料理における最強の定義
大変お待たせいたしました! 今回は書き溜めていないので途中で待たせることになりそうですが、できるだけ頑張って連載で書いていこうと思います!
それでは、番外編スタートです!
料理対決において最強とは何か。
その答えを、イギリス代表料理人のチョーリ・バックレーは知っていた。
バックレーは筋骨隆々で顔も濃い大男だが、イギリス人らしく礼節や誇りを重んじ、女性や子供には積極的に手を貸すという紳士的な性格を持っている。まさにイギリス人だ。この世界においてイギリス人は顔が濃い。故にバックレーは典型的なイギリス人である。彼はイギリス人故に顔が濃いという欠点を除けば、まさしく完璧な人間なのだ。
そんな彼は、これまで生きてきた三十年以上の歳月をほぼ“料理対決”に費やしてきている。
バックレーはイギリス国内において、料理対決で敗北を喫した事が無かった。いわば英国最強の料理人である。しかし、彼は料理人らしからぬ一つの逸話を持っていた。
――――チョーリ・バックレーは料理人でありながら一度も料理をしたことが無い。
イギリス国内ではあまりにも有名なこの逸話だが、これは事実である。現にバックレーは料理人でありながら、公的な場で一度も料理をした事が無いのだ。
それなのに料理対決では無敗。何故か。その答えは簡単である――――
「少年。君は、私がこれまでどういった方法で料理対決を勝ちぬいてきたか、もう聞いているのかね?」
バックレーは暑苦しい笑みで小さく笑った。それは王者らしく余裕に満ちた笑みである。
彼は今“コロッセオ”の中に居た。これは言うまでもない常識であるが、コロッセオとは“料理対決”を行う場である。これは古代から続く伝統だ。
現代では野球場に近い形となっているが、いくら現代化されようとコロッセオはその本質を見失う事は無い。
ドーナツ状に広がる観客席、その中心にある二つの調理台。中間に位置する審査員席。それから上に浮かぶ大型モニター。これらは全て料理対決を彩るために必要不可欠なものだ。
北側と南側に一つずつある調理台は、双方向かい合うように設置されている。
そして、南側の調理台の後ろにバックレーは立っていた。彼はダンディズムな顎鬚を指で弄りながら、北側の調理台に立つ男をじっと見つめている。
バックレーは今、日本という小さな島国に来訪していた。彼は、そこで英国と日本の交流試合が行われる、という事でここまでやってきたのである。
英国最強の料理人vs日本最強の料理人。そんなキャッチフレーズで行われるこの交流試合は、これまで敗北を喫した経験の無いバックレーの胸を高鳴らせた。
何せかつて「日本最強」といわれていた料理人は、ここ数年前に料理の世界大会で優勝し、なんと「世界最強」の称号を手にしているのである。世界大会に関しては面倒だったので国内選抜にすら参加していなかったバックレーだが、いきなりその優勝者と闘えるのなら胸が躍ってしまうのが料理人の本能だ。
バックレーは両手を広げ、その「世界最強」に対して自らの理念を語る。
「私は料理をした事が無い。何故ならば、現代の料理対決では“妨害行為”が許可されているからだ。私は――――」
バックレーは調理服に包まれた右腕に力を籠め、己の拳を前へと突き出す。
「――――この拳で、全てを勝ち得てきた」
バックレーの調理スタイルは“妨害特化”であった。
今のルールでは妨害行為どころか、相手を調理続行不可能に追いこむ「KO勝ち」まで許可されている。それ故に、バックレーは相手の妨害に全てを懸けたのである。
料理対決が始まると同時に、即座に対戦相手へと接近し、暴力によって一撃で調理続行不能に追い込む。それが“殲滅王”の異名をもつチョーリ・バックレーの真髄であった。
