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HelleN! -愛情よりも大切な-  作者: パンダらの箱
「最後に残るモノ」編 最終章後 vs地獄料理
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最終決戦 -総ては零となり、闘いの幕が開かれる-

 それぞれの視線の先。強い風が吹く中、その二人は対峙していた。

 塩谷始音と天川甘音だ。


「本当にいいんだね。天川さん」


 塩谷始音は、昔も身に纏っていた、白い神父服のような変形型調理服を着ていた。

 今となっては多少時代遅れの代物だが、軽度の身体補助機能や生地を常に清潔に保つ殺菌機能などのお陰で、今でも十二分に通用する動きやすさと利便性を兼ね揃えている。

 ここで、あえてそんな物を持ち出したという事はつまり、それだけ塩谷が本気で勝とうとしているという事である。

 純白の天使のようになった少年は、真正面の黒いエプロンを身に纏った少女を見据える。

 力強いが、まだ全開ではない眼差し。

 それを真っ向から受けた地獄嬢は、自慢の長い髪をさらりと手で靡かせながら、揺らがぬ声で応じた。


「ええ。わたしに二言は無いわ」


 天川照真を倒した時の服装の上から、漆黒のエプロンを纏った天川甘音の視線には、まだまだまだ余裕がある。

 ここで感情を爆発させるのは少し早いと、冷静に判断したからこそ抑えめの眼力だ。

 お互い、本気ではない視線をぶつけ合う。

 だが、これを見ているのが並の料理人ならば、現時点の二人の気迫だけで失神してしまいそうな勢いである。

 濃厚過ぎる感情と感情のぶつけ合い。

 けれども、ここに居る人間の中に、今更そんなもので動揺する者など誰一人として居なかった。

 それは審査員席の、三ヶ峰(さんがみね)酸叉之雄すさのおと、癒葉はゆと、霜月散葉しもつき ちるはもそうである。

 今回は、複数人審査制という特殊な制度を採用する形となっていた。

 成り行きや、本人の希望によって決められたこの三人の審査員は、それぞれ違う基準で料理を審査するのだ。

 勝つためには、全員の舌を満足させる必要がある。 

 しかも、そこにいるのは優秀な舌を持った者達ばかりだ。難易度は相当高い。

 だが、塩谷は絶対に勝てる自信でもあるかのように、口元を笑みで歪ませる。


「僕が勝ったら、HelleNをやめる。僕は本気でやるつもりだけど、本当に構わないって解釈でいいんだね?」


 決戦前夜、霜月姉妹に励まされた塩谷の声に迷いは無い。

 気晴らしもしっかり出来たので、心に揺らぎも無い。

 結局、夜中になるまでに散葉はちゃんと帰らせ、夜もぐっすり寝たので問題などあるわけがない。

 珍しく前向きなその両目には、自信の炎が灯っていた。

 その手元の台に置かれているのは、明らかに普通の料理を作るのには多すぎる量の食材。種類も、魚介類から野菜類に精肉類、挙句果物類まであるという充実っぷりだ。

 しかし天川甘音は、負けないようにと、視線に籠る力を濃くしていく。

 その手元の台にあるのは、塩谷と同じく複数の食材だ。お互い、用意するものは同じ。

 条件は対等。

 だから、甘音がここで自信を失う事は無い。


「ええ、もちろん本気で来なさい! でも、始音くんが負けた時、ちゃんと約束は守ってよね」


 それは、この闘いに賭けるモノの重さを乗せた一言。

 塩谷の目元が一気に細められる。

 意地でも口元は笑みのまま固定し、負けないように全身に気合いを込めていく。

 それから、ゆっくりと頭を縦に振った。

 互いの願いは今ここに揃う。

 甘音は、己の意志を再確認するかのように、相手に言葉を叩きつける。


「わたしが勝ったら始音くんは料理人に戻る。それでいいのね」


 これは必要な意志表示だ。

