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「私があなたぐらいの時にダルファディルへ来たの。斥候をマスターしたから剣士に転職して、さぁ次の冒険へ、と考えていたころだった」
「なにかあったんですか?」
「英雄シャルジャンのとりこになっちゃったの。最初はなんとも思っていなかったんだけど、毒の大剣をつかって巨人を倒したところを見たらさ」
「はい」
「毒を扱うのも悪くないのかなって思えたの」
「はぁ……」
「私のいたパーティって、毒を快く思っていなかったから、救われたような気分になった」
「なるほど。斥候でしたら毒を扱うこともありますからね」
ポイズンエキスパートの災害陣のことは伏せているけど、私は納得した。
「それからシャルジャンを追いかけるようになって、シャルジャンを真似ようと戦士に転職したこともあったなぁ」
「そうなんですね」
「筋力が足りなくてすぐに諦めたけど」
「そうだったんですか」
「話が逸れたわね。私が女神団に入ろうと思ったのは、英雄の死んだ後、とある貴族に誘われたからよ」
「引き受けたんですか?」
「ええ、後悔してたからね」
「後悔?」
「英雄シャルジャンと巨人の一騎打ちがあったとき、私はダルファディルにいたんだ」
自嘲めいた笑みを浮かべてタニトは語る。
「パーティを説得して英雄に加勢しようとしたけど、みんな怖じ気づいちゃって。あのとき、一人でだって行けば後悔なんてしなかったんだけど」
熱烈なファンの子が、友人をライブに誘っても一緒に行ってくれないのに似ている。
タニトは、父親をそれくらい慕ってくれていたらしい。
なんだか悪いようにはできなくなってきた。
「本当、彼が亡くなったと知ったときは信じられなかった。食事も喉を通らないし、あまりにも悲しすぎて冒険に出ようなんて思えなくて、パーティも抜けちゃった」
なんだかオタク仲間が推しキャラを殺されたときのことを思い出す。
タニトにとって英雄シャルジャンは明日を生きる希望だったらしい。
「そんなに好きだったんですか?」
「んー、好きなんてもんじゃなかったわ。恋してたのよ」
そういってタニトは乙女の溜め息を着いた。
「その溜め息から察すると、気持ちを伝えられなくて悲しかったり?」
「……女王が不倫したって話は知ってる?」
「へ?」
唐突な話題転換についていけなかった。
「まぁ、それが原因で国王派なんてものが生まれたんだけど」
「聞き知っている限りではそうですね」
「私がダルファディルへ来たときには、もう女王のお腹に赤ちゃんがいたのよ。そのせいで巨人や魔獣は、毎日のように現れるし」
「大変な時だったんですね」
「シャルジャンも毎日戦ってた。へとへとになっても毒の大剣を振るい続けてた。冒険者には馴染みのない、守るだけの戦いを見て、すぐに理解した。彼には守りたい人がいるんだなぁって」
「はぁ」
「当時は、女王のお腹にいるのが誰の子なのかって話題で持ちきりだったけど、私は彼がその子の親なんじゃないかと思ってた」
「どうしてですか?」
前のめりになりそうなのを堪えながら尋ねた。
「彼はずっと王宮に背を向けて戦っていたの。最初は生真面目な近衛兵だからかとも思ってたんだけど、ボロボロになって命がけで戦う姿を見てたら仕事じゃないなって感じた」
「そう、ですか」
父親の奮闘を改めて聞かされて、少し切なくなる。
一度くらいはお父さんと呼んでみたかった。
お疲れ様とか言ってみたかった。
「私の勘が正しければ、女王の子供は英雄との間にできたはず。これ以上ないくらい素敵な二人だから、私の恋は横恋慕ってことで早々に諦めがついたわ」
タニトが吹っ切れていると言わんばかりのからっとした笑顔になった。
それにしても勘の鋭さに冷や汗が出る。
今、目の前にいるのが女王と英雄の子供だとわかったら、タニトはどんな顔をするのだろう。
見てみたいような気もする。
ううん、タニトになら見せてもいい。
父のファンなら、なおさらだった。
「転職しましょう、タニトさん」
「今の話を聞いて、どうしてそうなるの?」
「あなたは女神団にいるべきじゃない」
「へぇ、どういう理由で?」
タニトが剣呑な眼差しになるのは想定済みだ。
「あなたは、もう一度強くなる必要がある。女神団を指揮している場合じゃない」
