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(まずは毒を……。女神様、どうか私の体にある毒を消し去ってください)


 私は、聖者のスキル、解毒の奇跡を使った。

 呼吸と意識を阻害する毒がすっとなくなった。


「っ、今度は、これを……」

「ピセア、今、聖者様が来るから無理しないで!」


 いつもはおどけているニーナが、声を震わせていた。

 私に、ニーナへ反応する余裕はない。

 腰に刺さったナイフを引き抜いて、治癒の奇跡を掛けた。

 一瞬だけ、どばっと血が抜けて意識を失いかける。

 痛みが徐々に引いていき、命の危機に粟立っていた首筋の産毛が落ち着いてくる。

 なんとかピンチから逃れた。


「だ、大丈夫です」

「ピセ……」


 体を起こして笑顔を見せるも、ニーナは信じられないという顔で呆けていた。

 とりあえず心配の色だけは消えたけど。


「大丈夫ですって。ほら、この通り。……ニーナさん?」


 立ち上がって体をひねて見せても、ニーナは口をぽかんと開けて固まっている。


「あの顔って……」

「でも、髪が……」

「どっちも本物?」


 静まり返る酒場で、ヒソヒソ声が聞こえた。

 ふと、いつもより視界が明るいことに気付く。


「あ、うそっ、フードが!」


 起き上がった拍子にずり落ちたのか、髪も顔も完全にさらけ出していた。


「ピセア、あんた、いえ、あなた様は!」

「しーっ! 静かに! 騒がないで! 落ち着いて! 冷静に!」


 私の号令で、カイルを除く酒場の全員がうんうんと頷いた。

 カイルは驚きで目を見開いたまま取り押さえられている。

 私はフードをかぶり治して、咳払いしてからこの場を収めに掛かった。


「とりあえず、このことは内緒でお願いします」

「「「はい!」」」


 素直な国民と相談者たちで助かった。


「それから、カイル」


 国民の手前、ベッドの大きいところを見せないと示しがつかなかった。

 本当は、ぶっとばしたいんだけど。


「脅迫しておきながら、人を刺すなんて逆恨みにもほどがあります」

「そ、それがどうした。どこへなりとも突き出せよ! お前の正体をバラしてやる!」

「構いません」

「本当は頭にきてんだろ? ちいせぇベッドのくせに強がるな! とっとと殴るなり、蹴るなりしろよ!」

「あいにくと、巨人と魔獣を殴る拳しか持ち合わせていません」

「はぁ? なんだそりゃ! おい! どこまで人をコケにすれば気が済むんだ!」


 カイルの罵声は無視して、魔神の脚で帰宅する。

 異世界に起こした波紋をさらに大きく広げてしまった。

 もう魔法少女は諦めたほうがいいのかもしれない。

 王族としての運命が動き出す。

 嫌でも目に見えていた。


 逃げるように幸せの世界樹亭から出て、ウーラニア邸へと戻った。

 休日だというのにがっつりと疲れている。

 しかもほぼ心労だ。

 肩が重い。


「ただいま」

「お帰りなさいませ。お待ちしておりました」


 屈辱的な合い言葉を唱えて館へ入ると、ティリアが待ち構えていた。


「え、うん。そうなの? ちょっとキュテラと話をしたいんだけど」

「その前に、その血は」


 ティリアが、私のローブに広がった血の染みに気付いた。


「あ、これ。ちょっと転んじゃって」

「そうですか」


 絶対に納得していない顔のティリアが、なにかを訴えるように私を見詰めた。

 えっと、なんだろう。

 なにも真意を読み取れない。


「で、キュテラは起きてる?」

「そのキュテラお嬢様の一大事にございます」

「なにがあったの?」

「斬られました」


 疲れが吹き飛んだ。

 目が覚めた。

 心臓が締め付けられて苦しい。


「誰に! いえ、それより手当を!」

「はい。出血がひどくピセア様の奇跡でなければどうにもなりません」

「いつから!」

「お嬢様がご帰宅したときにはすでに」

「なんで言ってくれなかったの!」

「お嬢様に口止めされておりました」

「なにを考えてるの……」


 すぐにキュテラの寝室へ向かった。

 客室が二十もあるという広大な屋敷は東西に長く、キュテラの寝室までがやけに遠かった。

 口止めする理由はわからないけど、それで死んだらどうするのか。

 キュテラを問い詰めたい衝動と手当をしてあげたい気持ちで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「キュテラ!」


