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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「後日談」編 ~その後の世界~
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物語完結 -HelleN〆-

 塩谷始音と天川甘音は、自分達の店の前までたどり着いていた。

 実に数日ぶりの帰還である。

 お互い対決の影響で、まともにここに戻る事が出来なかったのだ。

 今日が久々の出勤というわけである。

 だが、二人はすぐには店に入らず、感慨深く周囲を見回した。

 周りを見れば、そこにあるのは日が沈みかけた橙色の景色。

 それから数多くの中華料理店。

 ここは中華系の激戦区である。

 それも、ただの激戦区以上に、料理店が過剰密集している「超激戦区」だ。

 しかし、塩谷達の店は、そんな風景の中に全く溶け込んでいなかった。

 濃い茶を基調とし、全体的に煉瓦造りを模した洋風な外観。

 木造りで統一された入口付近に、中を覗きこめる小さな窓。

 仄かに漂ってくる珈琲のような落ちついた香り。

 一見すると英国風のカフェテリアにも見える、その小規模な店。

 それが、彼らの店なのである。

 塩谷と甘音が、それぞれ感傷に浸りながらその場に立ちつくしていると、ベルを鳴らして店内から人が出てきた。

 髪を下ろして、左右非対称のドレスを身に纏っている辛籐空美である。

 辛籐は、怪訝そうな顔で、塩谷と甘音の顔を見比べる。

 それから、何かを察したような、呆れた溜息を吐き捨てた。


「何をしているんですか? 入ってくればいいじゃないですか」

「あー! おにーさんとあまかーさん! おひさー!」


 辛籐の背後から、霜月散葉がひょっこりと顔を出した。

 この二人もこの店の従業員だ。

 ここ一年ほどで、色々な闘いを乗り越え、集まっていった仲間達。

 塩谷と甘音は、その事実が何故か今更嬉しくなり、薄く微笑む。

 しかし、辛籐は不機嫌そうに顔をしかめ、軽く首を左右に動かし、音を鳴らした。

 たったそれだけの行動で、塩谷と甘音はサッと青ざめてしまう。

 今のは、辛籐が食柱毒の能力を使う際に必要な、能力発動固有動作である。

 辛籐は、指を軽く動かしながら、少しだけ楽しそうに告げた。


「そうそう……二人とも、今回は随分と勝手な行動をとってくれましたよね。だから責任を感じて、まずは、その分の“おしおき”を受けないと帰ってこれないってわけですね。わかりました。じゃあ、これでチャラって事で……! えいっ!」


