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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「最後に残るモノ」編 最終章後 vs地獄料理
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最終調理 -終焉の地獄と開闢の天界-

 しかし、それを下から見上げていた天川甘音は、静かに笑った。


「全く……一人で凄い盛り上がってくれるわね……だったら……!」


 この闘い、無理をして実力を底上げしようとしているのは、何も塩谷だけでは無い。

 そういった意味では甘音だって何も変わらないのだ。

 それでも彼女は決して負けない無敵の笑顔を浮かべる。

 ここで終わるわけにはいかない。相手がたとえ全力の天使であっても、勝たなくてはならないのだ。

 甘音は、汗に濡れた身体に鞭打ち、今にも倒れそうになりながらも再度、調理台の前へと手を翳す。

 またしても父と同じような構え。

 先ほどまで、何度も試そうとしては失敗し続けてきた試み。

 だが、闘争心が滾った今ならば出来ると、甘音は直感によって確信していた。

 これだけの想いがあれば不可能は無い。

 強く願った想いは、たとえ何であっても壊す事など出来やしないのだ。

 甘音は、力強く想いを形にする。


「わたしも……こんな所で立ち止まってられないわよね……っ!!!!」


 その言葉に呼応するように、甘音の調理台の上に並ぶ、八つのバラバラ死体のような地獄料理はゆるりと浮かび上がる。

 能力発動成功。

 本来、甘音の食柱毒の弾数制限は六度が限界のはずだ。今の彼女の疲労が、それを何よりも雄弁に物語っている。

 それでも、天川甘音は早くもそのルールを破っていた。

 精神力だけで何とかしてしまったのだ。

 やはり彼女に常識は通用しない。それが如何なる不可侵な世界の法則であろうと、捻じ曲げて進んでしまうのが天川甘音という人間なのである。

 常識を刈り取る者。

 料理が出来ずに迷走していた甘音の力は、ここに極められる。

 迷走も迷走を続け、最後に行き着いたのは地獄であった。

 そこで甘音は地獄を支配し、結果として世界を殺す死神となったのだ。

 死神の支配は、並ぶ八つの地獄を浮かべ、躍らせる。

 この能力を用いれば、複雑な地獄料理の融合も容易だ。

 そして、その中心に立つ地獄の支配者は、やはり力強い笑みを浮かべた。


「さあいくわよ……! 世界よ終われ。そして顕現せよ――――」


 それは、父である天川照真が、高天原という名の大技を使う時に使う口上と似ていた。

 だから、天川甘音はそれを受け継ぐかのように、あるいは昇華させるように、ここで告げる。

 生まれたばかりの大技の名を。

 人が死後行きつく終着点の名を。

 天さえも裁けぬ邪悪を裁く聖域の名を。

 その名は、日本古来より伝えられてきた悪鬼羅刹の住処。

 百鬼の支配する絶対的裁きを振り翳す正義の世界。

 叫ぶ。その世界は――――


「――――八、大、地、獄、ッ!!!!!!!」


 八大地獄。

 その救い亡き世界は、永劫の時を経て地上に顕現する。

 刹那。

 宙に浮かぶ八つの地獄料理は、唐突に、酷く歪な変貌を遂げる。

 全てが、黒い球体の形へと変化したのだ。

 地獄料理は、天川甘音の支配の能力によって、八つの黒い球体へとその姿を変えたのである。

 その世界の法則を狂わせる漆黒の球体は、まるで天川照真が使う高天原の黒い球体のよう。

 娘は今、父の大技を、形だけとはいえ継承していた。

 だがやはりその本質は大きく異なる。当然、やる事も違うのだ。

 天川甘音は、その八つの球体を操作し、一気に一点へと集中させていく。

 そして、全ての球体をぶつけ合うように、勢いよく激突させた。

 黒い球体同士は、虹色の火花を散らしながら、徐々に同化していく。