 寝室の扉を開けると、部屋の中央に置かれた薄桃色の天蓋付きベッドが目に入る。

 その傍で、使用済み包帯が樽一杯に放り込まれている。

 包帯は赤黒い染みがたくさんあった。


 キュテラは、ピンク色の掛け布団にくるまって、まったく反応がない。


「もう声も出せないようです」


 ティリアはいつにもまして感情がない。

 私は、こんな状態を知っている。

 毎日毎日残業をして疲れ切って、食事も喉を通らなくなって、テレビもネットもなにも面白くないと感じたらこうなるのだ。

 ティリアは聖者ではないし、回復系のスキルを持っていない。

 元冒険者としての経験だけで傷の手当てと看病をしていたのだ。

 重傷者の相手を一人でしなければならないというのは、相当のストレスだと思う。


「ティリア、よく頑張った。後は、私が治療するだけね」


 ティリアは涙を湛えた目で、弱々しく頷いたが、不意に私へすがりついた。

 私のローブを掴む手には、恐ろしく力がこもって、震えている。


「深手を治すには、奇跡の熟練者でなければならないと聞いたことがあります」

「……そうだね」

「私がもっとはやくお嬢様の命令を無視していれば、こんなことには……」

「大丈夫、私の治癒の奇跡はかなりのものだから」


 奇跡を習得しているのは、主に私の筋肉たちだけどね。

 その筋肉もただの筋肉じゃない。

 災害陣マッスルブリーダーで限界を超えて鍛え上げた至高の筋肉だ。


「疑ってすいませんでした。お嬢様をお願いします」

「うん」


 私はキュテラのベッドへよじ登る。

 キュテラの好きなバラの香りが漂う、五人くらい横になれそうなベッドだった。


 桃色のシーツの上でピンクの掛け布団にくるまるキュテラ。

 その掛け布団をめくると、氷漬けになったキュテラの腕が現れた。

 魔法による強引な止血だ。


「もう、それしかできなくて」

「良い判断だと思う。止血は大事だよ」


 氷の結晶の中に、ばっくりと斬られたキュテラの左腕があった。

 丸みを帯びた二の腕の半ばまで斬られている。

 斬られた箇所は、すでに紫色に変色しており、死肉へ変わっているようだった。


「魔法は解ける?」

「解けば血が流れ、激痛でお嬢様が暴れます」

「わかった。合図を出したら解いて」

「はい」


 私はキュテラの傷口の上に手を置いて、腕を掴む体勢になる。


「いいよ」

「解きます!」

「う、があああ!」


 私はキュテラが絶叫するのも構わず、傷口を手で押さえた。


「ああ! 痛い! いや! 離して!」

「……女神よ。我が友を苦痛の淵より救い給え」


 胸が痛くなる。

 頬が引きつる。


「離してえええ! お願い!」


 キュテラが痛みのあまり、私を殴る。

 良いパンチだ。

 かなり痛い。

 それでも女神に祈った。

 掌にキュテラの冷たい腕から漏れ出た暖かい血がべっとりとくっつく。

 涙を堪えて、ひたすら祈る。

 永遠とも思えるような時間だった。

 友人の苦しむ声を聞くのも姿を見るのも、地獄だった。


「ぐ、ピセア? なんで部屋に?」


 心が折れそうになりながら、夢中になってキュテラの腕を押さえていたら、キュテラが正気に戻った。

 キュテラの腕から手を離すと、傷口はすっかり塞がっていた。

 手には、鮮血がこびりついていた。

 ティリアが白い布巾を差し出したので、それを受け取って血を拭き取った。


「ティリアに教えてもらいました。どうしてこんな深手を」

「転んだのよ」

「言い訳が下手すぎ」


 さっきの私みたいで、笑うしかない。


「奇跡はありがとう。もう寝たいから出てって」


 キュテラは掛け布団にくるまり、面会謝絶の体勢に入った。

 傷の詮索をされたくないらしい。

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