15
ダルファディルの都へ来て、三ヶ月。
筋トレと転職嬢に明け暮れてお金を貯めた。
文明のせいか、日当制だった。
給料、一ヶ月分のエンチャント装備と二ヶ月分の勝負服。
荷物らしい荷物と言えば、これだけだった。
あとは仕事着であるローブくらいか。
それは着ているので、勝負服と半端なエンチャント装備を荷物袋に入れれば荷造りは完了した。
荷物袋を肩に掛けてエントランスへ降りる。
旅装束に着替えたキュテラが待っていた。
「来たわね」
「ティリアは?」
「私たちの下着とかを持って先に行ったわよ」
「なんで下着ピックアップで報告するんです……」
「楽しいでしょ?」
誰が?
割と真剣に聞きたくなるのをぐっとこらえる。
「で、どこに行けば?」
「聞き耳がある」
「え?」
思わず魔神の目で周囲を警戒する。
透視や千里眼までこなす万能スコープを駆使しても、誰かの魔神の耳を見つけることはできなかった。
「ということを想定して、動くわよ」
「あ、そう」
「じゃ、ついてきて」
「わかりました」
キュテラが姿を消す。
魔神の脚による跳躍だ。
達人職だけが追える動きだった。
私は、キュテラの背中を追って魔神の脚で跳躍する。
夜の都を縦横無尽の飛び回り、魔神街から遠ざかっていく。
「到着っ!」
「え、ここ?」
辿り着いたのは、シャルジャン公園の外周にあるスラム街。
そこにある廃屋の裏口だ。
「誰かに見られる前に中へ」
そこにはメイド服から浮浪者の格好へ着替えたティリアがいて、年季の入った木の扉を開けていた。
「その前に」
私は荷物を降ろして手を組み、魔神避けの祈りを女神に捧げた。
魔神の目や耳を遠ざける祈りで、これをしておくと盗み見られることも盗み聞かれることもなくなる。
魔神の脚で通り抜けることもできなくなるけど。
「ふむ、結界が張れたみたい。魔神の目が通れない」
「では、こちらへ」
キュテラの確認を待って、ティリアが案内する。
朽ちた外観とは裏腹に、内装は家具も絨毯もピッカピカのモフモフだった。
ランプが壁や家具の上に置かれ、エントランスを明るく照らす。
大きな階段なんてなく、二階へは梯子で登るような小さな家だ。
「どうなってるの?」
「偽装の魔法が掛かった父の別荘よ。ウーラニア家の緊急避難所ってとこね」
「そうなんだ」
「ティリア、部屋はどんな感じ?」
キュテラが、浮浪者のかぶり物を脱いだティリアへ聞く。
「はい。二階にお部屋が二つございます。そちらをお嬢様とピセア様でお使いになられると良いかと」
「あなたの部屋はある?」
「はい」
「そう。食事はどこで?」
「エントランスの右手を食事の部屋にしようかと。厨房もその奥にありますので」
「いいわね。左手側は?」
「トイレとお風呂になります」
「完璧ね。よく用意してくれた」
キュテラが褒めると、ティリアが黙って頭を下げた。
顔が見えないせいか、ティリアが嬉しくなさそうに見える。
転職嬢として心がもやっとする。
これは、本当にティリアのためになる転職だったのかと。
相談の結果、荷物を部屋において今後の話し合いをすることになった。
ダイニングに集まって、ティリアの煎れてくれた濃い紅茶で一息つく。
キュテラが切り出した。
「で、何から話す?」
「スレイヤについて聞きたいです。キュテラが遅れを取るほどの相手だったんですか?」
「ええ、思い出しただけでも腹立たしいけど、取り巻きから剣を渡されて、人が変わったように動きが変わった」
「キュテラは魔法を?」
「使うわけないでしょ? 私の災害陣を忘れたの?」
「憶えてます。マジックバーサーカーですよね」
魔神にもたらされた赤い災害陣。
魔法を大量に使えば、忘我の状態で戦うようになるという災害陣だ。
この忘我の状態になると魔法の威力が格段に上がるらしい。
私は見たことがないけど。
「使えば勝てました?」
「聞くまでもないでしょ」