 両者の意志を揺らがせないためにも、改めて言葉にする必要があるのである。

 塩谷と甘音は、二人とも精神状態に左右される料理人だ。

 精神的動揺によるミスや、食事の質の低下が頻繁に見られるこの二人である。意志で負けたらそれまでだ。

 だから、ここで相手の心を折り、自分の意志を貫くぐらいの気持ちでないといけない。

 精神面のぶつかり合いも勝敗を決定づける重要な要素だ。手は抜けない。

 本気でやる他無い。

 意志表示を受けた塩谷も、即座に対応し、やはり己の意志を強調した言葉を返した。


「うん。それで構わない。でも、僕は本気でやめてやるからね」


 激突は一瞬。

 視線と視線。意志と意志。願いと願い。

 それら全てがぶつかり合い、周囲の空気を感情の波で震わせる。

 負けられない闘いだ。気迫の時点で優劣がつく訳も無い。

 だから、二人は更なる感情を籠め、勝利宣言を喉元に装填する。

 まるで西部劇の決闘のような空白が生まれ、全てを暴力的な沈黙が包みこんでいった。

 そして、二人は同時に発砲した。

 喉元から、勝利宣言と言う名の弾丸を解き放つ。


「おいで、天川さん。真上から叩き潰してやるよ」

「いくわ、始音くん。真下から刈り取ってあげる」


 二つの言霊は空中で激突し、激しい感情の火花を散らせる。

 直後、唐突に強い風が吹き抜けても、二人の足元がおぼつく事は無い。

 それから訪れる無音の時間。

 その間に、二人は目を閉じ、一呼吸の間に感情を充実させる。

 開眼は、またしても同時。

 刈り取る眼と、それを受け止める眼。

 塩谷に接近し鎌を振りかぶる死神が如き気迫と、甘音に接近し静かに手を翳す天使が如き気迫の、全面衝突。

 全てを両断する鎌と、全てを否定する掌が、真正面から激突し合う。

 視線はぶつかり合い、言葉を交わし合った以上の感情が二人の間を飛び交う。

 両者一歩も譲らない。

 このままでは膠着状態だ。

 だから、素早い次の行動が必要である。

 だが、この二人にそんな心配は無用だ。意志はもうその先へと向かっているから。

 塩谷と甘音は、絶対に負けない意志の力を喉元に再装填し、またしても同時に発射した。


「「絶対に勝つ……持てる力の全てを用いて!」」


 感情と感情の衝突。

 もし、感情が目に見えるのならば、巨大な白と黒の感情が激突している所がよく見える事だろう。

 譲れない想い。譲れない願い。

 だからこそ譲れない闘い。

 かつて救えなかった無力感と闘う少年と、少年を救おうと手を伸ばす少女。

 拒む手と伸ばす手。

 絡み合い螺旋を描く感情の渦。

 負けない。負けてられない。負けてやれない。

 勝ちたい。勝ってみせる。絶対に勝つ。

 そこはもう二人だけの世界だ。

 否。塩谷の世界と、甘音の世界が正面衝突して潰しあっているだけだ。

 両者共に、感情面では一歩たりとも譲らず。

 そして、ついに決戦の火蓋が切って落とされた。

 宣告者は、忍装束の三ヶ峰酸叉之雄。


「……デュエルルールは、コインを投げ、地に落ちてから開始するというルールだったな。……準備が整ったのなら、始めるぞ……」


 その言葉に、塩谷と甘音も無言で頷く。

 そして、コインを握った拳の上に乗せた三ヶ峰は、惚れ惚れするような鮮やかな動きでコインを天へと弾いた。

 コインは想像以上に高く飛び、落下速度もかなり緩やかだ。

 これは、落ちるタイミングが計りにくいように加工された、特殊なコインである。落ちるまでには、それなりの時間を有するのだ。

 それから、特に打ち合わせる事も無くぴったりなタイミングで、二人は心の中でカウントを始める。落ちる時間を推測し、自分の中のリズムを整える、これはそのために必要な精神統一のようなものなのだ。

 やはり、カウントのリズムに慣れた料理人には、たとえ心の中であってもカウントは欠かせないのである。


((三っ……!))