だから、バックレーは己の料理を作った事が無いのである。作る必要もない。
「ところで“世界最強”君。君は肉弾戦もそれなりに得意としているそうじゃないか」
バックレーの言葉に、対戦相手がピクリと反応する。
バックレーは知っていた。自分が相手にする「世界最強」は、料理と同様に肉弾戦も得意としている事を。だからこそ挑発する。より試合が盛り上がるように、と。
バックレーは、眼前にある調理台を軽くジャンプして飛び越える。そして硬質的な床を歩きながら、ゆっくりと対戦相手である「世界最強」に向かって歩いていった。
すると「世界最強」の方も調理台を飛び越え、同じようにバックレーの方へと歩いてくる。こうして、二人は調理台を挟まず直接対峙する事となった。
「世界最強」はバックレーよりも二回りほど小柄な男である。その男は日本独特の“黒い和服”をその身に纏い、荒々しく髪を逆立てていた。服装のせいで身体つきがわかりにくかったが、それなりの筋肉がついているようには見える。
バックレーは、そんな「世界最強」に対して宣戦布告を投げかけた。
「どうかな、ここで一つ力比べというのは?」
そう言ったバックレーの腕力は尋常では無かった。
加え、今では料理人は皆「食柱毒」という超能力を持っているのだが、バックレーの能力はこれまたパワー方面に特化している。
バックレーの能力は「チャージ」だ。自らの力を一点に凝縮し、その上で全身に力を加えれば加えるほど一撃の威力が上昇していく能力である。これまでバックレーが試してきた中で最大の破壊力は、コロッセオが半壊するレベルの凄まじいものであった。相手が抵抗しようが防御しようが回避しようが関係なく、ただただ一撃で何もかもを粉砕してきたのである。
そんな男が今、比較的小柄な東洋人に向かって力勝負を仕掛けたのだ。喧嘩どころか無理を売っている。
実際、バックレーの圧倒的破壊力に太刀打ち出来る料理人は、少なくともこれまで彼の前に一人も現れる事はなかった。それなのに、いくら世界最強とはいえこんな小さな東洋人が対抗できるわけが無いだろう。それをわかっていながらバックレーは力勝負を挑んだのだ。ただの挑発として。
しかし、それを真っ向から受けた「世界最強」――――渋堂我竜という名の東洋人は獰猛な笑みを浮かべて応じる。
「……おもしれぇ」
そんな想定外の言葉を受け、バックレーは少々面食らう。自信に満ち溢れた笑顔。ここまで恐怖を抱かなかった対戦相手は初めてである。
渋堂我竜の眼は真っ直ぐであった。
そこに虚偽の色や怯えの色は混じっていない。あるのは純粋な闘争心だけ。
ここでバックレーも渋堂の意図を理解する。恐らく、この渋堂という男はただ試したいだけなのだ。自分がどこまでいけるのか、そして相手のやり方でどこまでやれるのかというのを。
「……ほう。ならば試させて貰う」
ならば話は単純だ。バックレーは瞬時に臨戦態勢へと移行する。ここまで来れば闘争以外の結末はあり得ない。“闘う”しかもう選択肢は残されていないのである。
故に、バックレーはゆっくりと渋堂との距離を詰めていく。こうして二人は接近していき、お互いの拳が届く距離にまで肉薄した。後はもう激突だけ。
ここでバックレーは拳を大きく振りかぶり、それから喉奥から唸り声を上げる。
「ああああああ……があああああああ……!!!!」
これこそが、バックレーが己の能力を解放するために必要な“固有動作”であった。“唸り声”を上げるというのが、彼が能力を発動するのに必要な行為なのである。
声を出して全身に力を籠めている時間に比例し、繰りだせる一撃の威力も上昇していく。最大威力を叩きだすまでに必要な時間は約数十秒。タフネスにも優れるバックレーならば簡単に耐えきれる時間だ。チャージを妨害されても何ら問題は無い。
