天川親子 -天川照真と天川甘太郎-
「……と、いう話を今度の読み聞かせ会で発表しようと思うんだが、どうよ親父?」
知人料理人達の次世代が主人公の物語を、ひとまず語り終えた天川甘太郎は満足そうに笑みを浮かべる。
その視線の先には、天川照真が座っている。
二人は、長いテーブルの上流で向かい合って会話していた。
雇った料理人に食べ物を作らせ、ひたすらに夕食をとりながらの会話だ。
否、会話というよりは、ほぼ一方的に甘太郎が創作話をしていたという状況である。
ちなみに、甘太郎は何をやらせても中の中よりは上手く出来る天才だというのに、今話した内容がだいたい「趣味で小説を書いている素人レベル」程度しか無いというのはご愛嬌という事でご容赦を。
甘太郎は、非常に楽しそうに語っていた。
だが、そんな壮大な未来話を聞いた照真は、複雑そうな表情を浮かべる。
「……いや、それ明らかに読み聞かせするようなお話じゃないよね? ていうか、何でそんな続編作る気満々なの? 僕ちんからすれば、そこが一番驚きだよ」
塩谷始音の息子、塩谷反斗の物語。
それを甘太郎は、あろうことか子供達の参加する読み聞かせ会で発表しようというのだ。
しかも、序章だけというふざけた生殺しである。
どんなつまらない話でも、序章だけで放置されるのはなかなか辛いものがある。
なのにこの甘太郎は、それを子供達に強いろうとしているのだ。
それだけは、照真は父として止めざるを得なかった。
だが、照真の反論を受けた甘太郎は、不満げに視線を逸らした。
「えー。これ、いけると思ったんだけどなぁ……これからメンバーも集まってってさー」
「……ていうか。お前は、どうしてまあそんな簡単に、まだ生まれてもいない知人の子供をキャラとして書けるんだ……」
「いや、もしそれぞれに子供出来たらこんな感じかなーっていう俺様の想像よ。結構利にかなってね?」
「かなってないよ……! お前は何を言っているんだ。辛籐ちゃんが、子供に愛愛だとかいう変な名前をつけるわけがないだろ……!」
「いーや。きっとあの女は自分の名前にコンプレックスもってそうだから、案外、ダサくない名前とか言って子供に凄い名前つけそうじゃね?」
甘太郎の、一聞するとそれなりに筋が通ってそうな意見に、照真は一瞬賛同しかけるが慌てて首を横に振る。
「いやいや、それはいくらなんでも辛籐ちゃんに失礼だよ。それに、何であの子の息子が審査員やってるんだ。辛籐ちゃんの性格上、絶対料理人にさせるでしょ」
「はははっ! 父上はわかってないなぁ。意外と無頓着なケースかもしれないぜイ? あれは」
甘太郎はそう言うなり、辛籐のドレスを模した服を着せたいつもの洋人形を、膝からひょいと持ち上げる。
それから、その小さなドレスを左右で強烈に引っ張って、やはり破り捨てた。
またしても全裸にされて床を転がる人形。
甘太郎は、それを幸せそうに拾いつつ、話を続けた。
「それに、子供が反抗してくる可能性だってあるんだぜイ? 天川家の場合だって、まさかこの万能天才のこの俺様が料理人にならなかったなんて、世間の誰もが想像出来なかっただろう?」
「まあ……それは、そうだけどさぁ……」
「それにさー。全員、俺様なりに筋は通したぜイ? 特に、この俺様の娘、天川苦未についてはな!」
「ええっ!? アレ、お前の子だったのォ!?」
照真が、椅子から転げ落ちそうになるような勢いで驚いた。
甘太郎としては、何故そこまで驚くのか理解不能だったが、ひとまず父の立て直しを待った。
どうしてそうなったのかは理解出来なかったが、このままではまともに会話出来ないだろうと判断したのである。
だが、再び話し始めた照真は、まだ驚き顔を浮かべたままであった。
「ぼ、僕ちんはてっきり甘音ちゃんの娘かと……完全に騙されたわ……」
「やー何言ってんだ父上。そんな事を仄めかす描写なんて一切無かっただろー。あ、ちなみに霜月千草の方は、霜月散葉の方の娘だ」
「ああ、それは予想通りだったよ。きっと母親がああいう性格だったから、しっかりするようになったタイプの子だよね、家庭料理上手いって事はそういう事だろうし……。でも母親の影響を少なからず受けてて、ちょっとズレた子になってるんだ!」
照真のテンションが、どういうわけか結構上がっていた。
そして、何気に元々秘書だった少女の事も若干貶していた。
もちろん本人にそのつもりは無い。
何故なら、照真は散葉のマイペースでだらしのないズレた部分が、本当に大好きだったからだ。
照真は、ふと思い出した拍子に切なくなってきた心を、後でHelleNに遊びに行くと心に誓う事によって打ち消し、まずは甘太郎との会話に意識を向ける。
そんな照真に対し、甘太郎は自信気な笑みを向けた。
