助けて! 明らかになんかおかしいの!
「あれ、私は一体……?」
とある休日の昼下がり。
ぼやけた頭を撫でながら辛籐空実は目を覚ました。どうやら昼過ぎまで寝てしまっていたらしい。相当長い間眠っていたようだ。
朝に一度でも目覚めた記憶が無い以上、昼までずっとぐっすりだったと考えられる。
辛籐は暖かな布団にくるまりつつ、はぁ、と小さく溜息を吐いた。
……まさかこんなにも生活リズムが狂うなんて。
どうにも気分が晴れない目覚めである。
「あっ、そういえば甘音さんとの約束は……!?」
辛籐は慌てて立ち上がり、部屋のちゃぶ台に置いてある自分の携帯電話を手に取る。
今日は早朝に天川甘音を家に呼ぶ約束だったのだが、今やもう約束の時間はとっくに過ぎていた。
……やってしまった。
辛籐は軽く頭を抑え、何とか気分を落ち着かせようと心掛けた。これは謝罪ものである。そもそもそれ以前に、辛籐はここまでずぼらになってしまった自分自身に苛立ちすらも覚えていた。
……しかし、平時であればここまで遅い時間に起きるのは有り得ないはずだったのに何故……?
辛籐は疑問を覚えつつも、朝方に届いていた“天川からのメール”に目を通す。
「ええと、なになに……“ごめん空美。今日は行けなくなっちゃった”……? 随分とまた急な話で。何かあったんでしょうか……」
辛籐はぶつぶつと独り言を零しつつも、ひとまず了解という旨のメールを天川に送る。
どうやら都合の良い事に、天川は今日来なかったようだ。辛籐としても寝坊して客人を招けなかったとなるのは望むところではないので、とりあえずはこれで安心といえば安心である。
……とはいえ、今後は気を付けなければ……!
辛籐は今回の悔しさを胸に刻み、今後は繰り返さないよう決意を強くするのであった。
それから一息。何はともあれ今日一日は予定も何も無い。昼に起きてしまったのは想定外だが、今からでも何か活動しようかと考え始める。
……そうだ。久し振りに新しい料理の方向性を模索してみてもいいかもしれない。
「うーん、では今日は新しいスパイスの調合にでも挑戦しましょうか」
辛籐はそう決めるなり、すぐに調理準備に取り掛かるのであった。
その間、辛籐は少しだけ天川甘音の事を考える。彼女の相談内容は確か、兄との接し方がわからないという物であった。あそこの家の兄妹関係はデリケートである。故に真剣に話すためにはそういった“場所”が必要だと判断し、辛籐は自宅に天川甘音を招こうとしたのは言うまでも無い。
だがその予定は中止となり、結局天川がどう自分の気持ちに決着をつけたのかは不明のままだ。
「家族。しまいには兄妹、ですか……」
辛籐はふと自身の姉妹を思い出す。
とある事情から、もう何年も声すら聞いていない二人の姉。
辛籐真香と辛籐宙美。
彼女達は今、何をしているのだろうか。それは今の辛籐空美に知る由も無い。そもそも実家とすらまともに連絡を取っていない辛籐空美が、今現在辛籐家とすら関わりを断っている二人の現状を知る術などどこにも無いのである。だからもう自身の姉妹関係についてはどうする事も出来なかったりするのだ。
天川甘音の相談に乗ろうとしたのも、自分の姉妹関係が修復不可能だからせめて他人の兄妹関係に口を挟みたかったのだろうか。などと、辛籐は冷静に自己分析しつつも包丁を握る。
「ま、私の場合は考えてもどうにもならない……はずっ!」
辛籐空美は苛立ち混じりに包丁を振り下ろし、調理を始める。ここで姉妹の事を考えるのをやめた辛籐は、残る休日の時間を全て料理へと注ぎこんでいくのだ。
これが彼女の後日談。
昼過ぎの目覚めであったが、それ以外は平和そのものの休日。これで辛籐の小噺は終わりである。
しかし、この物語はここで終わらない。
何故ならば、辛籐空美に平穏を与えた“影の功労者”が居るのだから……




