったかと思うと、そこに英雄ピンクがいた。


「どうです? 英雄ピンクですか?」


 声が別人だ!

 ピンクの髪のツインテールだ!

 服もフリフリだ!

 なりたい!


「すごい、完全に別人です!」

「ち、近いです。ピセア、様……」


 感動のあまり椅子から立ち上がってまじまじと間近でティリアを観察した。


「変化を終えるときは、魔力を込めて仮面を剥がします」


 ティリアが赤くなった耳の付け根に指を引っかけて、魔力を放出しながら引っ張る。

 再び魔力の陽炎が揺れて、ティリアの姿に戻った。


「どうですか?」

「よくわかりました」

「では、こちらを」

「うん。ありがとう」

「お礼はお嬢様へ」

「そうですね。かならず言います」


 渡されたガラスの仮面はひんやりとしていて、ずっしりと重い。

 私にとって、新しいおもちゃのようなものだった。

 ワクワクが止まらない。

 これを付ければ英雄ピンクになれる。

 正体を隠しながら悪目立ちできる。


「あの、これを付けたら外出してもいいですか?」

「はい。お嬢様もそう仰っておりました。ただ、この家に帰るときに後をつけられないようにと」

「それは任せてください!」

「後は、ピセア様のお好きなように」

「やった! じゃ、さっそく」


 仮面を付けた。

 キラッキラな変身空間や音楽はないけど、魔力の陽炎に包まれるだけでもテンションが上がる。

 魔力のベールが体に張り付くような感覚に包まれた。

 部屋着がピンクのノースリーブ、フリフリのミニスカートへ替わる。

 腕にはレースのついた布の籠手。脚にはピンクに染まった革製のブーツ。

 異世界でも、割と浮きがちなファッションだった。

 一部にピンクを纏った人は時折見かけるけど、全身ピンクは英雄ピンクだけだった。


「お、終りました?」

「はい。英雄ピンクになってますよ」

「そ、そっか」


 念願の変身を果たし、改めて恥ずかしくなる。

 と、同時に外出欲が高まる。


「出かけて良いですね?」

「お嬢様からは、一時間ほどで切り上げろと」

「一時間。わかりました」

「お気を付けて」

「行ってきます!」


 はやる気持ちを抑えられずに魔神の脚で飛んだ。

 飛んだ直後に力場へはじき返されてエントランスの絨毯へ叩きつけられた。


「ピセア様! 魔神避けの結界がございます!」


 ダイニングから心配そうなティリアが出て来る。


「そ、そうでした……」


 自分で張った結界に突っ込んで落とされるなんてドジすぎる。

 けど、今は床に叩きつけられた痛みなんてまったく気にならない。

 はやくダルファディルの街を飛び回りたかった。

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