「強くなるったって、もう二十九よ? 弱くなる一方だし、指揮官の方が賢い選択だと思うけど」
私は立ち上がって腕を袖の内側へ引っ込めた。
「なに? 脱ぐの?」
「違います」
エンチャント付きの籠手を外して相談室のカウンターへ置いた。
続いてエンチャント付きのすね当ても外して置いた。
「かなりしっかりした……、いえ魔法の装備をしているのね」
「これらは筋力増強のエンチャントが掛かっています」
「高価な代物ね。どこで手に入れたの?」
「貴族の友人の伝手で。それより、これらをお貸しします」
「貸すって、本気で鍛えさせるつもり?」
「はい。転職嬢としての勘が告げています。あなたはまだ戦える。戦うべきだって」
「さっき、スレイヤに一撃でやられた人間になにを期待しているの?」
「女神にも魔神にも祈ります」
私は座ると、もう一つの災害陣を起動する。
筋力の成長を促進する魔神の祝福を一ヶ月限定でタニトにも付与。
鍛えても体型を変化させないスペシャルな筋肉のおまけ付きだ。
女神の災害陣の方では、冒険をこなすことで手に入る運命ポイントを割り振る。
運命ポイントは、1ポイントで運命が百八十度変わる。
タニトは50ポイント持っていた。
筋力・体力に21ポイントずつ、敏捷に8ポイントを割り振る。
筋力と体力は今のままではいけないので奇数。敏捷は文句なしなので偶数だった。
物理特化の魔法少女……、そう、魔法少女になってもらう。
魔法少女は心意気だ。年齢は関係ない。
「つまり、あなたは私にもう一度冒険者に戻れというわけね」
「違います」
「じゃあ、なんなの?」
「英雄を目指してもらいます」
タニトの目つきが一際きつくなる。
タニトが声を荒らげるのも時間の問題だ。
私は切り札をつかうことにした。
フードを外して素顔と髪をタニトへ見せる。
タニトの顔から殺意が消えて、表情が無になる。
それから徐々に驚いた顔へと移り変わっていく。
「……あ」
「あなたが十分と思うまで鍛えてみてください」
「あ、はい」
「あと、スレイヤと対等にやりあえるようになるまで、女神団の活動を控えてもらえると安心できます」
「えと、わかりました」
圧倒的上司からの指示に全自動返答機になった前世の私を見ている気分だった。
「あの、もしかして……、殿下?」
正気を取り戻しつつあるタニトが、私の正体へ気付いた。
口元に人差し指を立てて、フードを被った。
「見事な勘でした」
「は、はい! ありがとうございます!」
背筋を伸ばしてタニトが答える。
採用面接を受けに来た就活生みたいだ。
私の真意が不明なために漠然とした不安があるようで、困惑したようにカウンターの上の防具へ目を落としていた。
女王の娘として何かを言わなければならない。
おかしい。
英雄ピンクのように屋根の上を飛び回り、路地裏でストリートファイトする魔法少女になるはずだったのに。
「私は巨人や魔獣と戦える仲間を探しています」
魔法少女を目指す王女の苦しい言い訳だった。
「殿下も戦うんですか?」
「はい。父に恥じないよう、強くなろうとしています」
「殿下が……」
「私には無理だと思いますか?」
「いえ、そんなことは……」
強さは、血統だけでは証明されない。
小娘の大言壮語と思われているに違いなかった。
「父親の仇を取りたいってことですよね?」
「……そう、いう、意、味、もあります」
やっべー、仇を討つとかそういうの全然頭になかった。
思わずタニトの言葉に便乗する。
「敵は、国王とその配下です。大きいですよ?」
「ええ、構いません」
こうなったらヤケだ。
殴って解決できるものは全部殴ってやろうじゃないか。
「わかりました。このタニト、魔神のアギトまでお供します」
「それから私のことは秘密に」
「もちろんです」
タニトは私の防具を抱えると、膝をついた。
「共に戦えるよう鍛え直して参ります」
「はい、お願いします」
「では」
タニトは頭を下げて相談室から出て行った。
「やっちゃったー……」
一人になって素に戻り、天井を仰ぐ。
今の今までずっと隠れてきたのに、ついに動いてしまった。
転生した異世界に初めて波紋を作った。
しかも、魔法少女としての人生が送れるかまったくわからない選択肢を選んだ。
着実に王女としての人生へ道ができつつある。
「はぁ、遠ざかっていく……。どうしよう……」
もうね、情けない声しか出ない。




