14
キュテラが絶叫するほどの苦痛。
それをスルーできるほど、私は呑気な魔法少女ではなかった。
「ティリア、傷のことを詳しく教えて」
「はい。お嬢様の怪我は、剣によるものです。骨を容易く切り裂いていたことからも、手練れによるものと思われます。もう一歩踏み込んで斬られていたら、腕がなくなっていたでしょう」
「そう」
ティリアの話を聞いていて、スレイヤと英雄ピンクがやりあった路地裏の痕跡を思い出す。
友人が英雄ピンクという最悪の結末しか想像できなくなっていた。
「やったのはスレイヤですね?」
「さぁね」
「キュテラは、英雄ピンク?」
「そんな訳ないでしょ」
自分の正体と英雄ピンクの正体、優先順位がどっちつかずで、私はもやもやの解消を優先した。
路地裏の出来事はずっと気になっていたのだ。
「ふーん。英雄ピンクではないんですね。なら、少し部屋を調べさせてもらいます」
「なんでよ!」
「英雄ピンクはたぶん魔法で変身しています。でも、あれはスキルじゃありません。アイテムのはず。キュテラは英雄ピンクじゃないから、部屋を調べられても平気なはずですよね?」
私がベッドから降りて、手近な箪笥を開けようとした。
引いてみると接着剤で貼り付けたかのように動かない。
キュテラのやつ、魔法で鍵を掛けたな。
私が魔法の鍵に苦戦していると、がばっと起き上がったキュテラに背後から飛びつかれた。
「ちょ、やめなさい! そこは、女神の教えを守りなさいよ!」
「だったら! その傷の本当のことを教えて!」
キュテラを振り払い、間合いを取る。
なぜかって?
キュテラからガチの殺意が漏れていたから。
「ティリア、少し部屋から出てなさい」
「かしこまりました」
キュテラが命じるとティリアが頭を下げて、部屋の扉を閉める。
それを合図に、私とキュテラは間合いを保ちつつ、ぐるぐると歩いた。
いつでも殴り合えるよう、油断はしない。
「どうあっても話してくれませんか?」
「ええ。あんたは大人しくこの屋敷で居候してればいいのよ」
「随分とバカにしてくれますね」
「お節介が鬱陶しいって言ってるの」
「そうですか」
「そうよ」
ぐるぐると回るのをやめて、構えを取る。
ほぼ同時だった。
「殴られないとわからないみたいですね」
「殴られないとわからないわよね」
お互いに譲れないものがあった。
魔法少女としてやりたいことは、こんなことじゃないけど、折れるわけにはいかなかった。
「はあああああ!」
「おおおおおお!」
右の拳で顔面狙い。お互いの腕が敏感に反応し、顔面へ到達する前に曲がる。
ごつりと骨と骨がぶつかった。
数度の拳のやり取り。
踏み込みと体捌きで、テーブルや椅子が吹き飛んでいく。
ネグリジェから伸びるキュテラの素足が顔に迫る。
肘を曲げて防ぎ、軸足を蹴る。
キュテラが溜まらず飛んだところを狙って回し蹴り。
魔法使いは空中でさらに飛び上がってみせ、私の蹴りを躱す。
さすがと言わざるを得ない。
キュテラが反撃の蹴りをあびせてくる。
腕で防ぐが、二連撃でどちらも重い。
その細い足首を私は逃がさなかった。
手で掴んで引きずり落とす。
落としたつもりで、キュテラは受け身を取って足払いをしてきた。
読めなかった。
カッコ悪い尻餅をついた。
キュテラはその隙に体勢を立て直して、ファイティングポーズを取っていた。
私も油断なく立ち上がって、間合いを取り直す。
「ど、どうですか? 少しは話す気になりました?」
「なるわけないでしょ。神官なら教えを守りなさいよ」
「私の気も知らないで……」
「それよ。なんでダルファディルに残ったの? あんたが山に帰っていれば、こんなことにはならなかった!」
「私は……」
明日にでも王女として政争の具にされそうだった。
もう、いっそのこと本音をぶちまけてしまおう。
私がこの世界に生まれた理由を。
「英雄ピンクになりたかった!」
「は? なにをふざけて……」
「ふざけてなんかない!」
「うわっ!」
キュテラの隙をついて尻餅をつかされたやり返しで、キュテラをベッドへ投げ飛ばす。
ベッドが軋み、キュテラがバウンドした。
「あんなふうに自由で、強くて、みんなを笑顔にするような、そういう存在になりたかった! そのためにずっと鍛えてきた!」
「それで鍛錬をずっと……」
「キュテラが私のやりたいことを奪ったから、帰るに帰れなくなったんです!」
「人のせいにしないでよ。私は正体を隠さないと外で活動できないから」
「今、英雄ピンクって認めました!」
「ああ、しまった。くそ。もういいや。そうだよ。私が英雄ピンク。スレイヤに斬られた英雄ピンク。満足した?」
キュテラはベッドへ倒れ込み、左の二の腕を揉んだ。
女神様の奇跡が失敗するわけないから、たぶん気のせいだと思うけど。
「お疲れ様でした。お茶をご用意しました」
ティーセットをお盆にのせてティリアが戻った。
私とキュテラがケンカしている部屋に、何食わぬ顔で入って来た。
私は無言で倒れたテーブルを直し、キュテラは無言で吹き飛んだ椅子を二つ用意した。
ケンカ明けの二人が用意した茶飲みの席に、ティリアはいつも通りに配膳する。
「お座りください」
ティリアに促され、私とティリアは渋々と座る。
「言ってくれればいつでも変わったのに」
ティリアが煎れてくれた紅茶へ一口付け、キュテラが不満を漏らす。
私にも不満はある。
「英雄ピンクか教えてくれなかったです」
「んー、恥ずかしくて言えなかったピセアが悪いでしょ?」
「いえ、キュテラが悪いです」
「あ、そう。じゃあ、これ貸してあげる」
キュテラが立ち上がり、ベッドの下から仮面を取り出した。
思春期の男子かよ。
エロ本じゃあるまいし。
取り出された仮面はテーブルに置かれた。
ガラスのような素材で作られた透明な仮面。
一見すると顔を隠すのに向かない。
だが、これを付ければ私も英雄ピンクになれる。
念願の魔法少女になれる。
なれるのに。
「もう、無理だよぉ」
テーブルへ突っ伏した。
「なんでよ?」
「王女だってバレちゃったから!」
「なに? なんで? どうしてよ!」
キュテラが私の肩をがっつり掴む。
ティリアも口を開けたまま呆けていた。
私は、事と次第を話した。
話を聞いたキュテラの一言がこちら。
「ティリア、カイルって男の首に懸賞金掛けてきて。むごたらしく殺したら追加も出すって」
「すでに出かける準備はできております」
「待って! 二人とも! ティリアは取っ手から手を離して!」
ティリアはエプロンを外して、部屋の扉の前に立っていた。
二人の怒りがこそばゆかった。
「まぁ、冗談はさておき」
「なに?」
「ティリア、例の場所は片付いた?」
殴り合う前からの友人が、ティリアへ目を向ける。
「はい。生活するだけなら問題ないかと」
「よし、ここが襲われる前に移動しよう」
私のピンチを想定して、別荘を用意してくれていた。
魔法少女になることしか考えていなかったことが情けない。
「逃げ場を用意しておいたわ」
「……ありがとうございます」
「私は戸締まりをしたら先に行っています」
頼もしい友人たちに感謝しかなかった。




