prologue
このお話は、友人が作ってくれたHelleNの番外編…まあアンソロジー的なやつです!もちろん話は本編と繋がっていますので、とくにif等気にすることなくお楽しみ下さい…
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世界最高の審査員が存在する。
否。誤りがないように細かな訂正を施すのならば。
存在した――と、そう表現した方がこの場合は適切だろう。それは、零の煉獄を備える機械のような少女――『デウス・エクス・マキナ』の異名をもつ、旨木嶋眞機無である。
あまりにも早く、あまりにも儚く、もう、眠りについた彼女は――ある少年が恋をし、執着し、料理を知り、死を知る元凶となった、至宝の料理人、でもあった。
その一方で。
世界最低の審査員も、存在する。
現在行方は知られていないが、自らを愚生と戒め、いかなる料理にも美味しさを知ることができない男――その名も、崩英久士。
世界最高の料理人の味を知っても尚、「つらい。」としか言わず。
料理がすべてのこの世界で、もっとも存在価値がなく。
欲求も無くし、目標も達成できず、生きざますらも無様で滑稽。
それにも関わらず、否――それであるからこそ、この男の能力は決して破れず、また、触れることができないとさえ、謳われている。畢竟それは、料理を審査する彼に対して、触れてほしくないという心の現れでもあるのだろう。
その名も崩英久士。
今回語られる物語は、そんな男を介した、少女たちの戦いである。
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黒塗りの高級車が信号待ちをしている。
文字に表すと原稿用紙一行分にも満たない光景ではあるが、その様子は異形であり畏敬ともいえるような、そんなものだった。
その車の前を通り過ぎる人間の十人に十人はふり返るであろう強烈な迫力。車の外装程度の遮蔽では全く許容できない化け物のようなその人物は、悠然とその車のドアを開いた。
「僕ちん。もう待つの疲れちゃったよぉ。困るんだよね、空気読まずこの忙しい僕ちんをアホみたいに待たせるやつとかさぁ」
目的地まではもうすぐそこ。車から降りた最高の料理人、天川照真は後ろも見ずにドアを閉めると、交通量の多い交差点へと一歩踏み出した。そしてそのまま、通行する車を全くもって意に介さずに、悠々と進んでゆく。
天川照真は、ゆったりとした動作で片手を上げた。
せっかく可愛い可愛い甘音ちゃんに会いに来たのだから、通してくれないと。
――モード高天原。
照真がパチンと指を弾く。
それを合図に、中空に出現した黒い弾丸が、前方の信号機を射抜いた。超速に設定したその弾速を目で追えるのも、この場にはこの男本人くらいなものである。
食柱毒。
この世界には、そんな名のついた異能がある。それは、『食』を通して生まれた『天へと至る柱』であり、己の精神を蝕む『毒』でもある。
その世界の頂に立つ、この男の能力は『反転』であった。あらゆる事象を反転させる力である。新鮮の反対は腐蝕、健康の反対は異常、美味いの反対は不味い。生活にも決闘にも料理にも、究極に万能な最強クラスの食柱毒と謂われている。
無論。止まれの反対は進め。
超然とした足取りで、天川照真は遊歩道を進みゆく。その先にあるのは超激戦区と呼ばれる、数々の料理店が火花散らす領域だ。そこにある一つの名店に、この男の目的がある。
そこは、地獄のように騒がしく、天国のように心地のよい場所。
「甘音ちゃんの料理も、やっと常人に食べれるようになったことだしねぇ」
この場合の常人は、不死の食柱毒持ちではない人間という意味である。天川甘音の『素』の料理を食べて死なない人間など、片手の指に収まる程度しかいない。
天川照真の長女、地獄料理の死神天川甘音と、三柱天使、もとい六翼の天使、塩谷始音が歴史的ともいえる戦争紛いな激闘を果たしたのは、もう、三週間ほども、前のことである。
いま思い返すと、地獄料理ばかり作る甘音が、来る日の決戦の為料理を教えてほしいなどと言い出して始まったあの修行はつらかった。――何度甘太郎を殺したことか。
まあ、現在地獄料理を創り出さないようになったかといえば、そうではないのだが。
「……ふむ」
いざというときの保険にでも、息子の甘太郎を連れてきた方がよかっただろうか。
店まであと数百mというところで、照真は冷や汗にも似た嫌な感覚を背中に感じていた。甘音の料理は、ふと間違えると死ぬ。いや、むしろ間違えなくても死ねるでもある。
まあ、さすがにそれはないだろう。いざとなれば、甘音ちゃんの能力でも充分蘇生くらい朝飯前のはずだし。
「~♪」
照真は、口笛を吹きながら超激戦区の遊歩道を進む。
そうしている間にも、通行人は無意識に通り過ぎてゆく彼を、目で追ってしまう。人によっては立ち止まって振り返る者までいる。
その一方、照真の足取りは軽やかだ。かつ迷いがない。止めるものも、信号を含め何一つとして存在せず、まるで人波など存在しないかのように、つかつかとつき進んでゆく。
――と、そのときだった。
立ち止まった天川照真が、ぐるりと後ろを振り返る。
いつも余裕を湛え、人を嘲弄するかのように歪んでいる目元も口元も、今は張りつめて真剣一色になっていた。
睨みつけるかのように、その先を見通す。
気のせいか? いや、違う。やつを見間違えるはずは……
黒い医療服のようなものが、人ごみへ消え去っていくのが僅かながら見えた。
嫌悪すべき過去が、照真の眼窩を過る。
中央分離帯を避ける車よろしく、人波が一定の範囲を保って円状に避けていることに気付いた頃に、ようやく前へと向き直って、照真は、ゆっくりと歩みを再開した。
何事もなかったかのように、悠然と泰然と。大御所スターのような迫力あるオーラを背後に棚引かせて――という訳にはいかず。
余裕をなくした、らしくない照真の顔が、ある店を見上げた。
看板には、躍動感のある字体で『HelleN』と、そう刻まれている。




