龍帝邁進 -渋堂我竜とその仲間達-
世界最強の料理人を決める超巨大世界大会「DEAD」。
この名前は何かの略称であるそうだが、天川甘菜は正式名称などとうに忘れてしまっていた。
渋堂我竜率いるチーム・ドラゴンの三人は、現在、シード枠で参加している。
前回の大会はチーム制ではなく、そこでの覇者は渋堂我竜ただ一人であった。
そして今回、前回優勝者の率いるチームとして、渋堂我竜、霜月詠華、天川甘菜の三人は、この大会に参戦しているのである。
今は第二回戦。チーム・マンハッタンと交戦中である。
チーム・マンハッタンは、アメリカに憧れたロシア人達のチームであり、その実力は計り知れないほど高かった。
事実、先鋒の霜月詠華は既に敗北している。
詠華は、食柱毒の射程距離を見切られ、能力による妨害を完全に避けられた上で、得意の五感料理さえも素の点数で競り負けてしまったのだ。
相手の能力と実力を読み切った上での高等調理技術。
それがチーム・マンハッタンの強さだったのだ。負けるのも無理は無い。
だが、次鋒の天川甘菜は勝利した。
射程云々能力云々言う暇無く、試合開始直後からエアミキサーを大量生成して有無を言わさぬ単純圧殺する事によって、対戦相手を半殺しにしてまともに調理を行えない状態にもっていった上で、自身は相手の料理を際立たせないような工夫をした料理を作る事によって見事勝利を収めたのだ。
だから、甘菜は今、勝利の凱旋中である。
仲間の待つ控室まで歩いていき、そのドアを勢いよく開ける。
「……勝ってきた……!」
部屋につくなり鼻息を荒くした勝利宣告。
正直、今の勝負はかなり危うかった。
相手の実力からして、まともに料理を作られては、甘菜に可能性など無かったのだ。
その上、こちらの能力についてもかなり研究しているようだったので、足で帽子を回転させる事によってエアミキサーの発動を隠すという芸当をしなければ、逆にやられていたのは甘菜の方だっただろう。
対戦相手は号泣していたが、実際は、甘菜も相当厳しい状況だった。
実は、かなりの辛勝だったのだ。
これで今まで隠してきた、足で「帽子を回す」事によって食柱毒発動固有動作を満たすという芸当は、もう世界に知れ渡ってしまったのだ。
失うモノもあった。
しかし、そこまでしてでも甘菜はチームを勝たせたのだ。
だから、その表情には僅かなりとも誇りが宿っていた。
そして、それに真っ先に応えたのは、控室の中から勢い良く飛び付いて来た霜月詠華であった。
「ありがとうございマスわぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ!!!」
「わっ……!」
突然詠華に抱きつかれ、甘菜は面喰ってしまう。
そんな詠華の顔は、涙まみれになっていた。
しかも、そのままわんわん泣きだしてしまった。
甘菜はその意味がわからず、ただひたすらに困惑する。
困惑のまま視界をずらすと、そこには控室の風景。
控室の中は、狭くて白い箱のような空間となっていた。
試合会場の様子を映す小型のモニターと、いくつか並べられた椅子しかない、殺風景な空間。
そこに、和服を纏った男が、一人椅子に座っていた。
渋堂我竜である。
渋堂は、笑みを浮かべて甘菜の勝利を出迎える。
「よ、お疲れさん」
「そ、それはいいケド……詠華ちゃん、どうしたの……?」
「ああ。コイツ、負けた事に責任感じまくってて、さっきまで、自分のせいでチームが敗退したらどうしよう……とか言ってやがったんだよ。ったく、どんな負け方しようが、コイツだけの責任になるわけがねーのにな。困ったもんだぜ」
「なるほど、ね……」
どうやら先ほどの詠華の台詞は「チームを生かしてくれてありがとう」という意味合いだったようだ。
それを理解した甘菜は、ゆっくりと愛おしそうに詠華の髪を撫でて落ちつかせる。