だが、それに対して渋堂我竜は攻撃を仕掛けてこなかった。渋堂は拳の甲で自らの顎を拭い、それから固く握った右拳を後ろに携えて構えを取る。どうやらバックレーの攻撃に対して真っ向から立ち向かってくるつもりのようだ。
しかしそれは愚策である、とバックレーは考える。何故ならばバックレーが最大威力の拳を一度放ってしまえば、もう相手が誰であろうとたとえ何をしようと手がつけられないからだ。大概の相手はカウンターを狙う暇すらも無く、反撃に出る余裕も無く、ただただ一方的な破壊力の前に弾け飛ぶ事しか出来ないのである。
そうこうしている内に、もう数十秒が経過した。
準備完了。後は殲滅あるのみ。
バックレーは己の全力を右拳に乗せ、渋堂我竜に向けて必滅の一撃を放つ。拳は空気抵抗の膜を貫き、轟風を纏いながら渋堂の顔面へと迫っていく。当たれば間違いなく命は無い。
これが妨害のみに特化した万壊の一撃。対戦相手を“調理する”という一つの料理法の完成形。英国の誇り、重みが全て乗せられたこの拳は全てを砕く――――
――――なんて事はあり得ない。現実はそんなに甘くは無いのだ。
過ぎゆく刹那の最中。バックレーは聞いた。自身が対峙した「世界最強」の楽しむような声を。
「いくぜ? 真っ向から――――」
瞬間的に、渋堂我竜の全身から赤い蒸気のような光が溢れ出す。光は暴れるように次々と溢れ出ては空間に溶け、渋堂の周囲を徐々に赤く染めていく。それは常闇を照らす太陽の煌めきのよう。
この光は、渋堂我竜の能力「生命エネルギーの生成」によって生み出された高密度のエネルギー体である。つまり渋堂は生命エネルギーにより全身を活性化させ、一時的に超人的な身体強化を行っているというわけだ。これが「世界最強」の調理スタイルである。料理界の頂点に立った男の力。それが今、バックレーに向けて放たれようとしているのだ。
そして渋堂我竜は“赤き拳”を解き放つ。その拳はバックレーの想像よりも遥かに速く、重く、それでいながら絶望的なまでの“破壊”を内包していた。逆鱗を撫でられた龍が如く獰猛で、空さえも蹂躙しかねない膨大な力を秘めた一撃。超破壊力特化である“龍帝”の赤い光は、聖も邪も等しく喰らって成長を繰り返し凶暴化していく。まさに究極。まさに最強。まさに龍帝。これこそが渋堂我竜。
その拳は、バックレーの突きだした拳と正面衝突し――――そして――――
「――――ブッ! 飛ばすッ!!!!!!」
瞬間。
バックレーは渋堂我竜の背後に、凄まじく巨大な怪物の姿を見た。蝙蝠のような羽根を携え、蛇のような胴体を持ち、強靭な顎をこれでもかというほど主張しているその怪物を。
無論、それはただの幻覚であるはずだ。そんな怪物が実在するわけが無い。けれどもバックレーは確かに見た。渋堂我竜の拳から伝わってくる暴力じみた威圧感が、怪物のような形で顕現するところを。
「ドラゴン……ッ!?」
バックレーの拳が捉えたものは破壊の感触では無かった。むしろ逆。彼が味わったのは、己の拳が潰れ砕けて感覚が消えていく絶望だけである。拳同士が触れた瞬間、理解する格の違い。龍の顎が獲物を喰らうように、龍帝の一撃はバックレーの攻撃を易々と貫いていく。
そしてバックレーは渋堂の宣言通り、その拳によって斜め上空へと吹き飛ばされ数秒間激しい錐揉み飛行を続けた後に観客席下の壁へと――――砲弾のような勢いで激突する。地震かのような震動が会場を襲い、爆風のような砂塵が吹き荒れ、気がつけばバックレーがめり込んだ壁には巨大なクレーターが作られていた。バックレーは既に白眼を剥いており、自慢の右拳は根元からヘシ折られ歪な形となっている。
誰がどう見てもバックレーの完全敗北だ。