 その光景は、辛籐空美が味覚破壊の香辛料を生成する姿にも似ていた。

 父と友の技を借り、無双の地獄が胎動していく。

 融合しやすいように変質させられた八つの地獄は、今、全てが融合した最大級の地獄となろうとしているのだ。

 そこに内包されていた死や痛みは互いに喰らい合い、まるで共食いのように体積を削らせていく。

 残るは純粋に上を目指した少女の想いだけ。

 溢れ漏れていく虹色の波動、虹色の光、虹色の風。

 世界の終焉がそこにあった。

 甘音は、集中力を極限まで高め、八界極限融合により生まれる“究極の地獄”の生成に命を賭ける。

 魂は削れ、地獄は満たされていく。

 そんな生命の危機さえも間近に迫る終焉を抜け。

 ――――そうして、終に完成させられる。

 世界を刈り取る黒い光が。

 今、現世(ここ)に、激しい光を伴って爆誕するのだ。

 宙に浮かぶ、その一つの料理は、まさしく夜を体現したかのような姿をしていた。

 その黒い塊は、ゆらりと宙を移動し、一つの皿の上に綺麗に落下する。

 それこそが甘音の最終料理。

 あの毒の日が引き起こした最終現象。

 彼女は、先ほどまで以上に疲弊した眼で、辛うじて告げる。


「…………さあ、完成したわ……」


 天川甘音は、調理台の前で手を翳した姿勢のまま硬直する。

 もうこれ以上は限界なのだ。まともに動けない。

 だが、これで十分だ。料理は完成させたのだから。

 甘音は、強気な笑みを浮かべた。


「これがわたしの究極の地獄よ……」


 その料理は、まるで黒い翼に覆われた小さな球体であった。

 黒い翼は厭に生物的で、強いて言うのなら蝙蝠の羽根のようである。

 そして、覆われている中身は、やはりどうなっているのかは全く分からない。

 見ただけでは未知数な料理だ。

 だがそれは、見る人が見ればこう思うだろう。

 黒い天界球(ヘヴンズコア)。

 塩谷の最強料理を黒く染めたような見た目。

 奇しくも、天川甘音の行き着いた終着点はそこであった。

 だから、甘音は自信と共に、この料理の名を口にする。


「これが、わたしの――――地獄核(ヘルズコア)……!」


 それは正真正銘全力の料理である。

 地獄料理の行き着く先。その究極系。

 これこそが、多くの人をその窯で溶かしてきた地獄の最終進化形態だ。

 そのフォルムは、まさしく塩谷を倒すのに相応しいと言えるだろう。

 これは、ただ単に地獄料理を合体させただけのモノでは無い。

 今まで甘音を支えてきた全てが融合した、まさしく“天川甘音そのもの”とも言える料理なのだ。

 そして、そうであると同時に、ありきたりな表現になるが、この料理には“みんなの力が詰まっている”のだ。

 これだけ重ねた想いが、力が、一つになったこの必殺が負けるわけがない。

 闇さえ殺す無敵の地獄はここに誕生した。

 ――――終焉の光は具現する。

 天川甘音は、全てを出し切った満身創痍の笑みで、塩谷始音の方を見た。

 すると、塩谷もまた、天使の翼に包まれたような小さな白い球体を、調理台の上に置いていた。

 どうやら天界核(ヘヴンズコア)と地獄核(ヘルズコア)は、同時に誕生したようだ。

 その事実に、甘音はやはり笑う。


「……へえ。珍しい事もあるものね。二人同時に完成するなんて……」


 それは万感の想いが込められた言葉。


 だが、それを受けた塩谷は何も言わない。

 その両目は、やはり敵など認識していない純白だ。

 天上から天下を見下ろす眼。

 甘音が、その眼に底知れぬ“何か”を感じた時、塩谷はゆっくりと唇を動かした。


「……まだ、だよ……! これじゃまだ……天国(そら)まで昇天(とべ)ない……!」


 お互い満身創痍になった時、それでも無理矢理動いたのは塩谷の方である。

 塩谷は、まだ自分に納得していなかった。

 このままじゃ誇れる主人公になれないと、冷静に判断を下したのだ。

 この土壇場。

 天川甘音は塩谷始音(うえ)を見た。塩谷始音は天(うえ)を見た。

