幕間 とある壁一面の赤い文字
蠱毒、という呪術の下準備を初めて間近で見た。
一つの器に数百程度の蟲を閉じ込め、やがて起こる共食いを利用して執行する悪趣味な儀式。共食いの末、生き残った最後の一匹を使用する事によって完成する回りくどい呪術。それが蠱毒である、らしい。
聞いた話によれば、最後に残った蟲は絶大な力を得ているようだ。他の生命を喰らい、降りかかる邪を次々と取り込んでいけば魂は強くなるものらしい。悪意の濃縮された魂は強い、との話だ。
なるほど、今のワタシの現状はこれで説明がつく。
だが、それにしても悪趣味だ。過程を観察しているだけでも気分が悪くなる。器の内側には臭気が充満しており、もう原型をとどめている生物など数えるほどしかいないではないか。これでは最後に残った一匹が呪術に利用する前に死ぬ、なんて事もあり得たのではないかと思う。前提から破綻しているとしか思えない。
一体、こんな醜悪な呪法を誰が思い付いたというのだろう。どうしてワタシはここに居るのだろう。どうしてワタシなのだろう。誰の意志で。誰のせいで。誰のためにこうなったのか。
蠱毒を体験して、初めて気付いた事がある。
どうやらワタシは蟲の側だったようだ。
ワタシの前には赤褐色の絨毯が広げられていた。元は肌色だったのだが、もう面影すらも残っていない。
ひとまず酷く腹が減った。ワタシは地面の上に満遍なく敷かれている“それ”を千切り、口の中へと運ぶ。
咀嚼する。呑み込む。頭を落とす。齧る。啜る。呼吸も忘れる程の暴食。
それを満腹になるまで続ける。食べる物は、これしかない。
どうして食事はこんなにも苦痛なのだろう。食べる、というのは生きる事。それに抵抗を感じているワタシは何かを間違えているのだろうか。
わけもなく流れる涙はいつもの事だ。気にする必要も無い。
そんなワタシの背後から人の気配がする。しかしそれも気にする必要も無い。
ワタシはいつも通り食事を続けつつ、それからあからさまに近付いてきた気配に手を伸ばし……
結論から言って、計らずも今日の食事は少々豪華なものとなってしまった。




