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 冒険者の宿の階段を上ると、あの娼婦がいた。

 廊下の突き当たりに寄りかかり、階段を上ってくる人間を見ていた。


 部屋に入らないのは不自然だし、やっぱり国王派ともめるためにきたのだろう。


「その格好。前にもあったわね」

「はい。魔神街での魔獣騒ぎの時に」

「そうだった。忠告を無視するどころか、聖堂剣士と一緒に魔獣を倒したのよね」

「ええ」


 口調は穏やかだが、声には静かな怒りがにじんでいた。


「で、今日も邪魔しに来たと」

「そういうつもりはありません」

「なんだか舐められているようね」


 娼婦姿の女性が、薄笑みを消して壁から離れた。

 身のこなしが一般人から斥候のそれに変わる。

 足音が消え、殺意の眼差しになった。

 斥候のマスターだ。

 転職嬢である私はすぐに悟る。

 殴り合いの構えを取るも、女性は構わず近づいてきた。

 豊満なバストの脇へ手をやり、糸をたぐり寄せると投げナイフを取り出す。


 なにそれ、私もやりたい。胸ないけど。


「団長」


 奥の部屋から男が顔を出して呼び掛けた。


「ちっ」


 団長と呼ばれた女性が、舌打ちしてその部屋へ引き返す。


「団長? あの人が女神団の?」

「おい! スレイヤが降りてきたぞ!」

「女神団もお終いだ!」


 階下からどよめきがあがった。

 事が動いた。


 私が下の階へ戻って宿を出ると、煙幕が次々に張られていた。


「女神団が逃げるぞ! 追え!」

「団長がいるはずだ! 捕まえろ!」

「路地だ! 路地に逃げた!」


 反撃に出た国王派が、団長を追えと騒ぐ。


「路地……」


 煙幕から抜け出た女神団とも国王派とも区別のつかない男たちが、宿と詰め所の狭い路地へ突入していった。


「普通に追いかけたら無理か」


 私は宿の裏へ回り、そこから跳躍して屋根上に移動した。

 うん、誰にも見られてない。

 屋根上から路地を見下ろして、男の群れの先へと移動する。

 先頭集団にはスレイヤも団長もいない。


「二人はどこに……」


 私は路地を走る集団から目を離して、耳を澄ませた。


 少し離れたところで煙幕の焚かれる音がした。


「あっちだ」


 私は屋根を飛び移って、今し方焚かれた煙幕を目指した。


「ぐぁっ!」


 肉体が壁に叩きつけられる音。


 煙幕から少し離れた路地の辻に二人がいた。

 私は屋根から飛び降りて、スレイヤとぐったりと地面に倒れる団長の間へ割り込んだ。


「ん、貴様は?」

「以前はどうも」

「いつぞやの神官か。なぜ邪魔をする?」


 スレイヤは顔色も息もどれ一つ乱さずに立っていた。

 人を傷つけることに慣れているらしい。


 女神団の団長は呻き声を漏らし、立ち上がる気配がない。

 団長の容態が怪しい。

 ちょっと厄介かも。


「そちらの方に転職を勧めようと思って」

「そいつが誰かわかって言っているのか?」

「団長さんだと聞いております」

「そんな奴を庇う必要はない。この国の安全のためにも、ここで消えてもらう」


 ああ、もう完全に殺す気だ。

 どうしたものか。


「国を乗っ取りたいだけなら良い条件ですよ? 彼女が転職してしまえば女神団はなくなります」

「殺したも同然だから見逃せと言いたいのか?」

「はい」

「無理な相談だな」

「そうですか」


 私は仕方なく構える。

 スレイヤはすでに構えていた。

 金髪の美女が鬼の形相で、簡単に逃亡を許す雰囲気ではなかった。

 できれば戦いたくなかったけど、団長さんの具合がよろしくない。

 早く手当てしないと。


「そこまでよ!」


 あら不思議、殺意が湧いてきましてよ。


「英雄ピンク見参! とう!」


 私が悩むタイミングでやってくるあたり、本当に助かるけどぶっ殺したくなる。


「また貴様か!」

「こんなところで女神団を虐める奴は見逃せないからね」


 前回の助言に従って、英雄ピンクは地べたに降りてスレイヤと対峙した。


「……任せていい?」

「あはっ、もちろん!」


 なんだその爽やかな返事、顔面に穴開けるぞ。

 私は昂ぶる傷害致死の衝動を抑え込み、団長を担いで路地を脱出した。


「待て!」

「おおっと! 私が相手だよスレイヤ!」

「うっとおしい英雄もどきが!」