これまでずっとKO勝ちをしてきた料理人は、ここで初めてKO負けを体験する事となったのである。バックレーは正面から渋堂我竜と撃ち合い、そして力負けして弾き飛ばされてしまったのだ。
それから数秒待たずして、アナウンスから「勝者、渋堂我竜ーーーーーッ!」という声が響く。直後に爆発する歓声。これにて試合終了だ。
渋堂我竜は、未だクレーターに埋まっているバックレーに対し、力強い笑みを浮かべる。
「久々のパワー勝負、楽しかったぜ。聞こえてねーだろうが、また調理ろうな!」
これが世界最強の料理人、渋堂我竜の実力である。
対戦相手も料理してこそ一人前の料理人だ。これはれっきとした料理対決の勝利である。これもまた料理の一つの形なのだ。
こうしてまた、彼の輝かしい最強伝説に新たな一ページが刻まれるのであった。
「ってと、試合は終わっちまったけど、なんか飯作ってもいいか? 審査員のあんたも飯を食いにここに来たんだろ?」
――――なお、試合終了後なのにも関わらず渋堂我竜が作った料理は、審査員に高評価を受けたのは言わずもがな。
●
「ふぅん、これが世界最強の実力か……ならこいつを倒せば、ボクらは世界で一番強い事になる」
ここは世界の何処かにある小部屋。
しかしその内部は異常に暗く、どんな物が室内に置いてあるかもまともに把握できない。室内にある光源は、前面に備え付けられた巨大なモニターのみである。
シアタールーム、というのが的確な表現になるだろうか。
そんな部屋で延々と流されているのは渋堂我竜の試合映像だ。画面は、イギリスとの交流試合で渋堂が完勝を収めたあたりの映像を映し出している。今は勝利者インタビューのあたりだ。
暗い室内に、やけに中性的な声が響き渡る。
「見せてやろう、この国……メッシ=デリシャがどこまでの戦力を有しているか、ね」
その声は少年のようでもあり、少女のようでもあった。
声音は嘲笑の色を隠そうともせず。言葉は紡がれる。
「そして奴を仕留めたら、今度は“ニホン”に復讐だ。あの国には奴が居るからね」
そこで中性的な声の主はクスリと笑う。
彼、あるいは彼女の右手には金色のカードが挟まれていた。
これは調理師免許である。それも金色という事は最上級の「S級調理師免許」だ。現在、この世で持っている人間は三人しかいないと言われているS級調理師免許。
日本の天川照真、フランスのルセット・デルニエール、そして消息不明の無名料理人。その三名のみがこの世でS級調理師免許を持つ事を許されているのだ。もっともこのメンバーの中に世界最強“渋堂我竜”がいないように、単純な“強さ”だけではS級を取得できるわけではないわけだが。
しかしながらS級調理師免許はそれを持っているだけで尋常ではない実力を持っている、という事になるのは確かな事実である。そして今、どこにあるかもわからないと言われている“三つ目のS級調理師免許”がここにあるのだ。
そしてそれを持つような実力者が、渋堂我竜に目をつけてしまったのである。
「兎にも角にも、これでデータは出揃った。後は世界最強を倒すだけ……さあ、計画の始まりだ!」
そして世界最強の料理人を倒す壮大な計画が、今この瞬間より始まるのであった。大きな戦いの気配はもうすぐ傍にまで迫ってきている。
こうして今回の“世界最強の物語”が動き始めるのであった。圧倒的な戦闘能力と調理スキルであらゆる戦場を勝ち抜いてきた男、渋堂我竜。その男の物語が、今回も壮大に幕を開けるのである。
……そんなわけで、ここでちょっとした前知識。
渋堂我竜は料理における人心掌握力があまりにも高すぎるため、国から「本気」を出す事を禁じられていた。今回はそれに大きく関わる話である。
――――そう。今回のお話は、そんな彼が本気を出すという物語。