「大丈夫。安心して、詠華ちゃん……今の試合に納得がいかないなら、次の試合で頑張ろ……?」
「つ、つぎ……? 次が、ありマスのぉ……?」
「あるに決まってる。だって、渋堂我竜は絶対に負けないから。次の試合は、絶対にある」
甘菜は、渋堂にわざとらしいほどの無茶ぶりをした。
チーム・マンハッタンのリーダーは、ロシア料理を極めた本物のロシア人だ。
日本料理を極めた日本人である渋堂と、もしかしたら互角に闘えるかもしれないと目されている強力な料理人なのである。
その上、向こうは対戦相手の事を知り尽くしているため、こちらが今まで取ってきた作戦の一切が封じられてしまうのだ。
二回戦目にして、あまりにも強すぎる敵。
甘菜は今まで隠してきた戦法を用いる事によって辛くも勝利したが、渋堂にそこまでの機転は利かない。
そういう意味では、究極的に相性の悪い敵だとも言える。
だが、それでも渋堂我竜は、力強く立ち上がりながら全力で応えた。
「たりめーだろーがッ!!!!」
渋堂は、絶対に負けないという炎を宿し、ゆっくりと控室のドアへと歩いていく。
それから、入口の所に立つ二人へ言葉を投げかける。
「……よく、頑張ったな。やっぱ、お前らが居るから俺は頑張れるのかもな……」
「し、渋堂ぐん……!」
詠華は泣き過ぎたあまり、知らず知らずのうちに渋堂を、昔の呼び方で呼んでいた。
渋堂さん、では無く、渋堂くん、という距離感。
渋堂はその事実に苦笑し、直後には覚悟を決めて、威風堂々と歩みを進める。
そして、背中越しに一言だけ残していく。
「勝ってくる。後は任せろ」
「ん。任せた」
渋堂の言葉に、甘菜は詠華を撫でる片手間で返事をした。
短い言葉の応酬だが、それだけで全てが伝わる。
甘菜は、しっかりと相手大将の実力を加味した上で、渋堂が勝つと判断した。
そもそも渋堂は、相手が強ければ強いほど強くなるという、よくわからない性質をもっている。
相手の技術を盗んで、自らの技術と融合させる技術合成。
これだけでも余裕で勝てる。
仮に、これが封じられても、いくらでも打つ手はある。
甘菜は今の勝負で確信していた。相手の対策が中途半端だという事実を。
きちんと対策していれば、甘菜のあそこまで雑な戦法の前に敗れる事は無かっただろう。
それに、そもそも渋堂は、相手云々ではなく自己の実力を極めるタイプの珍しい料理人だ。
その上、数日前に見たライバルの試合で気合いも入っている。
もう負ける要素など最初から無かったのだ。
だから、もう心配はいらないのである。
甘菜は、詠華にぽつりと一つ、言葉を投げかける。
「さ、詠華ちゃん。一緒に座って、試合見よ。ね?」
「……う、うん……ありがとう……」
すっかり昔のように戻ってしまった詠華と共に、甘菜は並んでモニターを見る。
そこには、両腕を組んだ渋堂我竜が、ちょうど対戦相手に勝利宣言をぶつけるところが映し出されていた。
「さあて……あえて日本語で言わせて貰うがよ。オメーは……真っ向からブッ倒す!」
綺麗に決まった勝利宣言。
もちろんこの後、渋堂我竜が圧倒的大差を付けて勝つのは、もう言うまでも無い話である。
このように、渋堂我竜達は料理人としての果てなき道を走り続けていた。
渋堂は、いつか塩谷との再戦を夢見て、並居る強敵達を次々と、真っ向から打ち倒していく。
そんな渋堂についていく、詠華と甘菜。
このチームは後に、ある意味二度目ともいえる世界制覇を果たす事になるのだが、それはまだ先の話である。
ここで、甘菜は天川家当主として自信を持てるようになり、最終的には天川照真の座を次いで「二代目天照大御神」になるのだが、それもまた先の話だ。
今を走り続けている三人の顔は、やはり真剣なものであり、それはそれだけ純粋に料理対決を楽しんでいる事の証明であった。
つまり、世界最強は今日も平常運転なのであったとさ。




