幕間 とある廃墟に残された音声記録
それはきっと生まれる前の記憶。
狭く、液体に満たされた空間の中でワタシは目を開いた。
見えた景色はぼやけた赤一色。視界はほとんどなく、感覚で理解する事の方がずっと多い。
ワタシの身体からは細い管が伸びており、それはワタシを囲む壁と繋がっている。
初めて見る景色。それにしてはいやに殺風景。感動も何もありやしない。
けれど、未だ人の形を成していないワタシは震えていた。
視線。観察するような、それでいながら興味の無いような、不可思議な視線。
ワタシを取り囲むのは無数の目玉。有象無象と断ずるにはあまりにも存在感のある、その視線。
誰、否、何者なのだろう。この視線の主は何なのだ。
ぼんやりと見えたそれらの姿は、今思えば異形そのもの。ふわふわと浮かぶ色のついたクリオネのよう。
気持ちの悪い世界。
だからワタシはいつもこう思うのであった。
ああ、生まれたくないと。
だけど、生まれた先にあったのは満たされた幸福な世界。
ワタシが笑えば皆が微笑み、そのたびに精一杯の愛情が注がれたような気がする。
ワタシに足りないものはない、と誰かが言っていた。
ワタシが困った顔をすれば誰かが助けてくれたし、不満を口にしようものならすぐにそれは改善される。
怠惰に身を委ねるだけで生きていける。言ってしまえば楽園だ。ここは欠ける事の無い完全な世界なのだ。
ならば、ここに適応できない者は正常では無いのだろう。
ここで、ワタシは初めて気がついた。
ワタシは人では無かったようだ。