「ですよね。あとは、スレイヤが災害陣を持っていた可能性は?」
「そんな感じはしなかったけど、やたらと剣の腕が立つ。私が魔法を使わずに活動していたように、あいつも剣を使わずに活動しないといけない理由があったんじゃないかな」
「そっか」
キュテラの腕に視線が吸い付く。
腕の半ばまで切り裂かれた傷口が記憶に蘇る。
傷口を押さえたときの苦しみ悶えるキュテラ。
友人の苦しみと同じものを返さないと気が済まない。
自然と拳が硬くなった。
「英雄ピンクの活動もお終いかな。さすがに魔法を使わずにスレイヤと渡り合うのは無理だ」
「なら、私がやりたいです」
「なにを?」
「英雄ピンクとして、スレイヤと戦います」
「あんた、ただ英雄ピンクやりたいだけでしょ?」
「それもあります」
私は、ただキュテラの敵討ちをしたいだけなんだ。
「考えておく。じゃ、次。こっちの方が大問題だけど、あんたの正体がバレたって話よ」
「うん。これからどうしたらいいのか……」
「私が英雄ピンクになれないのと同じタイミングで、助祭ピセアもダメになるなんてね」
「せっかく大司祭ベルトさんの協力も無駄になってしまいました」
「ま、これはカイルって野郎の捨て猫サイズのベッドがいけなかったわね。しょうもない男に絡まれた男運のなさを恨みなさい」
「私の一生を左右するかのようなまとめ方は辞めて欲しいです」
「今の国王以上のクズとは結婚しないでね」
血は争えないという。
私もそういう星の下に生まれたかもしれない。
漠然とした不安が襲ってきた。
「明日の朝になったらベルトに相談するとして……」
「うん」
「都はしばらく騒がしくなるわね」
「そうですね」
ずっと秘匿されていた女王の子供。それがピンク色の髪で現れた。
国王派にとっては、女王が浮気をしたこの上ない証拠である。
攻防の激化は避けられない。
「少し様子を見て、もしやばそうだったら」
「だったら?」
「私はあんたを陛下の元へ連れて行って、判断を仰ぐ。父から留守を預かってる以上、陛下への忠義を尽くすつもりよ」
「そうなりますか」
いよいよ魔法少女を満喫する自由が消えようとしていた。
スレイヤと戦うことが魔法少女になれる最後のチャンスだ。
「こうなった以上、国王派が消えるまで対立はなくならない。陛下の性格を考えると、徹底的にやると思う」
「そっか」
「で、この発端となったカイルだけど」
「うん」
キュテラの目がドス黒い殺意を帯びた。
「後々のためにもきっちり始末しておく必要がある」
「始末……」
「見つけ出して殺す」
女児向けではない言葉だ。
「私も賛成です。逆恨みするようなひねくれた輩は、放っておくと危険です」
ティリアが同意する。
「でも、私は許しました」
「そうね。ベッドの見栄を張ったんだからしょうがない。カイルのことは私とティリアでやっておく」
「頼んでませんからね?」
私は、私の意志ではないことを明確にしたかった。
「ええ、あんたは止めたけど勝手にやった、ということにしておく。王家のためなら汚れ仕事も厭わないわ」
キュテラの決意は固い。
紅茶を飲んだ。
熱くて渋くて目が醒める。
私の長年の夢も醒める。
「明日から生活がガラッと変わるわ」
「うん」
「そうそう。あんたは、いずれ王女として民の前に出ることを覚悟しておきなさい」
「……わかりました」
キュテラは言うだけ言って、部屋に戻った。
ティリアが世話をするために残っている。
残されたダイニングで、黙ってカップを眺めた。
私には余裕がない。
時間がない。
転生しても魔法少女になれないなんて、納得いかなかった。
いや、二度目の人生を与えられて、魔法少女になれない結末は許されない。
紅茶に私の顔が映った。
現女王とそっくりだと言われる顔。
「捨てるしかない」
魔法少女になるためなら、王女の身分さえ惜しくない。
国も友人も捨てて、別の国で新たな人生を送る。
そんな選択肢がチラついた。