 これは大きすぎる差異。

 塩谷始音は、確かな覚悟を胸に、青空へと言葉を響かせた。


「後もう一押しだ……天界核(ヘヴンズコア)は、最後に強力な“アレ”を撃って初めて完成……するんだ!」


 塩谷のその言葉に、観客席の渋堂我竜が反応するが、そんなものはお構いなしに状況は進んでいく。

 そう、塩谷はここで大技を一つ放つ必要があるのだ。

 それは、天へと至る不死なる力の奔流。

 いつだって塩谷が頼ってきた相棒のような技。

 愛用してきたお馴染の必殺技だ。

 だが、いつもと同じでは出力が少し足りない。

 だから、塩谷は回想の中から同系統の技を引っ張り出してくる。

 それは、塩谷が初めて見た時、あまりの美しさに恋焦がれてしまったような美しき煉獄の光。

 塩谷の師が用いていたエネルギー放出系の真髄。

 あれはあまりにもエネルギー操作に無駄が無かった。

 なので塩谷もそれを真似る。

 過去に一度真似て痛い目にあって以来、二度とやるまいと誓った零の煉獄を。

 塩谷始音は、自らの顔の前に右手をもってくる。

 まるで手の平を眺めているような格好だ。

 それから、左手で、右手首をしっかりと掴んだ。

 これが、塩谷の師であるマキシママキナの「零式煉獄(ゼロ・インフェルノ)」の構えである。

 だが、塩谷の目指す先は煉獄では無い。

 もっと高みである。

 だからこそ、塩谷は己の技の名を口にする。

 慣れ親しんだその技名を、イメージを固定化させ、戦意を高揚させるため、しっかりと口にする。

 その名は、三つの白柱を支えに、ゆったりと地へと降り立つ最強の天界。

 塩谷始音の代名詞。

 その技名こそは――――


「――――三柱(トリニティ)……天国(ヘヴン)ッ!」


 発声と同時、塩谷の右手が青白く発光していく。

 まるで、手の内側に光源体でも仕込んでいるかのような輝きだ。

 その光は少しずつ強くなっていき、やがて塩谷の手から溢れるかのように、爆ぜた。

 突然。青白い光が、爆発的且つ暴力的に、塩谷の右手から極太の光の柱となって溢れ出たのだ。

 溢れすぎた青白い光に、塩谷は危うく意識をもっていかれそうになりながらも、必死に左手で右手首を抑えつけて、両の脚で大地を踏みしめて堪える。

 右手から溢れ出した光柱は、まるで天国へと真っ直ぐ向かっていくようで。

 マキナの姿を真似たその姿は、まるでその死を悼んでいるかのようで。

 意図せず追悼のようになってしまったその構え。

 だが、塩谷はこのままではいけないと判断し、開き切ってしまった右手に力を込める。

 それから、指を一本一本折り曲げていき、まるで光を掴むかのように右手を動かしていく。

 それによってある程度制御がきいてきたのか、青白い光の柱はぐにゃりと根元から折れ曲がり、まるで宙に浮かぶ粘度の高い液体のように形を変えていった。

 天国へ向かうのは想いだけでいい。

 この力だけは現世に居座って貰う。

 塩谷始音は、不死の力を総て右手に集中させていく。

 零式煉獄(ゼロ・インフェルノ)とは、片手一つに身体中の操作可能な全エネルギーを集約させて放つという大技だ。

 これを用いれば、自分の意志では操作不可能な最低限残存エネルギー以外の全てを、余す事なく吐きだす事が出来る。

 そして、今、塩谷の右手には並々ならぬ量の不死の力が収束していた。

 青白かった光は、密度を増していくにつれて純粋な白へと近づいていき、今ではもう雪よりも白い純白となっている。

 塩谷は、目の前に掲げた右手で白い光を掴み、それを左手で支えているような状態であった。

 しかし、このままでは埒が明かない。

 だから、この完成された構えを、もう一段階先へと持っていかなければならない。

 これが難関なのだ。

 幼い頃、塩谷はそこで失敗して先へ進めなかった。


「……師匠……僕は、もう、先に進むから…………」


 無意識に喉から溢れていた感情は、やはり押し殺していた薄い悲しみの色が滲んでいるよう。