「ま、そんな感じで想像したキャラだな、ありゃ。というか、わかってんじゃん父上! よくあんな短い部分からそこまで察せたなぁ」
「そりゃー、僕ちんだからね。でもそこまで想像出来るなんて、お前本当に気持ち悪いよなー」
「ははははは、褒め言葉、褒め言葉」
「でも、納得いかないのはあの改定されたルールだよね」
照真が纏う空気の質が変わった。
多少なりとも怒りが滲んだ空気へと、周囲の空気が変質していく。
何故か、照真は少し怒っていた。
その威圧感に、甘太郎は冷や汗を流す。
「な、なんだよ父上……!?」
「……審査員対料理人? あのルールだったらさぁ……」
「あ、ああ……!」
「甘菜ちゃんとか、もうどうすればいいんだよっ!?」
「へ……?」
照真の怒るポイントはそこであった。
「キリングマスター」の異名をもつ天川甘菜は、素の実力以上に、妨害スキルが高い事に定評がある。
空気を固めてプロペラ状にし、ミキサーのように回転させるその“エアミキサー”は戦闘において初めて効果を発揮するのだ。
大きさ、弾数無制限はあまりにも恐ろしい。
だが、審査員相手には、どれだけ使っても意味が無いのだ。
もし本当に審査員対料理人の構図になってしまえば、甘菜は一気に不利になってしまう。
だから照真は、そんな救いの無い世界を用意した甘太郎に対し、激しい怒りを露わにしたのであった。
「まったく、あり得なさすぎるよ! お前は妹を何だと思っているんだ!」
「……別に、愚妹だからいいだろうがよ」
「良くないよ! それに、料理対決はあの殺伐とした感じがいいんじゃないか……己のスキル同士をぶつけ合う戦場……だからこそ愛されるんだ。ま、そうだな……」
天川照真はそこで言葉を切り、それから息子へと一文を叩きつける。
「多分、お前の想像した世界の到来は、まだまだ先だと思うぜ?」
そう言った中年の笑顔は、何故か少年的で、若々しかった。
甘太郎は、その言葉を受け取り咀嚼した後、静かに浮かんだ疑問を口にする。
「……そうかよ。そういや、今唐突に思い出したけど、俺様の愚妹は一体何処に行ったんだ? 最近見ないんだけど」
「お前……前に話しただろ。甘菜ちゃんは今、渋堂と霜月ちゃんと一緒に、なんか海外の大きな大会に出てるところだよ。チーム・ドラゴンとしてね」
「いや竜一人しかいないだろそのチーム。それにしても……海外ねえ……いいな。俺様も、もっぺん家出たら、次は海外もありかもなぁ……」
甘太郎が上の方を眺めながら、遠い眼で思案する。
だが、その耳に、父の優しげな声が届く。
「おい」
「んー?」
甘太郎が視線を下ろし、照真を見ると、彼はちょうど赤い液体の入ったグラスを、甘太郎に手渡そうとしているところであった。
赤ワインである。
どうやら、注いでやったから飲めという意思表示のようだ。
だから、甘太郎も気兼ねなくそのグラスを受け取る。
すると、照真は寂しげな表情を浮かべて話し始めた。
「別に、お前はクズだから、ずっと家に居られても困るけどさー」
「いきなり酷いな。なんだこの父親」
「でも、僕ちんも、散葉ちゃんが居なくなったり、甘音ちゃんがあんまり帰ってこなくなったり、甘菜ちゃんが海外行ったりで、なかなか寂しいんだよ。だから、まあ、なんだ。誤魔化しの晩酌ぐらいは付き合え。このバカ息子」
照真はそう言いつつ、いつの間にか注いでいた自分の分のワイングラスを、差し出すように甘太郎の方へと向けてくる。
どうやら乾杯したいようだ。
甘太郎は、どうしてか頬が緩むのを自覚しつつ、あえてそれを直そうとしなかった。
それから自分のワイングラスを手に取り、軽くコツンと照真のグラスにぶつける。
「「乾杯」」
こうして照真と甘太郎は、酒を飲みかわすと共に、日々のとりとめのない事を話し始める。
それは、彼らのこれまでの人生の中で、ほとんど無かった親子らしい会話。
その形は多少歪んではいるものの、それでも食えないほどに淀んでもいなかった。
天川家の晩餐はこうして更けていく。
長い間疎遠状態だった親子が復縁した、というわけではないが、それに近い何かがこの空間には存在していた。
いつの間にか外れてしまっていた天川家のピースは、少しずつ元の形を取り戻していく。
いつか、そのピースが全て揃って、気兼ねなく一家団欒出来る日は来るのだろうか。そんな懸念も確かにある。
しかし、それは本人達次第である。
これから先、少しずつ分かっていくものなのだ。
だが、少なくとも前途は多難そうでは無い、という事だけは確かであった。
それは、今この場の空気感が証明している事だ。
酒を飲み、会話を交わす照真と甘太郎は、何故だかとても楽しそうな笑顔を浮かべていましたとさ。