 最強の神に後押しされた天川甘音は、ここまで培ってきたもの全てを発揮出来るよう、心の波動を限界まで爆発させる。

 この物語は、甘音が塩谷から料理を教わろうとしたところから始まった。

 断りつつも巻き込まれる塩谷と、脇目も振らずひたすら前進し続けた甘音。

 その強すぎる想いは、圧倒的格上である不落嬢・辛籐空美さえも倒してしまった。

 そして、その後訪れた天川照真との対決の際も、持ち前の精神力と地獄料理の特性によって勝利を収めた。

 今、天川甘音は波に乗っている。

 歩む先は覇道。見据える目は命刈り取る大鎌。

 対戦者の心に恐怖を刻むその死神は、想いと共にカウントを続ける。


((二っ……!!))


 最強の龍に後押しされた塩谷始音は、鍛え上げた超人的身体能力を全て使えるよう、心にあるリミッターを全開放させる。

 ここまで感情が揺らぐ闘いは、塩谷と渋堂が料理対決をした時以来である。

 普通に考えて、塩谷に敗因は無い。

 実力差を考慮した上で、どう客観的に見積もっても、塩谷の方が圧倒的に強いはずなのだ。

 負けるわけがなさすぎる。

 だが、塩谷も辛籐の次ぐらいには、天川甘音の恐ろしさを知っていた。

 絶対に勝てるわけがないという状況下でも絶対に折れない精神性と、何だかんだで勝ってしまうという奇跡性。それは彼女固有の強力無比な武器だ。

 甘音を完全に折るのは不可能だ。

 たとえ物理的に眼をくり抜かれようとも、心臓に刃を突き立てられようとも、手足が全て無くなろうとも、人間としての尊厳を全て削ぎ落されようとも、痛覚の全てを刺激する拷問を受けようと、未来永劫魂が業火に焼かれようとも、世界に存在するどんな現象が起ころうとも、天川甘音の煌めく双眸こころは絶対不変のまま健在だろう。あの魂を折る事だけは、何にだって絶対に出来ない事なのだ。

 塩谷の本来の戦闘スタイルは、対戦相手に恐怖を刻みつけるというものなので、折れない甘音とは相性が最高に悪い。

 だから、速攻終わらせる。幸い妨害は可だ。

 歩む先は道の終わり。見据える目は天上からの傍観者。

 敵対者の心に恐怖を刻んできたその天使は、想いと共にカウントを続ける。


((一っ……!!!))


 噴き上がる烈風。二人を包む静寂。世界が軋みを上げて叫んでいる。

 黒き死神と白き天使は、己の光と闇を解き放つ。

 最終決戦。

 ついに始まる最終ボスとの死闘。

 互いに望むは今日までとは違う明日。

 されど望むは互いに違う明日。

 もう分かりあう余地などあるわけもない。

 ぶつかり合う黒と白は、互いが互いを浸食しあって灰色の余波を生み出しつつ、激しい自己主張を続けている。しかし、これはいずれかに染まらざるを得ない争い。

 黒き光は白き闇を祓えるのか。白き闇は黒き光を喰らえるのか。

 その結末を知る者など居るわけがない。

 だから、お互いに全力を尽くすのみ。

 やれる事は全てやるし、勝利のためになる最短ルートがあるのならば、迷わずそちらへと走るだけだ。

 準備は出来ている。

 だから。

 もう始まる。

 世界の果て、天と地の最終戦争。塩谷始音と天川甘音の一騎討ち。

 黒か白か、はっきりさせる時だ。

 そして、コインが地面に届くまでの距離は――――

 最終決戦までの残り時間は――――

 二人を隔てる時の壁は――――

 カウントは――――


「「零っ!!!!」」


 ――――総て、零へと変わった。


 最終決戦、開幕。

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