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 キュテラが絶叫するほどの苦痛。

 それをスルーできるほど、私は呑気な魔法少女ではなかった。


「ティリア、傷のことを詳しく教えて」

「はい。お嬢様の怪我は、剣によるものです。骨を容易く切り裂いていたことからも、手練れによるものと思われます。もう一歩踏み込んで斬られていたら、腕がなくなっていたでしょう」

「そう」


 ティリアの話を聞いていて、スレイヤと英雄ピンクがやりあった路地裏の痕跡を思い出す。

 友人が英雄ピンクという最悪の結末しか想像できなくなっていた。


「やったのはスレイヤですね?」

「さぁね」

「キュテラは、英雄ピンク?」

「そんな訳ないでしょ」


 自分の正体と英雄ピンクの正体、優先順位がどっちつかずで、私はもやもやの解消を優先した。

 路地裏の出来事はずっと気になっていたのだ。


「ふーん。英雄ピンクではないんですね。なら、少し部屋を調べさせてもらいます」

「なんでよ!」

「英雄ピンクはたぶん魔法で変身しています。でも、あれはスキルじゃありません。アイテムのはず。キュテラは英雄ピンクじゃないから、部屋を調べられても平気なはずですよね?」


 私がベッドから降りて、手近な箪笥を開けようとした。

 引いてみると接着剤で貼り付けたかのように動かない。

 キュテラのやつ、魔法で鍵を掛けたな。

 私が魔法の鍵に苦戦していると、がばっと起き上がったキュテラに背後から飛びつかれた。


「ちょ、やめなさい! そこは、女神の教えを守りなさいよ!」

「だったら! その傷の本当のことを教えて!」


 キュテラを振り払い、間合いを取る。

 なぜかって?