 流す涙はたったの一滴。それで想いは振り切る。

 塩谷は、全力を賭して、より扱いやすい方へと、溢れた不死の力の流れを操作する。

 不死の力はだんだん塩谷の背の方へと移動していき、やがて右側の肩甲骨のあたりで留まった。

 それから、肩から伸びたような純白は、一気に形を変え、純白の片翼となる。

 それはまるで、片翼だけの天使のようだった。

 これは、先ほど見せた六枚翼生成の応用である。不死の力を翼状にして制御化に置いたのだ。

 不死なるエネルギーは、塩谷の右手から右腕へと流れ、肩甲骨を抜けて、純白の翼となり、また循環して右手へと戻っていく。

 白い光は固形物のような安定感を手に入れ、まるで白い闇のようになる。

 これで制御は完了だ。

 だから、塩谷は右手を支える左手を恐る恐る離し、その左手を調理台の上へと翳す。

 普段の三柱天国(トリニティヘヴン)は、両手を重ねて発動させる。

 その理由は、片方の手を砲身とする必要があるからだ。

 そして、今はこの左手が砲身となるのだ。

 準備は整った。

 塩谷始音は、調理台の上に翳した左手に向け、不死なる純白の闇を掴んだ右腕を勢いよく動かし――――

 ――――右手で、真上から左手を叩きつける。

 直後。

 塩谷の右側に集中していた純白の闇が、一気に解放された。

 真っ直ぐに淀みの無い速さで、左手という砲身を抜け、天使の翼の塊のような存在に白い闇が届く。

 ――――終焉に立ち向かいし開闢の闇は具現する。

 それは、美しき零(はじまり)の天国。

 純白は荒れに荒れ、やがて塩谷を包む純白の半球となっていくが、それもやがては収縮していき、全て料理へと吸収される。ほんの数滴たりとも無駄にしない。

 この力は、全て料理へと取り込ませるのだ。

 光の爆発。

 それは白い闇となり収束する。

 天国完了。降臨。

 そうして、やがて純白の輝きは消えて見えなくなった。

 これが全ての力を振り絞った、文字通り、塩谷の最後の一撃だ。

 持てる全ての操作可能な不死エネルギーを、余すことなく全部、この天界核(ヘヴンズコア)へと吸わせたのだ。

 塩谷は、今にも倒れそうな意識を繋ぎとめながら、無理矢理言葉を発する。


「……これが僕の三柱天国(トリニティヘヴン)……派生形(バージョン)……零式(ゼロ)だ……!」


 師の技を借りたので、塩谷は自らの技名にその名も付け加えた。

 これが彼に出来る最大限の敬意である。


 それに対し、地上の焦土に一人立つ天川甘音は、羨望の眼差しで上を見上げるのみであった。


「……凄い。これが、伝説の料理人、塩谷始音……なのね」


 今、塩谷が大技を放っている間に、甘音は料理を提出する事も出来た。

 だが、ただ単純に見入ってしまい、動けなくなったのだ。

 それでも甘音に後悔は無い。

 むしろ、今まで憧れてきた伝説の料理人が、ここまで本気で自分と闘ってくれたのだ。

 これほど料理人冥利に尽きる事も無いだろう。

 天川甘音は上を見る。そこには、高い足場から料理を抱えて、何とか階段を下ろうとしている塩谷の姿があった。

 これは自分もうかうかしていられない。

 甘音もすぐに動こうとする。

 が、想像以上に身体にガタが来ていた。

 甘音は、一歩歩くのすらも困難な状態になっていたのである。


 結局。

 二人は、非常にゆったりとした動きで審査員席に向かう必要があったという。

 距離は圧倒的に塩谷の方が長いが、身体的疲労は無理して能力を使った甘音の方が上だった。

 故に、どちらが先に調理台に着くのかは、誰にも読めなかった。

 例えるのなら、あまりにもスローすぎるレースなのだ。

 一周回って勝敗の予想が困難なのは、間違えようの無い事実である。

 何にせよ、これで料理が届けられ、評価される事でこの闘いは完結するのだ。


 こうして、終に闘いは最終局面へと突入するのであった。

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