 避ける間もなく。

 塩谷と甘音の眉間に、それぞれ店の奥から飛んできたメニューの角が激突する。

 辛籐の能力は念動力だ。

 それにより、メニューが店内から飛んできたというわけである。

 塩谷と甘音が痛そうに額をこすると、辛籐は今度こそ満足そうな笑みを浮かべ、飛来させた二つのメニューを念動力で店内へと戻していった。

 その片手間に、辛籐は何気なく喋る。


「さ、これで清算は済みましたね。もうこれでいつも通りです」


 その言葉に、塩谷と甘音は口々に不満を漏らす。

 だが、その反論は聞き入れて貰えず、辛籐は鼻で笑って店内へと戻っていく。

 待っているから、気が済んだら戻ってこいという意思表示のようだ。

 しかし、入れ替わるように、辛籐の背後から完全に出てきた散葉が、いつも通りの声量でこう告げた。


「しんどーさん、あー言ってるけどね……ほんとは、さっきまで二人が来たら抱きつきそうなぐらいの勢いだったんだよー」

「んなっ……!」


 店に戻ろうとした辛籐の足が止まり、顔に真っ赤にして引き返し、必死な顔で散葉の口を抑えにかかった。

 けれども、その動きはひらりと散葉にかわされる。

 ここで辛籐は必死さを増した表情で、両手をブンブン振るいながら抗議した。


「ば、馬鹿ーーーっ! 勝手な事言わないで下さいよっ! 私がいつそんな態度をとっていましたか!? 訂正を要求します! 訂正っ!」

「だってー、しんどーさん……まるで恋人でも待つかのようにソワソワしてたしー……」

「ぎゃーっ! そんなわけありませんし! あっ! 二人とも、真に受けないで下さいねっ! 違いますからねっ!」

「へー。じゃーさ。何で冗談なのに、そんなにムキになってるのー?」


 小悪魔的な笑みを浮かべた散葉に、辛籐は返す言葉を失ってしまう。

 これは、散葉には珍しい過干渉であった。

 何気に、散葉が人の気持ちを察してからかう事は、実はこれが初めてである。

 どうやら、散葉の中にも何らかの変化があったようだ。

 塩谷と甘音が店を留守にしている間に、この二人にも大きな変化があったようである。

 こうして、辛籐と散葉は、騒がしくもどこか楽しそうな争いを始めてしまった。

 それを見た塩谷と甘音は苦笑せざるを得ない。

 ある意味、今のが一番の意趣返しであった。

 これが喧嘩に取り残される感覚なのかと、塩谷と甘音は若干の孤独感を味わう。

 しかし、念動力を駆使して散葉を捕まえた辛籐は、疲れきった笑みを二人に向けつつ、こう言った。


「そ……そういえば、言い忘れていましたね……」

「あー……みーも忘れてたよー……」


 観念したように辛籐に抱えられた散葉も、力無い笑みで二人を見た。

 塩谷と甘音が、何だ何だと疑問符を浮かべるが、すぐにその答えは明かされる。

 辛籐と散葉は、偶然にも声を一致させながら、同じ言葉と違う想いを口にした。


「「おかえりなさい」」


 それは、二人の帰る場所にずっと居た者達の言葉だった。

 もちろん、辛籐はそこに「気は済みましたか?」と付け足し、散葉はそこにあえて何も言葉を付け足さなかった。

 そんな対照的な二人に、塩谷と甘音も笑いつつ、当然のように帰還の言葉を発する。

 口から出たのは、ただいま、というシンプルな言葉。

 二人は、まるで喧嘩から帰った子供たちのように、当たり前のように自分達の店へと帰還していく。

 その際に、甘音は塩谷に向け、ぽつりと呟いた。


「ねえ、始音くん。わたしが初めてあなたに料理を作った時の事、覚えてる?」


 それを受け、塩谷は過去を振り返りながら、短く返した。


「忘れるわけ、ないよ」

「そうよね。あの時は、本当に悪い事をしたわ……」

「別に、今更気にしてないけどね」

「わたしが気にするの。だからね、始音くん……」


 天川甘音は、しっかりと塩谷始音の眼を見た。

 ここでまさかの刈り取る眼。

 それは、人の対抗心を削ぐ眼であり、それと同時に相手の心へと深々と刺さっていく眼だ。

 死神の鎌のような甘音の心は、今度こそ塩谷の心へと到達する。

 以心伝心というほど深くは無いが、今の視線のやり取りだけで、二人の心はほんの少し繋がった。

 その状態で、天川甘音は、心の底から幸福そうな笑みで、真っ直ぐな気持ちを口にした。


「……今度は、美味しい料理作って、リベンジしてやるから覚悟しててよね!」


 それは、またしても塩谷を地獄に誘うための言葉になりかねない一言だった。

 塩谷はそれを受け、やはり嫌そうな顔をする。

 これで甘音が、普通に美味しい食事を用意するとは思えなかったからだ。

 この間の地獄料理の究極系すら、味覚を狂わせる類のものであった。

 地獄料理に平穏は無い。

 塩谷の身体から冷や汗が流れ出る。

 しかし、今回に限っては、不思議とそこまで嫌な感じはしなかった。

 今思い返せば、全ては地獄料理から始まったのだ。

 甘音が地獄料理を作り、それを食べた塩谷の魂が天国へと誘われたという始まり。

 だから、もう一度始まりの料理を口にしてもいいかな、という感情が湧いてきてしまったのだ。

 だが、塩谷はすぐに首を横に振って、自分のふざけた考えを否定した。

 あんな異物食べてたまるかと、普通に思い直したのだ。

 ちなみに、塩谷がそうこうしている間に、天川甘音はもう店の中へと入っていっていた。

 塩谷が慌てて顔を上げると、みんなの手招く姿が見えた。

 なので、塩谷も店の中へと意識を向ける。

 けれども、その前に一度だけ上を見上げ、この店の名前を眼に刻みつける。


 そこにあるのは「HelleN」の文字。


 HeavenとHellを合わせた造語だ。

 塩谷始音は、その言葉の意味をしっかりと噛みしめてから、店の中へと入っていく。

 その際に、思わず胸に溢れた想いが溢れ出る。

 想いは、声となり、静かに空間へと浸み渡っていく。


「……ありがとう……」


 その言葉は、店に対する感謝の言葉であり、仲間達に対する者達への感謝の言葉であり、この物語に対する感謝の言葉でもあった。

 それを一言で表現するならば「HelleNへの感謝の言葉」である。

 これ以上の言葉は、もういらない。

 こうして感謝と共に、勝手に店を出ようとした大馬鹿野郎は戻り、後日談は幕を閉じるのであった。

 これにて閉幕。

 塩谷達の物語は、これから先も続いていくだろう。

 だが、もう幕は落ちた。これから先を楽しむのは、もう登場人物達だけの特権である。 

 後はもう想像するしか無いのだ。

 天国と地獄の物語はこれで終わりを迎える。これで完結だ。

 だから最後に一つ、店の状況を描写して、この物語は終わるのであった。


 ――――HelleNの店内は、今日も地獄のように騒がしく、それでいながら天国のように居心地が良かったとさ。






HelleN! 完

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