 キュテラからガチの殺意が漏れていたから。


「ティリア、少し部屋から出てなさい」

「かしこまりました」


 キュテラが命じるとティリアが頭を下げて、部屋の扉を閉める。

 それを合図に、私とキュテラは間合いを保ちつつ、ぐるぐると歩いた。

 いつでも殴り合えるよう、油断はしない。


「どうあっても話してくれませんか?」

「ええ。あんたは大人しくこの屋敷で居候してればいいのよ」

「随分とバカにしてくれますね」

「お節介が鬱陶しいって言ってるの」

「そうですか」

「そうよ」


 ぐるぐると回るのをやめて、構えを取る。

 ほぼ同時だった。


「殴られないとわからないみたいですね」

「殴られないとわからないわよね」


 お互いに譲れないものがあった。

 魔法少女としてやりたいことは、こんなことじゃないけど、折れるわけにはいかなかった。


「はあああああ!」

「おおおおおお!」


 右の拳で顔面狙い。お互いの腕が敏感に反応し、顔面へ到達する前に曲がる。

 ごつりと骨と骨がぶつかった。

 数度の拳のやり取り。

 踏み込みと体捌きで、テーブルや椅子が吹き飛んでいく。


 ネグリジェから伸びるキュテラの素足が顔に迫る。

 肘を曲げて防ぎ、軸足を蹴る。

 キュテラが溜まらず飛んだところを狙って回し蹴り。

 魔法使いは空中でさらに飛び上がってみせ、私の蹴りを躱す。

 さすがと言わざるを得ない。


 キュテラが反撃の蹴りをあびせてくる。

 腕で防ぐが、二連撃でどちらも重い。

 その細い足首を私は逃がさなかった。

 手で掴んで引きずり落とす。

 落としたつもりで、キュテラは受け身を取って足払いをしてきた。

 読めなかった。

 カッコ悪い尻餅をついた。

 キュテラはその隙に体勢を立て直して、ファイティングポーズを取っていた。


 私も油断なく立ち上がって、間合いを取り直す。


「ど、どうですか? 少しは話す気になりました?」

「なるわけないでしょ。神官なら教えを守りなさいよ」

「私の気も知らないで……」

「それよ。なんでダルファディルに残ったの? あんたが山に帰っていれば、こんなことにはならなかった!」

「私は……」


 明日にでも王女として政争の具にされそうだった。

 もう、いっそのこと本音をぶちまけてしまおう。

 私がこの世界に生まれた理由を。


「英雄ピンクになりたかった!」

「は? なにをふざけて……」

「ふざけてなんかない!」

「うわっ!」


 キュテラの隙をついて尻餅をつかされたやり返しで、キュテラをベッドへ投げ飛ばす。

 ベッドが軋み、キュテラがバウンドした。


「あんなふうに自由で、強くて、みんなを笑顔にするような、そういう存在になりたかった! そのためにずっと鍛えてきた!」

「それで鍛錬をずっと……」

「キュテラが私のやりたいことを奪ったから、帰るに帰れなくなったんです!」

「人のせいにしないでよ。私は正体を隠さないと外で活動できないから」

「今、英雄ピンクって認めました!」

「ああ、しまった。くそ。もういいや。そうだよ。私が英雄ピンク。スレイヤに斬られた英雄ピンク。満足した?」


 キュテラはベッドへ倒れ込み、左の二の腕を揉んだ。

 女神様の奇跡が失敗するわけないから、たぶん気のせいだと思うけど。


「お疲れ様でした。お茶をご用意しました」


 ティーセットをお盆にのせてティリアが戻った。

 私とキュテラがケンカしている部屋に、何食わぬ顔で入って来た。


 私は無言で倒れたテーブルを直し、キュテラは無言で吹き飛んだ椅子を二つ用意した。

 ケンカ明けの二人が用意した茶飲みの席に、ティリアはいつも通りに配膳する。


「お座りください」


 ティリアに促され、私とティリアは渋々と座る。


「言ってくれればいつでも変わったのに」


 ティリアが煎れてくれた紅茶へ一口付け、キュテラが不満を漏らす。

 私にも不満はある。


「英雄ピンクか教えてくれなかったです」

「んー、恥ずかしくて言えなかったピセアが悪いでしょ?」

「いえ、キュテラが悪いです」

「あ、そう。じゃあ、これ貸してあげる」


 キュテラが立ち上がり、ベッドの下から仮面を取り出した。

 思春期の男子かよ。

 エロ本じゃあるまいし。


 取り出された仮面はテーブルに置かれた。

 ガラスのような素材で作られた透明な仮面。

 一見すると顔を隠すのに向かない。

 だが、これを付ければ私も英雄ピンクになれる。

 念願の魔法少女になれる。

 なれるのに。


「もう、無理だよぉ」


 テーブルへ突っ伏した。


「なんでよ?」

「王女だってバレちゃったから!」

「なに? なんで? どうしてよ!」


 キュテラが私の肩をがっつり掴む。

 ティリアも口を開けたまま呆けていた。


 私は、事と次第を話した。

 話を聞いたキュテラの一言がこちら。


「ティリア、カイルって男の首に懸賞金掛けてきて。むごたらしく殺したら追加も出すって」

「すでに出かける準備はできております」

「待って! 二人とも! ティリアは取っ手から手を離して!」


 ティリアはエプロンを外して、部屋の扉の前に立っていた。

 二人の怒りがこそばゆかった。


「まぁ、冗談はさておき」

「なに?」

「ティリア、例の場所は片付いた?」


 殴り合う前からの友人が、ティリアへ目を向ける。


「はい。生活するだけなら問題ないかと」

「よし、ここが襲われる前に移動しよう」


 私のピンチを想定して、別荘を用意してくれていた。

 魔法少女になることしか考えていなかったことが情けない。


「逃げ場を用意しておいたわ」

「……ありがとうございます」

「私は戸締まりをしたら先に行っています」


 頼もしい友人たちに感謝しかなかった。

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