 路地裏で激しい殴り合いの音が響いた。

 それを背に私はダルファディルの神殿へ急ぐ。

 少しだけスレイヤの気持ちがわかってしまうのがなんとも言えなかった。


「な……ぜ……」

「手当てするまで少し我慢してください」


 なるべく振動させないように団長を神殿へ運んだ。


「え、ピセア?」

「すいません。救護します。祈祷室を借りますね!」

「う、うん」


 神殿へ入るなり、ニーナに出会ったので要件を告げる。

 背中に担いだ団長の顔は青ざめ、腕は変な方向へ曲がり内出血で膨らんでいた。


 祈祷室には、幸いにも誰もいなかった。

 団長を寝椅子へ降ろして扉に鍵を掛けた。

 窓も閉めて中の様子が見えないようにする。


「さて」


 私の筋肉の出番だった。

 筋肉と言ってもただの筋肉ではない。

 聖者に転職済みの筋肉だ。

 聖者は、解毒に留まらず、病気や怪我の治療までも奇跡で行ってしまう達人職だ。

 聖者になるには、神官と運任せという基本職をマスターする必要がある。

 もちろんどちらの職業も私の筋肉がマスターしていた。


「まずは腕から」


 私は団長の膨れあがった腕に触れると意識を集中する。

 女神が地上へばらまいた幸運。それは偏在する。

 それらを一箇所に集めて大きな幸運、つまり奇跡に織り上げるのが聖者の力だった。

 私は祈祷室にある幸運の欠片を集めて、団長の腕に治癒の奇跡を祈る。

 効果は一瞬だった。


「っっはぁ! はぁっ、はぁっ、腹の骨も……」

「こっぴどくやられたんですね」


 団長の肋骨をなで回し、痛がる場所を特定すると再び治癒の奇跡を祈る。

 一瞬で折れた肋骨が元通りになり、折れた骨で傷ついた肺も治った。


「ありがとう。あんたに担がれてるときが一番辛かった」

「うん。ごめんなさい」


 聖者のスキルを隠したいがために患者へ苦しい思いをさせた。

 立場と責任のせめぎ合うところだった。


「どうして助けた?」

「さっき言ったでしょ。あなたを転職させたいって」

「はぁ、本気で言ってたのか。転職するわけないだろ」

「助けてもらった恩人の言うことが聞けませんか?」

「恩着せがましいな。礼は言った」


 団長は、奇跡で動くようになった体を確認しながら起き上がった。


「では、少しだけ話をしませんか? お礼ならそれを望みます」

「……あぁ、わかった」


 悩ましい姿の団長は、長い黒髪を掻き上げて溜め息を一つ。

 斥候の振る舞いから娼婦の振る舞いに切り替わっていた。

 私は、ニーナに許可をもらって相談室へと案内する。


「初めて入った。こんなに狭いのね」

「扉も壁も分厚いので、盗み聞かれることはありません」

「ふふ、壁に魔法が掛かってるからね。風があるわね。魔法で通気しているの?」

「あはは、さすがの目利きですね」


 斥候のスキルで、物品の価値や効果を見破られた。

 私もカウンターの反対側へ座り、さっそく災害陣を起動する。

 青い文字が、団長の職歴や経歴を並べた。


 斥候、マスター。

 剣士、5レベル。

 戦士、1レベル。

 酒好き、マスター。

 酒豪、マスター。


 名前はタニト。二十九歳。元冒険者の斥候。

 斥候はマスター。剣士は5レベルにとどまり、戦士がなぜか1レベルある。

 筋力が伸びなかったらしい。

 それと謎の飲酒職。

 タニトは、娼婦ではなくお水の仕事をしていたのかもしれない。


 ダルファディルへ来て、冒険者を辞めたとある。

 冒険者を辞めたあと、ウーラニア公の誘いで女神団の団長になる、ってキュテラが気にかけてたのはこのせいか。

 それと災害陣を持っている。ポイズンエキスパート。

 毒物の精製・強化ができるみたいだ。


「どうぞ、座ってください。お名前を聞いてもいいですか?」

「そちらは?」

「私はピセア」

「タニト」

「タニトさん」

「で、話って?」

「タニトさんはなぜ女神団に?」

「ふふ、本当に私の話を聞きたいのね」

「はい」

「私は冒険者だったんだけど、この街で人生が変わっちゃった」

「なにがあったんです?」

「英雄がいたの」

「英雄……シャルジャンのことですか?」

「そう」


 タニトは思い出すのが楽しそうに微笑んだ。

 娼婦の微笑みではなく、冒険者としての興奮と敬意を持った笑みだ。

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