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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「最後に残るモノ」編 最終章後 vs地獄料理
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天地終戦 -その後の彼ら-

 あれから数日が経過した。

 塩谷始音十六歳は、私立伏丹(ふしに)高等学校の1ーDの教室に居た。

 塩谷は、窓際のせいで若干寒い席に座り、ただひたすらに黄昏れている。

 学ランから露出している顔には、いくつもの打撲痕が残っており、その上にはいくつもの白いシップが貼られていた。

 その表情は、多少浮かない。

 塩谷は、机に半ば寝そべるような体勢で、人がまばらの教室を眺めていた。

 それは、数ヶ月前までは無かった余裕だ。

 天川甘音と出会った春は、自分の事で精一杯だった。

 しかし、今ならば周りを見回す余裕も出てきたというわけだ。

 教室の中には、授業を終えて帰ろうとしている層と、まだ教室に残って駄弁ろうとしている層の二つが存在していた。

 そんな放課後の風景に、塩谷は妙な寂しさを感じてしまう。


「……寒い」


 小声で呟く言葉も、教室を飛び交う言葉の群れに取り込まれていく。

 塩谷は結局、今にも冬に突入しようとしているこの季節まで、まともに話せる友人を見つけられてはいなかった。

 故に、今の寒さを訴える言葉を共感する者さえもいない。

 だが、塩谷はこれでいいと思っていた。

 一人の方が気楽でいいのだ。他人に振り回されずに済む。

 これが望んでいた日常なのだ。

 事実、塩谷の心には一片の悔いすら残されていなかった。

 本当にこれで納得しているのである。

 このまま季節は過ぎていき、やがて卒業するという無色の日常。

 それも彼にとっては悪くない選択肢なのだ。

 あくまで平凡以下の、楽しくはないが楽な人生。

 塩谷はそれを望んだから、こんな料理の関わらない学校へと来たのだ。

 ――――しかし、そんな塩谷の日常を切り裂く音が、教室に鳴り響いた。

 何かを移動させ、叩きつけるような音。

 有り体に言えば、教室の横開きのドアを開けた音。

 それから、塩谷がそちらを見る前に、明るく快活な声が響く。


「……今度こそ、ここが1ーDの教室で間違いないわよね!? お邪魔するわ!」


 そう言って教室に入り込んでくるのは、髪の長い上級生。

 塩谷は、すぐに鞄を持って、その来訪者に教室の誰かが反応する前に、今現れた女子生徒の方へと歩いていく。

 塩谷より一つだけ学年が上の女子生徒。

 こうなってしまえば、もう塩谷の視線はその女子生徒に集中してしまう。周囲の景色など目に入らなくなる。

 長い髪に、強気なつり目、自信で弧を描く桜色の唇。

 それから健康的なラインの身体と、威風堂々とした立ち姿。

 そして、見える皮膚に浮かぶ複数の打撲痕は、数日前塩谷が刻んだものだ。

 間違えようもない。

 塩谷は、その少女の前まで歩いていき、笑みを浮かべた。


「やあ、天川さん」


 天川甘音が其処に居た。

 今日は、二人が働いている飲食店のシフトが入っている日なのだ。

 総員四名の小さな店だが、何故かシフト制である不思議な店。

 二人は、今日は一緒にその店へと向かう約束をしていたのである。

 だから、塩谷は笑みのままで、甘音を促す。


「じゃあ、行こうか」


 その言葉を受け、天川甘音は満面の笑みを浮かべて頷く。

 向かう先はもちろん「HelleN」だ。

 HeavenとHellを組み合わせた造語の店名。

 天国と地獄が行きつく場所。

 お互いに混ざりあえない概念の妥協点。

 そこがHelleNだ。

 行けば、二人の仲間が待っている。

 今では、もうすっかり帰る場所である。

 だからこそ、塩谷始音と天川甘音は教室を出て歩き出す。

 HelleNへと向けて、肩を並べ、一歩一歩を歩んでいくのだ。


 結局、あの闘いの結末は両者の“引き分け”で終わった。

 先攻は、ギリギリ後に倒れた甘音に与えられ、それで勝負が始まったのだ。

 だが、地味に塩谷の料理には、後攻になって初めて効果を発揮する性質も含まれていたのである。

 お陰で評価は拮抗し、最終的に決められなくなってしまったのだ。

 癒葉は甘音を選び、散葉は塩谷を選んだ。

 しかし、三ヶ峰だけは悩み過ぎた挙句、ついに引き分けを選んでしまったのである。

 そのせいで、料理人に戻るだとか、HelleNをやめるだとか、そういった話は無くなってしまったのだ。

 結果、こういった前まで通りの、中途半端な日常が帰ってきてしまったのである。

 けれども、塩谷は不思議と悪い気がしなかった。

 何だかんだで、彼もまた、この半端な日常を好んでいたのだ。

 だから、これで良かったと、声を大にして言う事が出来る。

 塩谷と甘音は、二人でいつも通りの道を歩んでいき、他愛のない言葉を交わす。

 どちらも、その表情に一切のわだかまりなど残っていない。

 二人は、満足そうな笑顔を浮かべ、当たり前のように日常へと回帰していくのだった。


 こうして、幾許かの余談を残して、この二人の物語は完結するのである。

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